21. バレちゃった
魔物に見据えられ、動けなくなったアルの目の前には……淡いピンク色のワンピースを着た、青髪の少女が立っていた。
それも、小柄な身体には不釣り合いな大剣を持って。
月に照らされた、白銀の中に佇む少女の後ろ姿は、まるで絵画のようでアルの思考を停止させる。
ただただ、アルは……神秘的なそれに見入っていた。
エリーゼが片足に重心をかけると、大剣の重さから裸足がズズッと雪に沈む。
「来なさい!」
エリーゼは短く言う。
狼の魔物は、まるでその言葉がわかるかのように、ダッ――と雪を蹴って飛び出した。
同時にエリーゼも飛び出すと、自分の喉元めがけて牙を剥いた魔物の鼻っ柱へ、剣を振り下ろす。
――が、魔物は反射的に剣を咥えた。
(……っ! 凄い力)
そのままエリーゼは、剣ごと横に飛ばされる。体勢を崩さないよう着地し、すぐに構えをとった。
普通の剣なら、とてもではないが耐えられず、今の一撃で折れていただろう。その上、魔物の唾液がかかった装飾部分は、黒っぽく腐食している。
(これじゃマズイわ。アルは気になるけど、背に腹は代えられない)
エリーゼは、剣にデールの魔力を込めて、黒いモヤを纏わせた。
魔獣から瘴気を吸い取るのとは勝手が違う。多少でも魔力を吸収し、対等な攻撃力に……いや、それ以上の力で一撃を与えなければ危ない。
そう、判断した。
――ダッ! ダッ! ダッ!
とスピードをつけ走ってくる魔物に、エリーゼも向かうが、先に攻撃してくるのを一拍待つ。
そして、真上に避けると大剣を下に構え、自分の体重をかけながら、そのまま魔物の背に突き刺した。
次の瞬間には、ジュワッと魔物の魔力が剣にまとわりつき、魔物は魔石となった。
エリーゼの着地と同時に、魔石もボスッと雪に埋もれた。
(ふぅ、終わった)
いつも以上のゾワゾワに、エリーゼは剣から手を離し自分の腕を摩る。
すると、背後に人の気配を感じた。
アルの存在を思い出す。さて、どうしたものかと振り向こうとしたが――。
「――んへっ!?」
エリーゼは、思わず変な声を出してしまう。
背後から羽交い締め……ではなく、抱きしめられていた。
「エリーゼ……会いたかった……」
耳元で、普段なら絶対に出さないであろう、甘く、切なげなアルの声。
「あの、……えっと、アル? 私、エリーだから……」
頭の中が混乱していた。思わず、『私』と言ってしまう。アルがエリーゼと呼んだことも、抱きしめられたこの状態も、理解が追いつかない。
その上、全身が火照ってきた。
(アルったら、魔物のショックで錯乱したのかしら!? デールも、こんなに暖かくしてくれなくてもいいのにっ)
さらに抱きしめる腕の力は強くなり、エリーゼの肩にアルは顔を埋める。
(ひ、ひえっ――――!)
エリーゼが固まっていると、魔石を拾ったデールは、ポーン、ポーンと放り投げては受け止め、遊びながらやって来る。
『ちょっ! デール、これどうにかしてっ!』
『わかった、わかった』
人の姿になったデールは、笑顔なのに目だけは笑っていなかった。
「おい、アル」
「……えっ?」
デールの声に顔を上げたアルは、トンッと額を指で突かれた。そのまま、どさっと雪の中に倒れる。
「はぁぁぁ、ビックリした」
「……まんざらでも、なさそうだったぞ」
「まさかっ。アルはまだ子供じゃない!」
じとーっと見てくるデールに、エリーゼは自分のことは棚に上げ、キッパリ言い切る。
「あっ、それよりも!」
「何だ?」
「ちょっと、デール! この剣、父さまのじゃない!」
「ああ。木剣じゃ、あの魔物は無理だろ? これなら、簡単に切れそうだからな」
「そうだけどっ。私じゃなかったら、普通の人が持てる重さじゃないわよ、大剣。それに……ちょっとだけ、腐食しちゃったのよ」
「腐食?」
エリーゼは剣を見せると、デールは黙ってじっと眺めている。
「デール?」
「ああ、うん。直して戻しておくから問題ない」
パッとデールの手から剣が消えると、倒れているアルを見下ろす。
「で。エリーゼは、これをどうしたいんだ?」とデールは尋ねた。
◇◇◇◇◇
「うっ……うう……ん」
アルは、窓から差し込む朝日で目が覚めた。
自分の部屋の質素な天井が見えると、ベッドで眠っていたことを自覚する。
起き上がり、朦朧とする頭を左右に振って、眉間を押さえた。頭痛はするが、魔物に切られた腕は痛くない。
(痛く――?)
バッと訓練着の袖をまくるが、やはり傷もなかった。
(訓練を終えて、着替えもせず眠ってしまったのか。それに……)
「あれは、夢……だったのか」
アルは小さく呟く。
夢の中でエリーゼと再会していた。
「当たり前か……」
もう一度声に出す。
再会したエリーゼは、あの生意気なエリーのように髪が短かった。エリーの顔を思い出した途端、カッと胸が熱くなる。
認めたくなかったが、ワンピースを着たエリーは、妖精のように可愛かったと思い出す。薄いワンピース越しに感じたエリー。
アルは、じっと自分の手を見る。
(……小さかったな)
そう考えてからハッとして、ブンブンと痛い頭をまた振ってしまう。
(痛……っ! バカなことを。エリーは男だっ)
朝食の時間が来る前に、大浴場へ向かおうと立ち上がる。すると――
コローンッ……コロコロコロ……
訓練着の裾に挟まっていたのか、小さな石のようなものが床を転がった。
それを拾うと、朝日にかざすようにして見た。
「これは……魔石?」
深い紫の石は、夢の中で――アルフォンス自身が倒した魔物の核とそっくりだった。




