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23. 文香の役割

「アルフォンスは元気にやっているかしら?」


 プロイルセン国で、国王と王妃が住まう最も豪華である本宮と雲泥の差がある側室の宮。華やかさもない離宮の主人であるソフィアは、若かりし頃と変わらない愛らしい笑みを浮かべた。


「王子殿下はきっと頑張っていらっしゃることでしょう。なにせ、優しく素晴らしいお方ですから」


 産後から定期的に健診にやって来ている主治医でもある神官は、穏やかな声で心配する母親を気遣うように返事する。

 世間話も心のケアには必要だからと、少ない召使いたちに聞かせるための対外的な会話。ここでの会話は全て、国王や正妃に筒抜けになっている。


「ええ、そうね。あの子は()()()()()()()だわ」


 ふふっとソフィアは、チェストの上に置かれた手紙に視線を動かす。

 療養地にいるアルフォンスから定期的に送られてくる手紙。誰に盗み見られても問題ない内容が書かれている。

 実際には、夫である国王と息子で交わした約束で、遠い地で第二王子の剣となる為に訓練を積んでいるのだが。送り先である地がバレないよう、療養施設のある地域を経由するようしっかりと手が回されている。

 こちらから送る手紙も、同じように遠回りして届く。


「そうそう、忘れるところでした」


 健診を終えた神官は、腰から下げていた袋の中から一つの小瓶を出す。


「あら。ちょうどお願いしようと思っていたのですよ」


「左様でございましたか」と神官はニッコリと、小瓶をソフィアの前に置く。


「今年取れた花から抽出しましたインクが出来上がったばかりです。お持ちでき良かったです」

「まあ、嬉しいわ! 文香(ふみこう)には、神殿のお花が良いものね」


 最近、貴族の間で流行っている文香用のインク。手紙を開いたときにフワリと香る。花びらや練香もあるが、変質しない特殊な製法で作られるインクが人気になっていた。


 神殿で咲く花を使った物は、香りも良いうえ邪気を祓うと言われていて人気の品だ。

 神殿に行けば貴族なら誰でも貰える。祈りにやって来る貴族は多大な寄付をしていく。無料で配ることにより、インク目当で訪れる者が増えれば寧ろプラスになるのだから。

 

「アルフォンスの健康を祈りながら書いているのよ」


「殿下のお気持ちは、きっと伝わっているでしょう。香りを感じるたび、殿()()()()()()()励みになさるのではないかと。それでは、私はこの辺で失礼いたします」


()()()()()()()


 ソフィアは神官を座ったまま見送ると、キラキラとしていた瞳に影が落ちる。小瓶を手に取り、中の液体をゆらしながら眺めると、形のよい唇は弧を描いた。




 ◇◇◇◇◇


 


「アル、いつものが届いていたぞ」


 しばらく授業を休んでいたルーク。

 デールに飛ばされた地から、転移し帰ってくるまでに数日かかっていた。

 戻って来るや否や、興奮に頬を染め嬉々として魔塔の資料室にこもっていたのだ。満足したのか教師業を再開した。


 ルークは廊下ですれ違いざま、周囲に他の生徒が居ないことを確認するとアルフォンスにそう伝えた。


 プロイルセン国王に指示を受けている療養所の者から転送され、ユリウスのもとに届く手紙。兵士学校の時は校長から、魔塔ではルークから渡された。

 おかげで、手紙からアルフォンスの行動がバレてしまうことはない。


「……ああ、処分しておいて下さい」

「内容は?」

「たいしたことは書かれていませんから」


 正妃に見られても問題ない内容しか書かれていないのだ。読むまでもないと伝える。

 アルフォンスは真実を知ってから、手紙に漂う香りを嗅ぐと激しい頭痛にみまわれた。

 今までは、定期的に届く他愛もない内容の手紙が心の支えだったが。懐かしい母の香り……ただの文香だと思っていたものが、洗脳を強める特殊なインクだと気付いた。

 

「わかった。成分だけ調べておく」

「お願いします」


 大切に取っておいた過去の手紙は、怒りにまかせ燃やしてしまった。

 だから、成分を調べるのは近々に届いた手紙からしかできない。

 

(手紙が届く間は気付かれいないということだ。成分に変化があれば、それも判断基準にできる)


 父である国王がどう動いているのか、詳しくは分からない。

 けれど、第一王子として留学した件は、外から妃たちの耳にも入るのも時間の問題だ。それを見越してアルフォンスは、猶予期間としたのだから。

 

(もっと強くならなくては……)


 魔物討伐のあの日から――アルフォンスは敵わないと思っていたエリーゼに勝ってしまった。デールの力が加われば、もちろん負ける可能性の方が高い。

 それでも、エリーゼは真剣にアルフォンスと向き合ったのだ。


 そして……今はまだ友人としてだが、エリーゼのそばに居ることを選択した。

 イングリッドの件で思い知った。離れていてもエリーゼに危険が迫るなら、身近ですぐに手を伸ばせる範囲に居た方がよほどいいと。


(本来の姿は見せたが、エリーゼに全て打ち明けることは叶わなかった)

 

 安堵する反面、残念に思う自分がいた。

 この鉛のようにずしりと重い感情をエリーゼに知られたくはないのに……。もどかしさを誤魔化すように、軽く頭を振ると考えを他に向ける。


(上に行くなら、裏切らない味方を増やすべきだな)


 父に与えた猶予は、アルフォンスにとっても大事な時間となる。

 国王が繋いだ公国との縁を最大限に活用しなければと、アルフォンスは窓の外の訓練場を見下ろした。

 

(利用するなら悪魔でさえもな――)

 

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