9. アルフォンスの苦悩②
――全ては、師匠であるルークの一言だった。
『アルは、側室じゃなくて正妃の子だろ?』
当然、違うと否定したが――。
『どう考えても、王家の血筋じゃない側室からアルは生まれない。王と……薄くなっているとはいえ、直系の血筋の王妃からしか生まれないオーラの色だ』
同じ内容を繰り返して言ったルーク。
知識に加えて、ルークには視えている真実があった。感情での口先の言葉では、論破など出来なかったのだ。
正妃は王族公爵の直系で政略結婚。
対して側室である母親は、叙勲され伯爵位を得た歴史の浅い家柄の出。平民の血は入っていても、王族の血などは入っていない。侍女として国王に仕えていて身籠っただけ。
それでも、アルフォンスは母親の子であると信じたかった。
オーラの色が、たまたまそうに見えているだけかもしれない。
ルークの研究は、ほぼ完成し正確性もある。証拠さえあれば、違う可能性が出てくると。
そして、簡単に使えるようになった転移と、姿を消す魔法を使い、検査に使う髪の毛を手に入れて来た――。
◇◇◇◇◇
コポコポ……と髪の毛を入れた液体から煙がでると同時に、いくつもの組み込まれた魔法陣が現れては消えて行く。
それが収まると、試験管の中の液体は色づいてくる。
小さな頃……いや、赤ん坊の頃から唯一の存在。
アルフォンスを優しい眼差しで守り育ててくれた母親。今もなお、息子の成長を楽しみにしていてくれると思っていた。
「辛い思いをさせて……ごめんね」
身分の低い自分のせいでと、アルフォンスに謝る口癖も心の底から否定していた。
「どんなに肩身が狭くても、お母様の息子で良かった。幸せだから大丈夫」と。
そんな母親と寂れた宮に追いやられ、常に死の危険にさらされた、使用人にさえも蔑まれる生活。
アルフォンスに王子であることすら忘れるような生活を強いてきた、第二王子の母である王妃。扇で口元を隠し、ギロリと汚い物でも見るような視線を浴びせてきた。
アルフォンスの味方で大切な側室の母に、憎き王妃。疑いなど微塵もなかった。
それが、真逆の答えを弾き出す。
師であるルークに、正しい答えを見せつける筈だったのに――。
正妃の髪と、母親の髪、そしてアルフォンスの髪が入った試験管。アルフォンスと同じ色になったのは正妃の方だった。
念のために拾ってきた、第二王子である異母弟の髪は、側室の母と同じだった。
周りの雑音が一気に消え、頭が真っ白になる。
(……嘘だ……嘘だ……嘘だーーっ!)
信じていたものが崩れ去る瞬間とは、まさに今の様な状態なのだろう。絶望、裏切り、そんな簡単な言葉では言い表せなかった。
自分の中で膨れ上がる何か。
爆発するように発したのは、叫び声――それとも感情? はたまた魔力だったのか。
アルフォンス自身もよくわからなかった。
全身が引き裂かれるような痛みも、灼熱の中に落とされたような熱さも、喉が潰れるほど叫んでも、痛みを感じているのが身体なのか心なのかそれさえも――。
◇◇◇◇◇
アルフォンスが目を覚ますと、魔法無効化の手枷と足枷が付けられ、ベッドに寝かされていた。
部屋自体も結界が張られ、中からは出られないようになっている。
ルークが何度も様子を見にきたが、アルフォンスは話す気力もなく、ただ時だけが過ぎていく。
落ち着くまでと一人にされた間。無機質な部屋はアルフォンスを妙に冷静にさせた。
怒りに支配された方が楽だったかもしれない。
今までを思い出せば出すほど、自分が道具にされていた事実が見えてしまう。ルークから得た知識や考える力は、嫌でもそれを加速させる。
アルフォンスは起き上がると、壁にかけられた鏡の前に立つ。一見、姿見のようだが、実際は部屋の中を監視するための魔道具。
きっと、その先でルークと公王弟ユリウスが見ているのだろうと想像がつく。
鏡に映るアルフォンスは、国王譲りの鮮やかな金髪。ヘーゼルの瞳は、怒りで内に秘めた魔力のたがが外れた時だけ、金色を帯びる。
隠していた姿の先に、何故か忘れていた記憶が蘇った。
産後の肥立ちが悪かった母親に、未熟児で産まれたアルフォンス。定期的に治療に訪れていた神官は、信頼できる人だった。
アルフォンスの洗礼を国王に掛け合ってくれたのも、強い魔力の証である髪色を隠す術を教えてくれたのも彼だった。王妃から身を守らなけれはならないと。
幼い頃は定期的に神官が術をかけてくれ、成長と共に自分でも出来るようになった。だから常に黒髪を維持できた。
瞳が変わるのは稀なことだった。同じ要領で試したところ抑えられたので、心配をかけまいと誰にも言わなかった。
伝えたら、もっと確実な魔術を教えてくれたかもしれないが――
(神官が……魔術だと?)
なぜ、今まで疑問にも思わなかったのか。
神官が使うのは神聖力であって、魔力を使う魔術ではない。
(あいつは、神官の服を着た魔術師だったんだ。ハッ……)
アルフォンスは可笑しくなって笑い声を上げた。
(未熟児で産まれたのは俺じゃない)
第二王子として産まれたクリストファーが自分であり、今クリストファーとして生きているのが本当の側室の子、第一王子アルフォンスなのだと。
以前、王妃の出産に立ち会った第二王子の乳母は、処刑されていたと聞いたことがあった。使用人たちの無駄話を盗み聞いて。
赤子の咳に良いのだと、ハチミツを飲ませてしまったのだとか。幸い神官の処置が早く、命に別状はなかったが暫くは誰も近付くことは許されなかったらしい。
様々な知識を得た今ならわかる。
一歳未満の子にハチミツは与えてはいけない物。大切な王子に対し、本当に乳母が独断で飲ませるだろうかと。
(ああ、きっとその時に……入れ替えられたのかもしれない)
王妃は子育てをしない。
それは乳母の役目であり、誰よりも第二王子を知っていたのが、その乳母だったのだから。
よくよく考えれば、これまでの出来事に違和感が出て来る。それが今まで、全く気にもならなかった。
――まるで、洗脳されていたかのように。
アルフォンスは天井を見上げ、笑いながら目尻から涙を零していた。




