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23. だれが嘘つき?

「さて。単刀直入に聞こう、アルフォンス()


 めったに生徒が足を踏み入れることのない、創立者のための特別室。校長室ではなく、そこに呼び出されたアルは、公王弟でもあるユリウスの言葉を待った。


「昨夜、学校の敷地を抜け出しはしなかったかい?」

「………!」


 アルは、ドキリとし返事に詰まる。


(やはり……あれは夢ではなかったのだろうか? もし、夢でないのなら――)


 長い睫毛を伏せ、アルは自分の手の感覚を思い出す。そして、視線を上げるとユリウスを見た。


「……いいえ」


 アルは迷いを悟られないよう、ユリウスの質問を否定した。

 抜け出したのが事実であれば、あの場に居たエリーも同じく罰せられるは可能性がある。だが――


(きっと、証拠はないのだろう。でなければ、こんな聞き方はしないはずだ)


 ユリウスは、責めているわけでも、怒っているわけでもない。表情は穏やかで、冷たい印象のモノクル越しの瞳は、淡々とアルフォンスを見詰めているだけだった。


「そうか。ならば、その言葉を信用するほかはない。ただ……」


 アルの目の前に座るユリウスは、机に置いた手を組み話を続ける。


「この学校に在籍している間は、君を()()平民の生徒として扱うが……。他国より預かっている大切な客人でもある。そんな君に何かあれば、国同士の問題になることを忘れないでほしい。国を動かす者たちが、必ずしも同じ方向を見ているとは限らないのだから」


 ユリウスの言うことは最もだった。


 他国の王子であるアルフォンスが、この公国で命を落とすようなことがあれば――理由はどうあれ、攻め入るきっかけを与えてしまうのだ。

 それが、アルフォンスの自業自得の結果だとしても関係ない。

 当然、武力に偏った不利な戦争ではなく、もっと狡猾に利用してくるだろう。強い力を備えた中立的な公国を、味方に出来る絶好の機会かもしれないのだから。


 アルフォンスの脳裏には、見下すように笑う王妃が浮かんだ。


「肝に銘じておきます」


 アルは頭を下げた。


「…………無意識か? その(へりくだ)った態度は。いずれ直した方がいいだろうが、いや……」


 ボソリとユリウスは呟いた。


「え?」と、聞き取れなかったアルは顔を上げるが、ユリウスは答えなかった。


「もう、教室へ戻って構わない」

「はい。失礼いたします」


 特別室から出て扉を閉めると、張り詰めていた緊張が解ける。アルは扉に寄りかかり、ふぅー……と息を吐いた。

 教室へ向かおうと歩き出したが、ピタッと立ち止まる。徐にポケットの中に手を入れると、紫の石を握った。


(確かに魔石はある。全てが、本当に起こったことなら――なぜ、覚えていないんだ?)


 アルの頭の中は混乱していた。



 ◇◇◇◇◇



 ――その日の放課後。


 キョロキョロと、周囲に人の気配がないことを確認すると、小さく扉をノックする。


「入れ」

「失礼いたします」


 二人目の訪問者、ベンジャミンは特別室へ入った。


「ベンジャミン、報告を」

「はっ!」


 学校長に促されたベンジャミンは、ユリウスの近くまで進み片膝をつく。その無駄のない動きは、普段のベンジャミンからは到底想像もできない。


「エリーゼ様も、デールも、特に変わりはありませんでした」

「そうか。アルフォンスは?」

「休み時間に見た限りでは、心ここに在らずといった感じで、ずっと窓の外を眺めていらっしゃいました」

「……森か?」

「はい、そちらの方向です」


 ユリウスは、テーブルの上の水晶に手を触れた。

 魔物の侵入を感知するための魔道具――。結界内に魔物が侵入すれば、すぐにユリウスに知らせが入る仕組みになっている。

 安全のため、この学校を設立するにあたり、開発費を惜しみなく使った物だ。


(微かに発動した形跡があるのだが……)


 ユリウスは、校長であるイザックを見た。


「やはり、おかしな点が?」

「ああ。魔物が侵入したのなら確実に作動する。だとすれば、中に居た者が、結界を出たとしか考えられない」

「そのようなことをする、無謀な生徒は……」

「――そんな命知らずは、()()いないだろう」

「はい」


 イザックは短く答える。

 だが、可能性のある生徒のアルフォンスは否定した。ユリウスはチラリとベンジャミンを見る。


「その時間帯、デールは廊下で見かけましたが。殿下は……訓練場にもいらっしゃいませんでした」


 アルが夜中に自主練をしているのを知っているベンジャミンは、事実を伝えた。

 

「やはり、アルフォンス一人で抜け出したということか。()()が発動していないなら、魔物とは遭遇していないのだろうが」

「これから、夜も監視いたします」


 そう言ったベンジャミンに、ユリウスは首を横に振る。


「必要ない。エリーゼの身辺から離れるな。その為に、ミトスから呼んだのだからな。それに、アルフォンスは馬鹿ではない。もう、抜け出しはしないだろう」


 昼間の会話で、ユリウスは確信していた。


 アルフォンス自身に何かあれば、母親の敵ともいえる王妃に利用され、最悪の事態を招く。アルフォンスはそれを理解している。


「デール君の方はどうしますか?」と、イザックは尋ねた。


「ああ……好きにさせておいて構わない。ガスパルが同行を認めた者なら、害はないだろうからな」

「あの、戦場の青騎士に認められるとは、なかなかの人材なのでしょう」


「ふんっ」と、面白くなさそうな表情をしたユリウス。


 ――攻めの青騎士に、衛りの白騎士。


 そんな好敵手だった、若かりし頃の二人の姿を思い出し、イザックは懐かしさに口元を綻ばせた。

 ジロリと、ユリウスに睨まれたイザックは、コホンッと咳払いを一つする。


「エリーゼ様もアルフォンス殿下も、出身地については何も仰っていませんか?」

「はい。どちらもあまり踏み込まれたくない様子で、一切口に出されません」


 本当の出身者であるのが、まさかベンジャミンだとは思いもしないだろう。


「では、ベンジャミン。戻って結構です」

「はい、失礼いたします」


 そう言うと、隠密の中で育ったベンジャミンは、その場から消えた。

 



 ――そして。


 誰も居なくなった特別室。天井に寝そべっていたデールは、ふぁ〜ぁと大きな欠伸する。


「なんか面白くなってきたな」


 デールは綺麗な笑顔を浮かべると、そう言い残しエリーゼの部屋に向かった。

 

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