7. イケメンもどきの罠
「待っていたぞ。お前が一年のエリーゼか?」
訓練場の反対にある裏庭。
男子生徒が、待ちくたびれていた様に腕を組み、エリーゼを待っていた。
制服は同じでも、片方の肩に掛けている布地の色で学年を見分けることができる。騎士が片袖を通していたペリースをモチーフとした、短めのマント。
どうやら、三年生らしい。
プラチナブロンドにハッキリとした目鼻立ち。自分に自信があるのか、高慢さが窺えた。
(えっと……だれ?)
エリーゼはきょとんとする。
「そうですけど、何かご用ですか?」
放課後、クラスメイトが人づてに手紙を預ったと言って、エリーゼに手渡してきた。尋ねても、誰からなのか分からなかったので、すぐに中を開けて読んだ。
『放課後、裏庭で待っている。誰にも気付かれないように一人で来てほしい』
差出人の名前はなく、イニシャルだけが書かれていた。
アルフォンス・ プロイルセンと同じ頭文字が――。
手紙を受け取ってそのままやって来たのだから、待たせたとしても文句言われる筋合いはない。
全く面識のない人間からの呼び出し。それも上級生ともなれば、少し警戒してしまう。
(アルがこんな風に呼び出すとは思えないもの)
いくらアルが変わったといっても、簡単に自分を連想させるお粗末な呼び出し方はしないはず。
だから、アルとイニシャルが同じ別人だろうとは思っていた。
エリーゼは、観察するように相手を見た。
その三年生は返事をするでもなく、自分の顎に手を当て何かを考えている風だ。
すると、エリーゼのそばまでやって来て、ジロジロとエリーゼを上から下まで眺める。
「ふぅん……。確かに整った顔立ちではあるが、イングリッドの方が愛らしいな」
「……!?」
不躾な視線に、知らない女性の名前。微妙にけなされたような言葉に、さすがのエリーゼも眉間にシワを寄せた。
「あの。いくら先輩といえど、名乗りもせずに失礼ではありませんか?」
「へぇ、気も強いな。まあ、そうか。平民には私が誰だか分からないようだな」
面白いものでも見るように、今度はエリーゼの顎を掴みクイッと上を向かせた。
跳ね除けるのは簡単だが、意図が見えないので、されるがままに近付いた男の顔を見据える。
ただのイジメなら、容赦なく地べたに這いつくばらせるのだが。
「そうですね。平民の私には……あなたが誰なのかサッパリわかりません。お名前と呼び出された理由を知りたいですね」
「気丈に振る舞って、気を引く作戦か?」とニヤリとする。
(この人……ちょっと、おかしいのかしら?)
エリーゼは呆れつつ、不愉快さが増す。
「誰が誰の気を引くのですか? 私は微塵もあなたに興味はありませんけど?」
「そうか、知りたいようだから教えてやる。私は侯爵家のラインハルト・ブランだ!」
(全然聞いてないし……。それにイニシャルが全く違うじゃないっ)
さっきこの男がチラリと言った、知らない女性の名前が気になった。エリーゼは、会話を続けてみる。
「はあ。そのブラン家の先輩が何のご用でしょう?」
「ん?」
「ですから、呼び出した理由をお聞きしています」
「私は侯爵家の人間だぞ?」
「それが何か?」
「私の美貌に言葉を失ったのか?」
(美貌って……。完全に頭が沸いているわ)
「質問に質問で返さないで下さい」
自意識過剰なイケメンもどきの埒の明かない話に、エリーゼはパシッと手を払った。短気な方ではないが、これ以上好きにさせておく義理はない。
幸い、誰も居ない裏庭。木の上から、フェレットのデールが赤い眼で男を睨んでいた。
エリーゼの反応に、ラインハルトは目を見開き一瞬怯むが、すぐに高圧的な態度になる。
「お前、何様だ……。高位貴族の令息と関係が持ちたいがために、女のクセに騎士になろうとしているのだろう?」
「それ、本気で言っています? 私が、男漁りのために騎士になろうとしていると?」
ここの生徒であるなら、男であろうが女であろうが、平民がこの学校へ入学する大変さは知っていると思っていた。凛とした態度で、エリーゼは冷ややかに睨む。
(父様やユリウス先生が聞いたら、どんな表情をするだろう?)
「騎士とは、そんな生半可な精神でなれるものだとは知りませんでした。これは前の学校の創立者に抗議しないと……どうして、こんな騎士学校を推薦したのかって」
エリーゼは悲しそうな表情でコテっと首を倒した。
「前の学校の……創立者……? ち、違うっ。そんなことは言っていない!」
「え、でも。女のクセに、とか。令息と関係がどうのとか?」
平民であるエリーゼの推薦者が誰なのか。一介の教師ではなく、平民の学校を創立した公王弟だと気付いたらしい。
「いや、私じゃないっ。他の者が言っていただけだ!」
「へえ、他の方が……。さっき、イングリッドさんと」
「イ、イングリッドは関係ない!」
「では、どなたが?」
グッと、ラインハルトは言葉に詰まる。
「きっと、私が……誰かと勘違いしたんだ。隣国の王子に言い寄る女性徒がいると聞いたから、規律を正そうと――」
「それで、身分が高く美男子の先輩が、一肌脱ごうとされたのですね?」
とりあえず煽てておく。
「そうだっ」
「さすが上級生の先輩は騎士道精神がありますね。では、私はもうよろしいですか?」
くだらない会話を終わらせ、さっさとその場を離れようとしたエリーゼを、ラインハルトは慌てて引きとめた。
「あっ……、これも何かの縁だ! せっかくだから、今度手合わせを願いたい」
「……私とですか?」
「ああ。上級生との訓練はなかなか為になると思うが」
何の魂胆があるのかと怪訝そうにするエリーゼに、ラインハルトはお詫びのつもりに剣術指導をしたいと言った。
(確かに、魔力の強い相手との訓練は勉強になるし……)
アルのイニシャルを偽ってまで、エリーゼを呼び出した張本人の魂胆を知りたい。
「そういうことでしたら」
「よし、決まりだ。また日時を改めて連絡しよう」
「わかりました」
エリーゼの返答に満足したのか、ラインハルトはその場を去って行った。
残ったエリーゼは、木を見上げると両手を広げる。デールはフェレット姿のまま、エリーゼにダイブした。
『あいつアホだな』
『そうね。彼をいいように使っているイングリッドって、誰なのかしら?』
『さあな〜』
と抱っこされたデールは、エリーゼの肩にポスっと顔を乗せる。デールはそのまま、エリーゼの背後に向かって赤い眼を光らせた。
エリーゼの位置からは見えていなかった、不自然な飛び方をしていた蝶々。
赤黒い炎に焼かれ、そのまま塵となる――。
デールは気配を消した人陰に視線を移すと、エリーゼに気付かれないように鼻で笑った。




