22. エリーゼの力
アルが目覚める少し前——。
「エリーゼは、これをどうしたい?」
もう一度、デールはエリーゼに尋ねる。
「これって、アルのこと?」
いくら悪魔でも、アルをこれ扱いはひどいなとエリーゼが思っていると、デールは違うと首を横に振った。
そして、アルの着ていたマントの留め具を外して、エリーゼの前に差し出す。
「こいつのこと。こんな物をアルに付けておくとはな……」
「その留め具がどうかしたの?」
エリーゼはデールの言っている意味が理解できず、手の中を覗き込む。
それは学校から支給された、皆が持っている留め具と何ら変わらない、見慣れたものだった。
真ん中の透き通った石には校章が彫られていて、平民の生徒にとっては高級品ではあるのだが、着用は義務だ。
エリーゼは月の明かりの下、目を細めて石の部分を凝視した。
「べつに何もないけど?」
「一見、オレたちのものと変わらないが。これには、魔法がかけられている」
「うそ……全然わからないんだけど」
「見てろ」
デールは、人間の姿のまま瞳だけを紅くすると、指で石をポンとつつく。
すると――。
石が反応して淡い光を放ち、小さな魔法陣を浮かび上がらせる。デールの手には、いつの間にか透明な球体があり、青白く光る蝶が閉じ込められていた。
「この蝶が……魔法?」
蝶は、透明な壁の外に出ようと、中をクルクル飛び回っている。
「そ。緊急時に、アルの危機を知らせるための……ってところだろうな」
「誰が、何のために?」
「そんなの一人しかいないだろ?」
「あっ」
エリーゼにも分かった。こんな魔法を使えるのは、ユリウスだろうと。
アルは他国の王子で、訳あってこの学校に在籍しているのだから、安全面を考慮しておくのは学校側からすれば当然だ。
この魔法は、万が一に備えて付けられていたのだろう。
アル自身が知っているのかは、定かではないが。まさか、アルが学校を抜け出して、魔物と戦うのを想定していた……とは考えにくい。
「いつ、これに気づいたの?」
「あー、アルが魔物に傷つけられた時。微かだが、魔物が留め具に触れて魔法が反応したんだ。で、そのまま閉じ込めておいた。ユリウスたちに気付かれたら――厄介だろ?」
「まあ……ね」
大事になること間違いない。
そもそも、アルを焚き付けたのはデールだった気がするが。確かに、抜け出したとバレてはアルも困るだろうと、エリーゼも納得する。
「ねえ。その魔法は、元の状態に戻せるの?」
「問題ない」
デールは、返事をすると球体ごと蝶を消した。
(さてと。すべてをなかったことにするには……。さすがに、それは無理かしら)
雪の上に倒れたアルの横に、エリーゼは膝をつく。
エリーゼは、アルの腕の傷口を確かめるように、切れた訓練着に触れた。
(うん。思った通り、そこまでの傷じゃないわね)
「オレには、契約者であるエリーゼ以外の傷は治せない。簡単な記憶操作はできるし、物に対してなら大抵のことはできる。だが、時間を戻したり、理を変えたりするには――」
「二つ目の願い事を使うしかない……ってことよね?」
コクリとデールは頷き、大きな魔石を睨んだ。
デールは、アルが強くなるのを望んでいるようだった。だからこそ、アルを煽り魔物と戦わせたのだろう。
(でも……あの魔物は、デールにも想定外だったのかしら? 多分だけど、私がこの件で願い事を使うのは嫌なのね)
さっきから、少し様子のおかしいデール。エリーゼには、その表情が不本意そうに見えた。
エリーゼとしては、この件をなかったことにするために、二つ目の願い事を使っても構わなかった。
(まあ、もっと大切に使うべきよね。アルの前に、勝手に飛び出したのは私だし……)
アルにエリーゼだと気づかれたが、性別を誤魔化していたのは円滑な学校生活のためだ。ユリウスや学校長やメイドだって知っていること。
(そうよ、大したことじゃない)
これから、アルに深く関わらなければいいだけ。
魔物のショックが薄れれば、アルも正気に戻るだろう。エリーがエリーゼだとしても、そんな抱きつかれるような仲ではなかったのだから。
「ねえ、デール。少しだけなら、誤魔化せるのよね?」
「ああ」
「じゃあ、願い事は使わないわ。私がアルを治すから、デールは服を修復して、アルを部屋に送ってほしいの」
デールは、目を見開く。
「……治すだって?」
「あれ? 言ってなかったっけ。私、母さまほどじゃないけど、少しは魔力あるのよ」
「いや、魔力があるのは知ってる。なかったら、オレの力をあんなに使いこなせないしな。ただ、治癒魔法か。……それで、ちゃんと使えるのか?」
「うん、少しね。前世のようにはいかないけど」
「前世……。その上、アンジェの子ども……なるほどな。なんか、騙された気分だ」
「騙してないわよ。使う機会がなかったから、仕方ないでしょ?」
口を尖らせたデールに言い返すと、エリーゼはアルの横に座る。傷口に手を近づけ魔力を放つと、ポワッとそこが光に包まれ、光が消えると傷はきれいに塞がっていた。
「慣れたもんだな」
デールが感心すると、エリーゼはふふんと笑う。
「じゃあ、あとはデールお願いね。今日の出来事は……そうね、夢だとでも思ってくれたらいいのだけど」
「まあ、そのくらいならな」
――デールが答えると、もうそこはアルの部屋の中だった。
◇◇◇◇◇
そして、翌日――。
アルは学校長に呼び出しを食らったと、ベンジャミンから聞かされた。
『もしかして、抜け出したことに気づかれた?』
『かもな……』
デールは、チラリとベンジャミンを見た。




