矛盾
───夜、今日は明日に備え中立組織本部に泊まることとなった。
与えられた部屋は1人一部屋で、雛菊本部の部屋よりも豪勢で広かった。
なんだか落ち着かないながらも、寝る準備をしようとした時、部屋をノックする音が聞こえた。
「……入っていいぞ」
開かれた扉から現れたのは、なんとノエルだった。
「──っ、なんでお前……」
「…………」
昼間と同じ服装──マントは外してある──のまま、じっとこちらを見つめ立っている。
「ここに来るなって言ったろ。
……何の用だよ」
「アオトの気持ち……どうしても確かめたくて」
「俺の気持ち?」
「うん。
……だって、アオト私と会っても嬉しくなさそうで」
「それは違げぇよ。信じられないぐらい嬉しい」
「じゃあ、なんで?
なんで……事情を話してくれないの?信用……されてない?」
「信用はしてるよ。
けど……これはなんていうか………とにかく言えない事なんだ。
だから、今のうちにさっさと───」
「そんなに出ていって欲しいの?」
悲しそうな目で見つめられ、思わず動揺してしまう。
「……そうじゃねぇよ」
「教えられないって……何?
命に関わるものなの?」
無駄に勘の鋭いノエルに一瞬表情に出てしまったことを悔やむ。
「そう……なの?」
「後で教えるからとにかく───」
「そうやって逃げないでよ!」
「………」
「意地でも言わないつもりなんだね」
「あぁ、そうだよ。
さっき、5年前の……小屋に居ろって言ってた時のことを言ってたよな?
俺から言わせてみれば、危ないから居ろって言ってたんだ。
実際それで何度か危険な目に遭った。
一緒に洞窟に行って幻獣と契約する羽目になったり、人間側の奴が来たり、一緒に……ムニンに行って………それで…………」
それ以上言葉が出てこなかった。
その先を言うのが怖くて……あまりにも恐ろしくて、認めたくなくて。
あれは俺が犯した誤ちだ。だからこそ───
「とにかく、ぜってぇ俺は言わねぇからな」
「……アオトの馬鹿!!
私がどれだけの想いでここまで頑張ってきたか……ちっとも伝わってない!」
「………」
「………もういいよ」
ノエルがそう言って去ろうとした時、何故か俺はノエルの手を掴んでいた。
「……出て行ってって言っときながらそうするの………ずるいよ」
「あぁ、そうだな……ずるい」
ノエルは軽くこちらに顔を向け、言葉を待っている。
「手が勝手に動いたっていうか………俺は…………俺だって、どんな気持ちでこの5年間過ごしていたかなんて想像もつかないだろ。
毎日お前の事、想ってたよ。夢だって何回……いや何十回と見た。
あの時だって離れたくなかった。けれど、仕方なかった!
国が決めたことだから。
それに……お前を連れていく事なんて………それは、今までよりももっと危険な目に遭わせてしまうから……だから俺は!」
「アオトが私の事心配してくれてるのは分かる。
けど、私はどんなに危険でも残酷な世界に飛び出すとしても……貴方とずっと一緒に居たかった」
「俺は……そうは思わない。
お前もここまで来たって事は、ある程度この世界の残酷さを知ってるはずだ。
でも俺は……そんなの知ってほしくなかった。
平和で安全な村で過ごして、お前の夢だった結婚……とかをして、そうやって平和で何気ない生活を送ってほしかった。
俺と……俺なんかと出会ってしまったせいで、ノエルはこんな危険な場所に……」
ノエルは完全に振り返り、俺の手を両手で握った。
「ちょっと待ってよ……そんな事言わないで。
私の気持ちを否定しないでよ。
アオトが心配してくれてるの分かった上で言うけど、それは違うよ。
これは私の意志で決めたことだよ。
確かにアオトと出会わなきゃ世界の残酷さなんて知らずに、のうのうと平和な生活を送ってたと思う。
けどね、アオトと出会わないなんて絶対に嫌。
出会って良かったんだよ……アオトはそうじゃないの?
本気で出会わない方が良ったって……思ってるの?」
「……………」
固く口を結び、依然として目を逸らしたままだ。
「アオト………」
「…………そうは、思ってねぇよ。
でも……やっぱりここに来るべきじゃなかった」
「………っ!」
ノエルは俺に近づくと、馬鹿と何度も言いながら俺の胸を叩く。
やがてそれも力が弱くなっていき、涙がぽつりぽつりと頬を伝う。
「………もう遅いから。な?」
「うぅ……アオト………」
ノエルはその場に座り込んでしまった。俺も同じく隣にしゃがみ背中をさする。
それから少しして、落ち着きを取り戻したノエルを俺のベッドに座らせた。
俺も少し間を空けて座っている。
ノエルはその間を見つめ、俺もふとそこに視線を落としてしまう。
「……最後に聞いてもいい?」
ノエルは視線を落としたまま、俺はノエルの方を見た。
「成長した私をどう思う?」
その言葉の意味を理解し、すぐには返答できなかった。
「……前よりも大人っぽくなったと思う。
強くも……なったんだろうし。
でも話してて思うよ、何も変わってねぇなって。
あの頃のままな所もあるんだって、ちょっと安心した」
「そっか。
……私は、アオト変わっちゃったかなって思ってたんだけど、今の言葉聞いて安心した。
何も変わってないんだね」
そう言ってお互いくすりと笑い合う。
けれど確かにあの頃とは違っていて、その証拠にノエルの笑顔はあの頃よりも大人びていて、可愛らしさよりも綺麗……だったから。
そんな事を思っていると、ノエルがもたれかかってきた。
突然の事に驚くが、同時に嬉しくもあった。
ノエルの温もりをまた感じられることが、こうして一緒に居られる事が何よりも嬉しくて。
思わず抱きしめたくなる衝動を抑える。
「……私、大人しく戻るね」
咄嗟だった。
また手を握ってしまった。
まるで行かないでと言うかのように。
「戻れって言った癖に」
「…………」
自分でも矛盾してる事は理解してる。
けれどどうしても行って欲しくなくて………もしかしたら、彼女を───ノエルを、永遠に喪ってしまうかもしれないから。
そんな事は絶対にさせないと誓ってるけれど……どうしようもなくそれが怖くて。
「………また、明日な。
会いに行くから」
ゆっくりと手を離す。
「……約束だよ?」
「あぁ」




