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17. アルの苛立ち

(……くそっ!)


 アルことアルフォンス・プロイルセンは、ブンッと空間でも切り裂くかのように、勢いよく剣を振り下ろした。

 真夜中の薄暗い訓練場は、温度管理がされているとはいえ、空気は冷たい。汗だくのアルの体からは湯気が出ていた。


 昼間の件を忘れようと、今夜はより時間をかけ鍛錬に励んでいたのだが……。無心になるどろこか、剣を振る度にエリーの小生意気な表情が浮かんでくる。

 すると、アルの胸中はザワザワと波打つ。


(あの子に似てるなんて、思い違いもいいところだ) 


 以前――。

 たまたま出会い、親切にしてくれた少女を思い出すと、頭をぶんぶんと振った。



 ◇◇◇◇◇



 ――数年前。


 腹違いの弟、王妃の子である第二王子の洗礼式を目前に控えたある日。

 アルフォンスは、療養という名目で、遠く離れた王家所有の施設に向かっていた。


 第一王子であるにも関わらず、アルフォンスは洗礼を受けていない。

 ただでさえ、身分の低い側室の子。神殿が力をもつ国で、自国の王子が洗礼名を持たないということは、価値のない王子だと言われている様なものだった。


 運良く、神殿から二度目のチャンスをもらったのだが……。

 第二王子と一緒に洗礼をとの神殿からの提案を、王妃側の策略によってまたも阻止された。

 というより、アルフォンスは王子としての洗礼式より、側室として肩身の狭い、病弱な母親の身の安全を優先したかった。


 アルフォンスが洗礼を受ければ、母親はもっと酷い目にあってしまう。幼いながらも、母を守れるのは自分だけだと思ったのだ。

 だからこそ、王妃の言うことに、異論を唱えず素直に従った。それが例え、罠だとしても。


 ――そして。

 

 その移動中に、裏切った従者と、待ち伏せしていた刺客に斬りつけられた。

 護衛騎士にどうにか守られて、森の奥に逃げ込んだ。追っ手はまけたが、乳母とも離れ、迷子になってしまった。


 軽い切り傷とはいえズキズキと痛んだ。

 途方にくれ、不安と恐怖で心が押し潰されそうになる。

 今まで何度も危ない目にあってきたが、信頼できる者の中に裏切り者が居た。そのショックが、アルフォンスをより追い詰めたのだ。


「こんなところで、なにしているの?」


 ぅんしょ……っと、茂みをかき分け唐突に出てきた少女。


 明るくニコニコとした笑顔と、青い髪が印象的だった。戸惑うアルフォンスを、怪我をしているからと家に招き入れ、手当てし親切にしてくれた。


 少女とその両親は、身分を隠したままのアルフォンスを、深く追求することも無く受け入れた。邪魔者の第一王子ではなく、普通の少年として。

 たった数日のことだが、毒を気にせず食事もできた。


 熱を出し朦朧としていたせいか、ろくに会話を覚えていないことが残念でならない。


 やっとスッキリ目が覚め、木苺摘みに出かけた少女を追いかけていくと、アルフォンスを探していた護衛達と鉢合わせた。


 護衛も乳母も無事だったことに心底安堵すると、自分の立場を思い出す。

 親切な家族を巻き込みたくなかった。護衛騎士に適当な説明をさせ、お礼だけ伝えると急いでその場をあとにしたのだ。



 ◇◇◇◇◇



 たったそれだけの関係だった。

 

 その時の感情が、熱のせいだったのか、幼心に小さく芽生えた初恋のようなものかは、アルフォンス自身にもわからない。


 だから、初めてエリーと食堂で会った時、心臓が跳ね上がったかと思うほど驚いた。


(彼女の名前は、エリーゼだったな……)

 

 皮肉にも、青い髪と翡翠のような瞳に加え、名前まで似ていた。

 だが性別も違うし、何より国を跨いでこの学校に入れるわけがない。


 平民の学校とはいえ、他国の人間が簡単に入れる場所じゃないのだ。アルフォンスのように、後ろ盾になってくれる存在がいなければ。


 エリーが……エリーゼではないと、頭ではわかっていた。なのに、ベンジャミンとデールと楽しそうにしている姿を見ると、胸が締め付けられた。


 だから、極力関わらないようにしたのだ。





(もっと、力をつけなければ……)


 魔力を使わなくても大丈夫なくらい、強くならなければならない。母親のいいつけで、アルフォンスが国王の強い魔力を引いていることは秘密にしている。


 無能な第一王子であることが、母子共に平穏な日々を送る術なのだからと。王妃の毒牙からアルフォンスを守るには、それが最善だったのだろう。


 そんな中、国王から示された、アルフォンスの唯一の道。

 実力をつけ、いずれ第二王子の剣となり、国の為に戦う。誓うことで、王妃を納得させ、母親の地位を守った。


 だから、周りの人間とは関わらないようにし、自分の鍛錬だけ必死にやってきた。これからも、馴れ合うつもりもないし、秘密は隠し続けなければ。


(それなのに!)


 アルフォンスは手を止めると、マメだらけの手で目元に触れる。一瞬だが、他人の前で魔力を暴走させてしまうところだった。すぐに抑えたが。


『捨てられた』


 その言葉に過剰に反応してしまったのだ。捨てられたくなくて、必死で縋りついていた自分に向けられた言葉は、鋭い刃物のようだった。


 幸い、クラスメイトは剣技を見せつけるように脅しておいたので、魔力を持っているとは気付いてはいないだろう。


(だが、エリーは……。あの位置からだと、見られてしまったかもしれない)


 ギュッと、木剣を握る手に力が入る。


 念のため、エリーにも剣技を見せつけて誤魔化そうと思ったが――。

 エリーの噂は小耳に挟んでいたが、それでもアルフォンスの方が遥かに強いと思っていた。それがどうしたことか、エリーの方が実力が上だったのだ。


 アルフォンスは、苛立ちを隠せなかった。


 弱いくせに、直ぐに群がり絡んでくるクラスメイトも。エリーゼそっくりな顔で、いつも隣にいるデールに微笑みかけている姿も、全てが気に食わない。


 そして、何より……弱い自分に苛立った。

 

 そんなドロドロとしたものを、払拭したかったのかもしれない。

 アルフォンスは空が白むまで、ひたすら剣を振り続けていた。




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