16. 喧嘩
『どっちも助けないわよ』
エリーゼは、くすぐったかった耳を擦りながら、そう返事する。
『あんな急いで来たくせに?』
わざとらしくデールはニヤリと笑う。
『それは、まあ……気になったし。でも、見る限りアルの方が強いけど、やり合うつもりもなさそうだから』
初めは、五人の方を助けるつもりだった。
といっても、アルのためにだ。
アルの性格は、大ざっぱなベンジャミンを通して聞いたことしか知らない。命まで奪うことはないだろうが、やり過ぎたら、アルは学校に居られなくなる可能性がある。
同じ村の出身設定……訳あり同士として、放ってはおけなかった。
アルは入学式前から、隠れて訓練場で鍛錬している。それは、今も変わらない。
たまにエリーゼは、デールの気まぐれで、見に行くのに付き合わされる。半年間で、技術的にもかなり成長していた。
どうして、デールがアルを気にするのか謎でしかないが、悪魔にとっては、契約者になり得る存在だから気になるのかもしれない。
エリーゼは、悪魔の契約は重複できないと知っている。だから、今のところデールはアルと契約することはないと考え、静観していた。
(この分なら。喧嘩になったところで、アルが軽くのして終了って感じね)
そう踏んでいた。
だが、エリーゼがその場から離れようと、アルと五人へ目を向けたとき——。
「ち……父親に見捨てられた、婚外子のくせに! 偉そうに言うなっ!!」
五人の中で先頭に立っていた生徒が怒鳴った。その刹那、アルの瞳が金色に揺らいだ。
(まずいかも!)
エリーゼが一歩前に出ようとすると、手首をデールに掴まれた。
『問題ない』
デールの声と同時に、アルは一瞬で間合いを詰め、叫んだ生徒の喉元に木剣をピタリとつけた。
(寸止め……!)
アルの瞳の色は普通に戻っていた。けれど、視線は鋭く、相手を威圧するには十分だった。
寸止めされている生徒は顔面蒼白で、膝が笑っている。
「俺は……捨てられていない」
低く言ったアルの言葉に、声を出せない生徒に代わって、周囲の生徒たちが慌てて返事をする。
「わ、悪かったよ。ただの誤解だからっ。も、もう、そんなことは言わせないから、なっ」
「お、俺たち、クラスメイトじゃないかっ」
「もう、絡んだりしないからっ」
「助けてやってくれ!」
アルの視線に直面していた生徒は、コクッと小さく頷いた。完全に戦意喪失している。
静かに剣を下ろされると、カクンッとその生徒は腰を抜かした。
「あ、ありがとう!」
そう一人が言うと、腰が抜けた生徒を抱え、急いでその場を離れていった。
(大事にならなくて良かった……)
エリーゼが胸を撫で下ろすと、木剣をしまったアルはこちら側を向く。そして
「いつまで――そこで盗み見ているつもりだ?」
(ん?)
エリーゼはキョロキョロと周囲を見回す。ここには、自分とデールしかいない。
(気配もちゃんと――)
チラッとデールを見ると、満面の笑顔。
(っ、やられた!)
デールは自分の気配を消していなかったようだ。なのに、デールは出て行くつもりはないらしい。
仕方なく、エリーゼは物陰から出てアルの前に姿を見せた。
「ああ、お前か。……いい趣味だな」
冷ややかな視線と皮肉を浴びせられ、エリーゼはムッとした。
(確かに、隠れて見てたけど……)
何というか、エリーゼは負けん気が強い。
だから、見ていたことを謝るつもりが、その言葉を呑み込み、逆に笑みを浮かべてしまう。
「たまたま、妙な雰囲気のアルたちを見ちゃったからね。問題を起こす前に、止めようと思ったんだけど、必要なさそうだったから」
「だからお前は、ずっと見ていたって?」
「……お前じゃない。エリーだ」
エリーゼは、アルを睨んだ。どうも、お前呼びは好きになれなかった。
そんな態度のエリーゼに、アルは口止めでもしようと思ったのか、さっきのように剣を向けて地を蹴った。
だが、アルが木剣を振るうたび、エリーゼはひょいひょいっと避ける。どう踏み込んでも間合いに入ることができず、アルは目を見開いた。
「悪いけど。さっきの寸止めをされてあげるほど、優しくないよ。それにさ、こっちは剣を持っていない。アルは、丸腰相手に卑怯なまねはしたくないでしょ?」
「……っ」
エリーゼの言うことに、アルは言葉が詰まってしまう。
「まあ、もし……合同練習の授業でもあったら、ちゃんと相手になるよ」
「その言葉――忘れるなよ」
ギリッと、アルはエリーゼを睨むと、捨て台詞を残し、踵を返した。
職員室へ向かったアルを見送ると、やっとデールも出てくる。エリーゼは鬼のような形相で、デールを睨みつけた。
「デールは……一体、私に何をさせたいのかしら?」
「二人の仲を取り持ってやったんだけど。仲良くなれて良かったじゃないか」
「その目は飾りなの? 私、寸止めされそうになったのよ?」
「されてないじゃないか」とデールは笑う。そんな悪びれないデールに、毒気を抜かれる。
「まあね。アルも本気じゃなかったから」
本気で来られたとしても、エリーゼは負ける気はしないが。
「それより、わかったんじゃないのか?」
「ええ、そうね」
エリーゼは、少し乱れた髪を耳にかけ、はぁぁ……とため息をついた。
「やっぱりアルは……私が助けた少年だわ」
そして、アルは――。
平民でもただの貴族でもない。
興奮すると、瞳が金色になる特殊な血筋。よりによって、どこぞの王家の血を引く者だったのだ。




