8. アルフォンスの苦悩①
――遡ること数十分前。
放課後になり、アルフォンスはまたも訓練場に向かっていた。ただ、真の目的は鍛錬ではない。
この時間帯は朝とは違って、鍛錬に励む生徒は上級生が多い。そのせいか、一年生は放課後は遠慮し、早朝に訓練場を使う者が大半だ。
アルフォンスもまた、それにならって朝練を選んでいた。そうすれば、自然とエリーゼを見ることができるからだ。
(自分で避けておきながら、エリーゼを探してしまうなんて……ハッ、滑稽だな)
アルフォンスは歩きながら、自嘲のこもった笑みを浮かべた。
訓練場に入ると、ぐるりと周囲を見渡す。
教室にエリーゼとデールの姿がなかったので、訓練場に来ていると思っていた。
(……おかしいな)
朝ほどではないが、やはり見学に来ている魔法学園の女子生徒たちがいた。
騎士学校と魔法学園は同じ国立であり、姉妹校のようなもので、年に数回ほど交流会も行われている。
女子の少ない騎士学校。年頃で社交的な貴族令息が多いのだから、見学に来てもらえば、浮かれ喜ぶ者がいるのは当然だった。
男女で仲良くなったのか、低い柵越しに楽しそうに会話している集団も見受けられる。
そんなどうでもいい光景は気にも留めず、アルフォンスは目的のエリーゼを探す。とはいっても、話しかけたりはしない。目の端でその姿を追うだけだ。
すると、柵のところに集まっていたクラスメイトの一人が、アルフォンスを見つけ駆け寄って来る。
「ちょうど良かった! なんか、彼女たちが話したいことがあるって」
「鍛錬中だから、断ってくれ」
アルフォンスは見学者に視線を移す。いつものように遠目に愛嬌を振りまき、あしらうつもりだった。
「いや、あそこにいる一番可愛い子。あの子が、青髪の女子生徒に嫌がらせを受けたって泣いていて。青髪って、平民のエリーゼだろ? アルフォンスも彼女には困っていたから――え、ちょっと待って!」
話を聞き終わる前に、足は動いていた。
柵の所まで行くと、目元をハンカチで押さえていたプラチナブロンドの少女が、アルフォンスに気付きパァッと頬を染める。
「青髪の生徒に嫌がらせをされたというのは、君か?」
「……はい。わたくし、イングリッド・ボワイエと申します」
瞳を潤ませながら名乗ると、スカートをつまみ、お辞儀する。顔を上げると、訴えるようにアルフォンスを見つめた。
「きっと、わたくしが目障りだったのでしょう。もう見にくるなと、強く言われて……。わたくしを助けようと、近くにいた従兄が注意してくれたのですが。今度は、お従兄様に付きまとうようになってしまって……。今もあの方に呼び出されていて、わたくし心配で……」
「エ――いや。その青髪の生徒は、君の従兄をどこに呼び出したんだ?」
「確か、裏庭に……と」
アルフォンスは踵を返し、急いで裏庭に向かった。
嫌がらせをされたと言った、か弱そうな令嬢イングリッド。所作から家柄の良さも出ていた。
美しく、愛らしさを前面に出したイングリッドの潤んだ瞳。自分が庇護欲をそそるタイプだと知っているのだろう。
あんな風に平気で嘘を吐ける女……。
(吐き気がする!)
アルフォンスは顔を歪めた。
エリーゼが誰かに嫌がらせをするわけがない。だとしたら、呼び出したのは向こうの方だとアルフォンスは察した。
案の定、裏庭ではイングリッドの従兄らしき上級生が、エリーゼに必要以上に近付いていた。
エリーゼなら、自分で対処するとは思ったが――アルフォンスはそっと木陰に身を潜め、動向を見守ることにした。
ところどころ会話が聞こえてくる。
アルフォンスがエリーゼに取った冷たい態度から、エリーゼはその理由を知ろうと何度も話しかけてきた。
そのせいで、男に取り入るために騎士学校に来たと、誤解されたようだ。つまり――。
(俺のせいだ)
デールとも仲良くしている姿も目立っている。だからエリーゼを、簡単に口説ける女だと思ったのだろう。
そして、イングリッドはあえて、エリーゼが他の男と仲睦まじくしている姿を、アルフォンスに見せつけようとしたのだ。男を手玉に取る平民の悪女なのだと。
エリーゼ自身も、何かの策略だと考えているようだ。
(あの女は、俺の立場を利用して、エリーゼを退学にでも追い込ませるつもりか? 従兄まで使って……馬鹿らしい。エリーゼの実力も、バックに誰がついているのかも知らずに)
エリーゼが簡単に策にはまることなどない。そんなことは、嫌というほど分かっているが――。
アルフォンスはギリッと奥歯を噛む。
拳を握り、飛び出したい衝動をどうにか抑えた。他の男がエリーゼに触れていることに、我慢がならない。
ここで、エリーゼを助けてしまったら、以前の関係に戻ってしまう。せっかく、無理して距離を置いていたことが無駄になってしまうのだ。
だが。
アルフォンスが葛藤している間に、エリーゼは上級生を会話でやり込めたようだった。
イングリッドの従兄が、エリーゼに好感を持ったのがひと目で分かる。会話のどこに、その要素があったかは分からないが。
(相変わらず、人たらしだな……)
知らぬ間に友人や味方を増やしていく。あれで無自覚なのだからと、アルフォンスは小さく笑う。
ふと、怪しい蝶がエリーゼの周辺を飛んでいるのに気付く。この状況を、誰かが監視しているのかもしれない。
(あれは、魔法で作った蝶か……だが、大した性能はない)
魔法石を蝶に変え、記録した映像を後から魔道具に映し出すタイプのものだった。
仕掛けた者が誰なのかは薄々わかっている。
(――魔法学園の生徒か)
アルフォンスは、エリーゼが裏庭を去ったら蝶を処分するつもりだったが……。その必要はなくなった。
◇◇◇◇◇
誰も居なくなった裏庭。
木の陰に隠れていたアルフォンスは、エリーゼがさっきまで立っていた場所へ行く。蝶の塵を指に取りボソリと呟いた。
「今のフェレット……デールか……」
魔塔に入り、魔法や魔術の知識をつけると共に、人ならざる者の存在についても詳しくなった。
(俺は変わったんだ……)
過去の自分は、呆れるくらいに無知で愚かだったと思い知らされたのだ。




