約束の続き
「───っ!!」
体がビクッとした反動で飛び起き、荒い呼吸を落ち着けようと手で胸を押さえる。
この姿になってから、寝る度に嫌な………とても嫌な、まるで昔の頃の夢を見ている気がする。
覚えていないとは言え、気分は最悪だ。
その証拠に動悸と呼吸が少し苦しい。
ほぼほぼ落ち着きを取り戻し、深呼吸する。
座ったまま辺りを見回すとまず目に入ったのは、最上階が見えない程高い細長い建物。
上に行けば行く程霧がかかっている。
その他にめぼしい物は無く、ただ暗く何も無い空間が広がっているだけ。
どうやらこの建物の中以外行く宛ては無さそうだ。
それに何故だが俺は、この中に入り登らなくてはいけない気がしてならないのだ。
衝動にも似たこの気持ちはなんなのだろうか。
立ち上がると、警戒しつつ建物の扉を開けた。
オレンジ色のライトに照らされ、壁や床が大理石で出来た全体的に茶色の空間。
宿屋などによくある受付台のようなものが入って右側に取り付けられており、左側には1つの観葉植物。
そして正面には、薄く幅が少し広い2、3段の階段を下りた先に扉が1つ。
俺はその扉の前に行き、ドアノブを回すも鍵がかかっているのか開く気配は無い。
入口近くに戻り、観葉植物や周辺を軽く調べるも特に何も無く。
受付の近くに行くと、奥に空間があるのが見えた。
さっき俺が居た位置からは見えなかっただけのようだ。
その奥には上へと続く階段があり、さっきと違って壁の色が黒だった。
念の為受付を調べるも何も無かったため、引き続き警戒しながら上っていく。
1階と同じぐらいの大きさの空間だが、天井の高さが先程より高く薄暗い。
あと左正面はガラス張りになっており、外が見えるようになっている。
それ以外は右奥にある次の階へ続く階段のみ。
足音が軽く反響する。
ガラス張りの前まで来るも、見える景色は外に居た時とさほど変わらず、景色と共に反射している自分の姿が透けて見えていた。
……あぁそういえばこんな姿だったなと、拳を握る力が自然と強くなる。
「やっと見つけた」
「───っ、誰だ?」
声のした方に振り向くと、ちょうど10歳ぐらいの女の子が居た。
髪は白くボブヘア、顔は布で隠されていて口元しか見えず、白いワンピースを着ている。
「お兄さん、私ずっとここで待ってたんだよ?」
「誰だと聞いている」
「もー、そんな怖い顔しないで。
……そうだなー、なんて言えばいいかな」
女の子は考える素振りを数秒程見せると、思いついたのかはっとした後、俺の方を見る。
「お兄さん……ううん、お兄ちゃんを待ってた人!」
「……はぁ?
質問の答えになってねーぞ。名前はなんだと聞いている」
「なまえ?
……うーんそう言われても」
女の子は俯いて、左右にゆらゆらと揺れている。
「答える気が無いのか、答えれないのか知らんがお前は俺に何の用がある?」
「わたしと一緒に遊んでくれない?」
「遊ぶ……だと?
そうやって油断させて、攻撃とかするつもりだな。
それか……」
「もぉー、そんなんじゃないって!
じゅんすいにそう言ってるだけなのに」
ぷぅーっと風船のように頬を膨らませる。
どうやら怒ってるようだ。
表情豊かな子どもだ……。
「純粋にって、んな事言われても信じられる訳ねーだろうが」
「じゃあどうやったら信じてくれるの?」
「どうやったらって……あのなぁ、そういう問題じゃなくてだな。
……大体、何やっても信じねぇよ。
俺を陥れる為に、殺す為に何でもするような奴である可能性だってあるんだ。
尚更信じる訳───」
女の子が走ったかと思うと、俺が逃げる間も無く抱きしめられた。
想定外の行動に、頭が真っ白になる。
女の子は動く様子も無く、俺はナイフで刺されるんじゃないかとか、来たる衝撃を覚悟するもそんなことは起きず、時間だけが過ぎていた。
ここで疑問が一つ。
……どうして俺は抵抗すらしていないんだ?
こんな子ども1人くらい突き飛ばすのなんて簡単で、あっという間に形勢逆転が出来るだろう。
なのに俺は抱きしめられたまま動けなくて。
信じる訳が無いと思っていた思考がこうもあっさりと揺らぐなんて。
「……そんな悲しい事、言わないでよ」
温かい。
なんて落ち着くような温かさなのだろう。
まるで凍ったままの心臓がどんどん溶かされていくような温かさ。
この温かさを俺は知っている。
女の子は俺を見上げると、その顔は涙に濡れていた。
大粒の涙を流し、零れ落ちてはまた落ちる。
悲しそうな顔で、じっとただ純粋に信じて欲しそうにこちらを見つめてくる。
……なんて、顔が隠れて見えないはずなのに容易に想像出来てしまう。
「……分かったよ、信じるから。
だから、涙拭いて泣き止め。な?」
女の子の頭に手を置きそっと撫でる。
うん、と短い返事をすると涙を両手で拭い、えへへと嬉しそうにこちらを見て笑った。
「お兄ちゃん、こっちこっち」
「お、おい……待てって。
あと、引っ張るな!」
女の子に手を握られ、引っ張られるままに次なる階へ続く階段に足を踏み出した。
3階へと続く階段は土壁で出来ており、なんだか騒がしい声が上から聞こえている。
ここに人の気配は無い。ましてや霊の気配も。
なら今聞こえている声は───
「見て、ここ覚えてる?」
「覚えてるも何も」
階段を登った先はなんと外。
空は真っ黒で星の1つも見えない。
砂の地面に、道にはたくさんの店が並んでいる。
異様なのはたくさん行き交っている人のような存在だ。
服は俺たちが着ているのと同じく色が付いている、ごく普通の服。
姿形は人間、けれど肌の色が黒く透けており、顔もぼやけているのか目や口の凹凸が分かるだけではっきり見えない。
気配も異様だ。
生きている者と死んでいる者の両方の気配がこの場に入り交じっている。
この光景と、気配で何となく思いつくものがあった。
……けれどそんなの絶対に有り得ない。
それに、そうだとしても俺はそんな有り得ないものの気配など分かる訳が無いのだ。
前例が無く、俺が感じ取ったこれはほとんど直感と言っても過言では無い。
「………さっき、覚えてるって言ったよな?
お前はほんとに何…………え?」
女の子の方を見て、唖然とする。
なんと髪の色が変わっているのだ。
さっきまでは白色。
それが今では、薄い茶色に変わっているのだ。
2階が暗かったとは言え、見間違う所じゃない色の変化。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
きょとんとした様子で首を傾げる。
自身の髪色の変化について、何も分かってないのか?
「お前……髪の色、変わってるぞ」
「え?
あ、ほんだ。
あはは、なんかふしぎだね」
気づいてなかった……のか。
すると、原因は不明。
もしかすると、階層で色が変わるとかか?
この建物と関係しているのは間違いなさそうだが……。
「ねーね、ここ見て回ろうよ〜。
わたし、ずぅ〜っとここを一緒に見たいなぁって思ってたんだぁ」
「……?
あ、あぁ」
色々考えが頭を過ぎるせいで、上手く思考がまとまらない。
「……お兄ちゃん、聞いてる?」
「ここを見て回りたい、んだよな?
あまり気が進まないが……」
女の子はそんな俺の事も知らず、今か今かと待ちわびているようだった。
「はぁ……分かったよ。
はぐれないように手、離すなよ?」
「うん!」
元気な返事を合図に、人ならざる者たちが行き交う道へと歩き出した。
食べ物屋で色々買い、雑貨屋でキラキラしたアクセサリーを買ったり、色々な店をたくさん見て回った。
美味しいと口元を緩ませながらたくさん頬張り、綺麗なアクセサリーを見てぽかんと口を開けたり、景品を当てる店で外しては口を尖らせたり。
顔が隠れてるのに、彼女の表情は様々で。見ていて飽きなくて。
気がつけば、表情がつられて緩んでいた。
こんなに楽しいと思ったのはいつぶりだろう。
長らくずっと、暗いままただ流されるように生きていたように思う。
こんなにも日常にありふれた景色がキラキラしているように見えるのは、こんなにも彼女との時間を楽しく愛おしく、永遠に続いて欲しいと思うのは。
こんなにも、生きていて楽しいと。そう思うのはどうしてだろう。
「そういえばお兄ちゃんは何も食べなかったけど、本当に良かったの?」
「ん?
今はお腹が膨れてるからな」
それは半分本当で半分は嘘だ。
ここにある物を食べてしまえば"元の時間”に戻れなくなる気がして、どうしても食べる気がしなかったのだ。
「それに、お前が食べてる様子見てるの飽きないからな」
「ふーん、変なの」
「変で結構」
道の端で留まっていた俺たちの間に、しばしの沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは彼女だった。
「あのね……最後に行きたい場所があるんだけど」
遠慮がちに俺の様子を伺う彼女に、俺は呆れたように笑いかける。
「今更警戒なんてしてねぇし、最後まで付き合うから」
彼女の表情がぱぁっと明るくなった、ように見えた。
立ち上がると、彼女は俺の手を握りそっと引くと目的地へと進んでいく。
やがて人気の無い薄暗い空間へ着くと、手をそっと離しこちらへ振り向いた。
「あのね……わたし、ずっとずっとお兄ちゃんと一緒にここのお店見て回りたかったんだ。
だからね、その夢が叶ってすっごく嬉しいの。
本当に夢みたい……」
ずっと、ここのお店を見て回りたかった……。
何か未練でもあったのか。
何故だかこの娘の気配は読み取れない……というより懐かしいもので、現在もきっとどこかで生きている。
「お兄ちゃんと一緒に居ると楽しくて、時間があっという間に過ぎちゃうんだ。
不思議だよね。楽しい時間はいつもあっという間」
「そうだな。
俺も同じ気持ちだ」
心が溶かされて、素直になってしまう。
いつもは誰にも見せないように、決して誰かに見られないように隠しているのに。
抑える間もなく、自然と口から溢れ出てしまう。
「ねぇ……隣に来て」
彼女は傍にあった段差に座り、隣をぽんぽんと叩く。
俺は吸い寄せられるように歩いていき、座った。
隣に彼女が居る。
触れ合いそうで、触れ合わなくて。
でも彼女の体温が、温かさが伝わってくる。
「わ、わたし………あ、あれ?言いたいことたくさんあったのに……上手く言葉に出来ないや」
彼女の声は震えていて、想いを抑えきれないような苦しさを感じさせた。
「……お兄ちゃんはね、ここに来なきゃいけなかったの。
だって、ここに来ることで先に進めるから。
先に進むための鍵、そしてそれが"道”に繋がるから」
道……あの幻獣が言っていた言葉だ。
俺たちが普段使っているのとは明らかに意味の違う、何か重要なもの。
「でもね、そんな事よりって思っちゃうの。
私は所詮感情が形になった存在でしかない。
だから、これは禁忌の抜け穴みたいなもの」
彼女が何を言っているのか何も理解出来なかった。
けれど、そんな事よりも。
「なぁ、お前は───」
俺がその先を言う前に、彼女がぐっと近づき
そっと、唇と唇が重なる。
「…………っ!」
たった数秒の時間が、永遠にも思えて。
「あの時の、続き」
「───え?」
彼女がそう一言呟くと、風が吹き始め顔を隠していた布が外れかける。
そして、髪の色が変わり始める。
「また──────」
彼女の言葉の続きと、素顔と、髪の色が変わる前に光に包まれ、俺の意識はそこで途切れた。




