29. まさか、まさか
「物分かりの良い子は可愛いな」
ユリウスはそう言って立ち上がると、窓の外を眺めた。
「………殿下。彼らはまだ十四歳です」
学校長のイザックは眉尻を下げ、困ったような心配そうな、なんとも言えない表情でユリウスを見ていた。
「イザック、お前の言いたいことは分かっている。だが、騎士になるとはそういうことだ。ただの学生でいたいなら、ここにいる必要はない」
「……ごもっともです」
何の為にこの学校を設立し、優秀な戦力になる人材を育成しているのか。
脅威にさらされた時、人の命は容易く失われてしまうのだ。ユリウスは、嫌と言うほどそれを見てきた。
騎士になり、要請がくれば断わることなど出来ない。たとえ、端からその隊の末路が決まっていてもだ。
ユリウスは、グッと拳を握る。
「この国の魔物討伐が追いつかなくなれば……」
近隣の国々は、否応なく自国での対処が余儀なくされる。公国の存在価値が危ぶまれれば、どうなるか。
(一気にこの国を取り込もうとするだろう)
公国に秀でた戦闘力があったとしても、相手にするのは一国だけではない。魔物からの被害に加え、戦争が始まればどれほど多くの血が流れることか――。勝利を収めても、失うものが多過ぎるのだ。
「まあ、それにな。あの三人の能力は、並ではない」
この国に残らないとはわかっているが、大きな刺激になるに違いないと、ユリウスは感じていた。
現に今の二年生は、彼らに引っ張られているのかヤル気が違う。
ユリウスは振り返り、イザックの机に広げられた一通の手紙の方を見遣る。
「たまには……親孝行をさせてやるのも悪くないだろう?」
「親孝行……それのどこがでしょうか?(殿下がお会いしたいだけでしょうが)」
イザックは声に出さずに呟くと、溜め息を吐いた。
◇◇◇◇◇
「な……なんだよそれ! 羨ましいぞ!」
ベンジャミンは興奮し、唾が飛びそうなほどの勢いでそう言うと、ドンっとテーブルに手を置いた。
「しーっ!!」
慌てて声を抑えるよう、エリーゼは人差し指を立てる。
この話があった時点で、薄々こうなるような気がしていたのだ。
校長室を出て寮へ向かう途中で、ばったりベンジャミンと行き合ってしまった。
すると、野生の勘とでも言うべきだろうか、すぐにエリーゼとアルの様子から何かあったと察知し、人気の無くなった食堂まで引っ張ってきたのだ。
「そりゃ、まあ、お前ら強いしなっ」
少し不貞腐れたように、ベンジャミンは言う。
仲良しグループの除け者みたいになってしまったのだから、ショックもあるだろう。
だが、どう考えても断れる状況ではなかったし、エリーゼとしても魔物の異常発生は気になるところだ。
(正直な話、今の一学年上の生徒だけでは手に負えないのもしれないわ。だから私達を……)
そうなると、ベンジャミンはメンバーに入っていなくて良かったのかもしれないと、エリーゼは思い直した。
「まあ、今回は様子を見てくるよ。どうせ来年は全員参加だし」
「ぐぬぬ……。仕方ないよな……どんなだったか、後でちゃんと教えろよっ。外部の講師ってのも気になるしなっ!」
「わかった、わかった。それもしっかり見てくるよ」
エリーゼは苦笑する。
「じゃあ、そろそろ寮へ戻ろう。夕食の時間になるし」
エリーゼの言葉に、全員の腹の虫がグゥ〜ッと鳴った。
そして、歩き出した三人の後ろ姿に――ベンジャミンは、ほんの一瞬だけ素の表情に戻ると、顔に影を落とした。
◇◇◇◇◇
寝る支度を完了して、ゆったりとホットミルクを口に運ぶ。エリーゼは、まろやかな甘さに笑みを浮かべつつ、ベッドの上をゴロゴロするデールを見ていた。
(なんて素晴らしい癒しタイム………)
「それにしても、外部の講師ってどんな人かしら?」
ベンジャミンから言われたが、学校長からの話にも出ていた。その引率してくれる優秀な外部講師が、エリーゼも少しだけ気になってくる。
(万が一、あの時のような魔物に遭遇してしまったら――)
絶対に出るとは限らないし、エリーゼが遭遇したこともユリウス達には言えない。
そうなると――数にもよるが、本気で行かなければならなくなる。
『え……。エリーゼ、本当に気付いてないのか?』
眠りにつく体勢に入ったデールは、ひょこっと頭をあげ残念なものを見るように、クリクリの目を細めて言った。
『この時期に、定期的にこの学校に来ていた人間がいるだろうが』
やれやれと、両手……短い前足を上にあげ、デールは首を振った。
(え、可愛いんですけど! って………ん?)
『それでもって、ある程度の魔物なんて一人で余裕。生徒を完全に守れる実力者』
「んんん――!? ま、まさか……父さま?」
愕然とするエリーゼに、デールは腹を抱えて笑う。
『そんな驚くことないだろ? まあ、確実だろうな。校長の机の上にガスパルからの手紙があったし』
「……はい? あの距離で読めたの?」
『当然〜』
デールは瞳を赤く光らせた。
「てことは、母さまが……」
久しぶりに父親に会えるのは嬉しいが。アンジェリーヌが、長期間一人になるのが心配になってくる。
デールは、それもお見通しで一言つけ加えた。
「アンジェも一緒にな」
◇◇◇◇◇
翌日。
自分の両親が、この学校にやって来るかもしれない。そんな、不安と期待が入り混じる最中――
エリーゼは、アルに呼び出された。




