39. すれ違いのまま
数日間予定されていた実践練習は中止となり、森への立ち入りは全てにおいて禁止された。
卒業前の討伐隊への志願も含め、実態が明らかになるまでは……と。
三年生全般には、下級生に不安を与えないように森での異変について箝口令が敷かれた。
実際には、緊迫の中ただ避難しただけだったが、憶測は不安を煽るからという配慮だった。
エリーゼたち三人は、二年生のクラスに戻ることになり、通常の授業が再開するはずだったのだが――。
急遽、前期と後期の間に設けられている長期休みが前倒しされ、二年生だけではなく全生徒が帰省するよう通達が出された。
その間に、ガスパルの証言を元に組まれた、調査隊と精鋭による討伐隊が共に森の奥を調べることになったのだ。
穴の存在が人の目に触れ、魔物の自然発生の瞬間が明らかになったのは初めてのこと。一つとは限らない。
もしかしたら、発生事態を減らせるかもしれないのだ。国をあげて調べるのは当然だろう。
(――でもきっと、簡単ではないわ)
人生を繰り返し様々な時代を見てきたが、解明はされていなかった。
◇◇◇◇◇
「アルの調子は……まだ戻らないのかな?」
休み前、最後の座学の授業日。
未だ教室に姿を見せないアルを、キョロキョロと探していたエリーゼは、一人でやって来たベンジャミンに声をかけた。
隣部屋だし、もしかしたら様子を見に行ったかもしれない。
「あー。だいぶ良くなったみたいだけど、大事をとってらしいぞ」
「……そっか」
「休みが終われば、ピンピンして帰ってくるさっ」
ベンジャミンは心配するなと明るく言う。
アルは実践練習の疲れから、体調を崩したことになっていた。
実際には魔力の使い過ぎが原因だが、もちろんユリウスたちしか知らないことだ。
魔物につけらたれた傷は、大したことはなく……というか、エリーゼが治癒したのを目撃したガスパルが、ユリウスに説明したらしい。当然、剣で切った手の傷も完治させたのがエリーゼだとバレている。
あまり驚かれなかったのは、母親であるアンジェリーヌの存在のせいだろう。
手の怪我については授業中の出来事だ。
取り敢えずは軽症だったことにして、当事者である生徒には反省文を書かせ、厳しく叱る程度で済ませたらしい。
エリーゼは、チラリと空いたアルの席を見る。
なんとなくだが、アルはもう良くなっていて、エリーゼを避けているのではないか……そんな予感がしていた。
(デールに聞いても、大丈夫そうだとしか言わないし。会って早く謝りたいのに……)
エリーゼは、手首にしたブレスレットを触る。
アルの目の前で投げ入れたのだから、きっと嫌な思いをしたはずだ。下手したら、捨てたと誤解されてもおかしくない行為だった。アルに向かって投げるのとは訳が違う。
エリーゼ自身も、もう手元に戻らないと思ったのだから。
実際には魔石に付与された魔法だけが発動し、ブレスレット本体は、デールから返された。
どうやらあの時、デールは穴の中から塞ごうとしていたらしい。
ただ――。
向こう側については、話せないようだ。
(人間には知り得ないルールがあるみたいね。あの時、デールを呼べと言ったのは……)
穴が塞がったら、デールでさえも自力では出られないのかもしれない。
デールを拾った時に、地面から出てきていた無数の手を思い出した。今回見た手とは違うけれど、同じ空間に繋がっているような気がしてならなかった。
見えないところで起こっている異変。その渦中に何があるのか。
エリーゼの頭には二人の影が過った。
――そして。
アルとは顔を合わせられないまま、休みに入ってしまった。
◇◇◇◇◇
エリーゼは両親とデールと共に、久しぶりの我が家に帰って来た。
とても名残惜しそうな表情で、アンジェリーヌを見詰めていたユリウス。挨拶に取った手をなかなか離さずに、ガスパルが咳払いする場面もあったが。
エリーゼとデールが戻る時に使うようにと、スクロールもちゃんと用意してあり、転移する前に渡された。
休みの間は家の手伝いをしたり、暖かく穏やかな環境で、ガスパルのマナソードを使った特別訓練を受けた。
あの時。
学校の剣はガスパルの大剣とは違い、本気のマナは耐えられないので、かなり加減していたらしい。
大きな手の魔物や、ドラゴン級の大物が出て来ていたら正直危なかったと。
口には出さなかったが、ガスパルは結界の強化まで、自分が出来うる限りの時間稼ぎをしようと思ったのかもしれない。
ガスパルの己を過信しない姿に、より一層エリーゼの真剣味は増した。
(父さまは、アルにマナソードのやり方を教えてたのが私だと気付いている)
直接アルを指導出来ないからこそ、エリーゼに半端な知識を与えてはいけないと考えたのかもしれない。
(私はアルの力を見誤った……)
そして――。
あっという間に休みは終わり、学校へ戻る日はやって来た。
ガスパルとアンジェリーヌは、卒業祝いにはエリーゼとデールに剣をプレゼントすると約束し見送った。
◇◇◇◇◇
学校へ到着すると、忙しいユリウスに代わり、特別室で待っていたのは学校長だった。
「いかがでしたか、久しぶりのお家での時間は?」
「しっかりと訓練してきました」
「それはそれは」
エリーゼの返事に、優しい笑みを浮かべた。
だが、すぐに真面目な顔つきに変わる。
「一つ、ご報告があります」と驚くべき事実が告げられた。
アルはもう学校を卒業したと――。




