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15. たまたま見ただけのこと

 ――入学してから、一年の半分が過ぎようとしていた。


「それにしても……。本当に、誰も私を女の子だと思わないのね」


 ソファーで、だら〜っと寛ぐフェレットの鼻をチョチョンッとつついた。

 すると、クシュンッとくしゃみする。

 デールは片目だけ開けて、嫌そうにエリーゼの指をペシっとよける。その可愛い仕草を見たくて、ついまたやってしまう。


(もちろんデールの力を、信じてない訳じゃなかったけれど……)


 自分でそう希望したとはいえ、明らかに階の違うエリーゼの部屋や、人前で絶対にしない着替えなど、誰も不思議に思わないのだ。

 一時的な魔道具と違い、これほど長期的に違和感なく馴染める凄さに、正直エリーゼも驚いていた。


『……エリーゼが解除したいなら。いつでもそう願えば……解けるぞ』


 撫でられている背中が気持ち良いのか、うつらうつら閉じそうな目をどうにか開いて、デールは答える。


学校(ここ)に居る間は解かないわよ」

『だよな……。それより、飛び級ってのを目指さなくていいのか?』

「そうね、今はまだいいかな。急いで進級しなくとも、特待生にはなれるしね」

『オレは何でもいいけどな〜』


 ふぁ〜ぁと、デールは大きなあくびをする。


 今まで――。エリーゼは、同年代のほぼ居ない集落に住んでいた。そのせいか、この学校での生活は意外と楽しいものだったのだ。


(デールとの関係とはまた違う。……こんな感覚が、私にもまだあったなんてね)


 ムードメーカーのベンジャミンがいるお陰か、エリーゼのクラスは仲が良かった。隣のクラスと違って。


(でも……)


 剣術の基礎に加え、校外での寒さの中の訓練も始まりだすと――。


 学校の外、少し離れたところに設けられた訓練場所。そこの寒さは、なかなかに厳しいものだった。公国の中でも最北なせいか、この地に慣れている筈の者ですら、動きが鈍くなる。


 暖かい地域で暮らしていたエリーゼの体には、かなり堪えた。こっそり魔力を循環させて、寒さを凌いでもいいが、ズルはしたくない。


(まあ、みんないつかは慣れる……そう思ったけれど)


 互いに励まし合ったが、それだけで乗り越えられるほど甘くはなかった。

 寒さに加えての厳しい訓練。体力の無い者は、精神的にも持っていかれたのだ。この先、対魔物など、想像しただけで剣を持つことを体が拒否してしまう。


 そして、この時点で……。エリーゼと同学年の、生徒の四分の一は辞めていた。


(このまま行くと、クラスの合併も考えられるわね)


 エリーゼは、デールの背中を撫でつつ、ぼんやりとアルの顔を思い浮かべた。

 あの入学式の日から、エリーゼはアルとの接点は無かった。直接的には。


 だが、アルの実力は噂になる程で、エリーゼ達の耳にも届いてきていた。


 エリーの実力も皆から驚かれたが、アルみたいに噂されることはない。いつの間にか、それが当たり前に受け入れられている。

 エリーゼは、平らに伸びているデール背を、毛流れに沿って撫でた。


 アルの噂はさまざまだった。


 平民らしからぬ容姿で、圧倒的な強さがあるせいか、貴族の婚外子ではないかと囁かれた。

 そんなアルの存在をよく思わなかった、一部のグループが嫌がらせをしてる――そんな噂まで。



 ◇◇◇



 その日、エリーゼは、()()()()その現場を見てしまった。


 校外での訓練を終えた隣のクラス。ゾロゾロと戻って来るのが、座学中のエリーゼの教室の窓から見えた。


 皆、職員室の外に設置された、魔石の返却場所に向かう。


 一年生の間は、学校から配られた魔石を持って、校外へ出る。いくら、防寒に優れた訓練着を着ても、まだ寒さの中で剣を振るのは難しい。

 そのため、発熱効果の高い魔石を一人一つ渡される。カイロみたいなものだ。兵士になれば、もっとちゃんとした物が支給されるのだとか。


 簡易的な物なので、魔石に込められた魔力が減ると効果が無くなる。だから、魔法を使える教師によって、魔力を足してもらうのだ。忘れないよう必ず本人が、授業の終わりに返却しに行かなければならない。

 

(それなのに……)


 全員が職員室へ向かわず、数人がまとまって反対の校舎裏へ入っていった。真ん中で囲われるよう歩く、黒髪の人物。


 エリーゼは、それがとても気になった。休み時間を告げる鐘が鳴るのと同時に、教室を飛び出してしまうほどに。


『どうしたんだ?』


 廊下を猛スピードで走るエリーゼの脳内に、デールの声が響く。


『何か、気になっちゃって……』


 そう答えると、二階の窓からエリーゼは飛び降りる。膝を使い、難なく着地すると校舎裏へ向かう。

 数人の話し声が聞こえてくると、エリーゼは静かに物陰に隠れた。


 

「おいっ、お前! 何様のつもりだっ」


 壁際に立つアルに向かって、数人いる生徒の一人が顔を真っ赤にして怒鳴っている。


「……べつに。そっちが、弱すぎるだけだろ」


 アルの返答に、ますます顔を赤くする。


 

 エリーゼは、暫くそのやり取りを聞いていた。


 どうやら訓練で、明らかにアルが手を抜いたのが気に入らないらしい。アルの言い分としては、寒さで上手く身体を動かせない相手に、本気で打ち合ったら怪我をさせてしまうから、配慮したのだと。


(アルの言い方も悪い。だけど、本気でやるなら……せめて、もっと実力をつけてからじゃないど。うーん、5対1か)


「どうする、助けるか?」

(うひゃっ!?)


 急に耳元で、デールの小さい声がした。バッと振り返ると、デールが立っている。


『び、ビックリさせないでよ!』

『悪い、わざとだ。くしゃみのお返し』

『こんな時に、悪趣味ねっ』


 デールは案外、根に持つタイプらしい。


『で、どっちを助ける?』


 答えを知っているくせに、デールはエリーゼにそう聞いた。

 





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