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青き華よ希跡なれ  作者: 溶枸由 佳月
第二章,星団
42/83

日常

ノエルと、彼女と別れてから約5年後──





「ここがそうだって。

昼間は姿現さないみたいだし、ここら一帯は誰も入れないようになってるから。

よろしくね」


俺の肩をぽんと軽く叩き、リツは去っていった。

何も無い更地に一つだけぽつんと建つ倉庫を遠目で見ると、夜まで時間を潰そうと街へ向かった。


──あれから色んなことが変わった。

あの国から出て、今は離れた国にいる。

最北端にあるあの国から離れたこの地は、というか離れれば離れるほど、どんどん過酷な環境になっていくこの世界。

あの国よりも争いが断然に多く、事件も残酷なものばかり。


俺が所属している中立組織(エイレネ)

干支──『地平線』は、この中立組織のトップで、人間6人亜人6人の計12人。全組織の報告書を元に指示を出したりする組織だ。

季節──『白夜』は、人間2人と亜人2人の計4人。精霊と契約し、普段は周りに住むものの安全確保や様々な依頼を受け、戦闘時には防御壁で守る役割を担っている。

俺の属する月──『雛菊(ひなぎく)』は、亜人12人で構成されており、主に戦闘に特化している。

()──『烏丸(からすま)』は、人間31人で、小さな事から戦闘まで様々な事をやってのける。

(よう)──『点睛(てんせい)』は、亜人7人で遺体の回収をしている。

祝──『楽園(エデン)』は、人間7人亜人8人の計15人で、色々と謎の多い組織だ。

更に十二星座『天狼星(シリウス)』など新しい組織ができ、中立組織に協力する団や個人などが加わり、人手不足だったこの組織はより大きなものになった。


雛菊で変わった事と言えば、服装を一新した事だろうか。

赤と紺の統一された色から、それぞれ色の違うものへと。

服のデザインも変わったことにより、色も被ることなく違うこともあって前よりも個を意識したものになったように感じる。


それから組織のやる事も少し変わったり、大きく変わった所もある。

俺たち月は今まで通り。

前よりも酷い……いや。

彼女と出会う前の日常に戻ったまでだ、と表現した方がいいだろうか。



季節は冬。

俺は24歳、今年25になる。

もうあの頃とは何もかも違うのだ。

時間は待ったり、止まってくれないものだから。


***


夜。

誰の気配も感じない、明かり一つもない更地に戻ってきた。

倉庫にも明かりは無く、俺は軽く深呼吸すると倉庫の扉を開けて中に入った。


むわっとした空気。

纏わりつくような、ほんのり粘っとしたもの。

臭いもキツい……といっても、もう「慣れて」しまった。

この鉄のような臭いと、鼻を刺すような一度吸ってしまえば忘れられない強烈な、何にも表すことの出来ない臭いに。

コツコツと俺が歩く足音が倉庫に響く。

ぴちゃ、と時折湿った音を立てながら。

何か雫が一定のリズムで落ちる音も聞こえる。



──そして明かりがつく。



その光景は地獄そのもので、常人なら耐えられないだろう。

発狂してもおかしくない。

逆に、こうして冷静でいる方がおかしいのだ。


人の頭部、腕、脚、胴体、脳などの内臓が腸に吊され、まるで倉庫に飾りつけられているようだった。

壁や地面を赤黒く染め上げた血、血、血。

遺体は人間のもので、こういう悪趣味な手口は亜人側のものだ。

亜人側はできる限り人間を苦しめながら殺し、それぞれ自分の好みに合わせて狂気じみた「作品」に仕立て上げる。


この恐ろしい光景を生み出したのは、俺を見下ろしているオレンジ髪の狐の亜人。


「やぁやぁこんな所に人が来るなんて思いもしなかったなぁ」


「まさか幹部の仕業だとはな」


「いやいやオレはそういう話がしたいんじゃなくてさぁ、分かんない?分かんないかぁ〜そうだよね、分かってたらそんな返答しないもんね」


「……何が言いたい?」


「そんなむっとした表情しないでよ〜、おんなじ亜人なんだからさっ」


あぐらをかきながら楽しそうに話している姿に、イラッとせずにはいられなかった。


「こんなことしておいてよく笑えるよな。

本当にイカれた集団だよな」


「だ〜か〜ら〜、そういう話をしたいんじゃないんだってぇ」


「………」


「さっきさぁ、オレたちのこと『イカれた集団』だとか言ってたけど。

……そうそうこれこれ!こういう話がしたかったんだよねぇ。上手く繋がったね!

──そういうお前たちだってイカれた集団なんじゃないの?」


「……お前らからしたらそう見えるのかもな。

何が言いたい?」


「見えるよ見える。めっっちゃ見える〜。

だってだってぇ──あんなクズども、生きてる価値ないと思わない?

先に手を出してきたのはあっちだよ?

殺されても文句言えないよねぇ」


「………」


「あ、さっきの話に戻るけどお前らもイカれてるってやつ。

だってぇ、こんな所にいても『平気』だなんてイカれてるに決まってるでしょ」


「平気な訳ないだろ。

こんな……こんなことしといて」


「そうやって話してる時もさ、声からは怒ってるって感情がすごく伝わってくるけど……表情にはあまり出てないよね。

目つきが悪くなって、険しいってのは伝わるんだけどね」


「お前の長話に付き合ってる暇はない」


「その冷静さが気持ち悪いんだよ。

普通の人はさ、こういうの見たらどういう表情(かお)するか知ってるでしょ?

目を見開いて口をぱくぱく開けて、ガタガタ震えだして膝から崩れ落ちるんだよ。

逃げようとした奴も血や内臓で滑って転んでさァ!

ぷっ……そのザマったらあまりに滑稽で滑稽で」


「お前に何の過去があってそうイカれたのか、元からそうなのかは知らねぇけど……さっさと終わらせようぜ」


「………そのさ、その顔だよ。その目。

ムカつくんだよね、正義の面して。

どーせ平和なんて訪れる訳もないのにさァ!毎度毎度オレたちの邪魔して、お前も亜人なら分かるだろ?」


「分からねぇなぁ。

お前みたいなイカれた思考は」


「……あぁ、そうだね。

オレも分かんないよ。

お前みたいなキモい思考はさァっっ!!!」


地面を蹴り、相手も同時に飛び降り襲いかかってきた。

刀で相手の鉤爪を受け止める。


「へぇ〜、やるじゃん」


「…………っ!」


なんとか距離をとる。

相手は確実に俺よりも強い。

どうするべきか。


「オレ、こう見えてちょ〜強いからさぁ。『六番目』如きに負ける訳にはいかないんだよねぇ」


「…………」


「あれ、さっきから黙ってるけどもしかしてムカついて──」


背後に回り込み刀を振り下ろすが、分かっていたとばかりに防がれてしまう。


「君ィ、人が話してる時は目を合わせてって習わなかったのぉ?

ま、確かに今の攻撃は全然見えなかったけどさぁ」


「黙れ」


前に向かって素早く刃を振るうも、ひょいと躱されてしまう。

すぐさま地を蹴り、相手を本気で斬るつもりで振り上げる。


「おっと危ない危ない。

今のは流石に怖かったかなぁ。

なかなかやるねぇ」


そのまま相手に向かって刀を振り下ろすも、また防がれる。


「これだから六番君はさ──」


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、さっきからっ!」


一瞬光に包まれると衣装が変わり、ほんの僅かに相手が(ひる)んだ。

衣装が変わったのは『別世界の力』を発動させたせい。


「うーん、今のは確かに効いたね」


「くそっ………!」


刀で斬りつけようも、いとも簡単に躱される。

何度も何度も、殺すような勢いでやっているのに。

集中していて、周りが遅く見えるような錯覚に陥る。なのに、あいつだけは遅く見えずに余裕そうな笑みを浮かべ、躱し続けるのだ。

別世界の力を使っている時は、普段の時よりも体力や精神の消費が多い代わりに攻撃力が増す。それも俺の『正の感情』が強ければ強い程。


「そんなに怖い顔しないでって。

ふ〜ん……本当に厄介なものと契約したね」


「……っ!!」


両手で力いっぱい左下から振り上げた。

倉庫の一部の壁と天井が崩れ落ちる。

幹部は軽々しく上の足場に乗ると、いつの間にか武器は仕舞われており、服についたゴミを払うようにぱたぱたと手を動かした。


「おぉ〜こわこわ。

六番だからってナメてたらいつか殺されるなぁ」


「はぁ……はぁ……思ってもねぇくせに」


「これ以上ここにいたら面倒だし、おさらばするかなぁ。

まぁ楽しい時間だったよ。じゃあねぇ〜」


「くそっ、待て………ちっ」


立ち去っていた場所を見つめながら刀を鞘に収め、契約の力を解除した。



倉庫を出るとこちらに近づいてくる集団がいた。

その先頭にいる女性に声をかけられる。


「お疲れ様です、先輩」


「あぁ。

そっちこそ今から大変だな」


「いえ、これも仕事ですから」


猫と犬のミックスの亜人。

年齢は俺より年下の21。

青い髪を後ろで一つに結んでおり、作業着のような服を着ている。

彼女の名はサトゥル。曜──点睛に所属している土曜担当の女性だ。

年上で俺の方が長くいるからという理由で先輩と呼ばれているが、この組織に正式に入る前から手伝っていた彼女に比べれば俺の方が後輩なのだが……彼女はそれでも先輩と呼ばせてくれと言って、今の形になった。


「……いつも悪いな。こんな辛い仕事を任せて。

そういうのなら手伝えって言われてもおかしくねぇけど……」


「そんなことないですよ!

先輩だっていつも仕事頑張ってるじゃないですか!

自分は……こんな形でしか力になれないっていうか……」


彼女の仕事は、遺体を片付ける仕事。

そう、彼女は今からあの凄惨な現場に行き、一つ一つ丁寧に遺体を回収し倉庫を綺麗にする。

それが彼女の、曜の仕事。


「…………」


「……私思うんです。

ただでさえこういう仕事ってみんなから嫌われて、よくやるよなって言われたりする事が度々あったんですよ。

その度に辛くて………でも、ここは違った。

この場所は……この組織の人たちは、今のアオト先輩みたいに大変だねって言ってくれるんです。

手伝え、なんて微塵も思ってないです。

そうやって優しく声をかけてくれるだけで、居場所があるだけで……ありがたいんですから」


「……そうか」


「そうですよ。

まぁ……それでも、未だに私たちのことを受け入れられない一部の人たちも居ますけどね。

全員が全員、なんて難しいですから仕方ないですよね」


彼女は少し悲しそうに微笑みながら言った。


「一つ聞いてもいいか?

それでもこの仕事を続けてるのは、その……理由じゃないけど」


こんなことを聞くのは失礼だと分かっている。

それでも、気になって───


「辛い、ですよ。

だってどの現場も……酷い有様ですから。

人が人を殺して………現場によっては、特に亜人側のものは………見るに堪えないくらいに酷いですし。

……けど、どんな形であっても丁寧に遺体を回収して………弔ってあげたいんです。

あんな最期………酷すぎる、から。

こんなの、私の自己満足です。

……私は、自分の身を守れる程度の力しかありませんから。

戦うのでさえ必死なのに、誰かを守る余裕なんて……。

だからこそ、アオト先輩が所属している雛菊の皆さんはすごいなって、尊敬してるんです。

……この仕事をしていて辛くても、先輩みたいに声をかけてくれる人が居る。居場所がある。

私は恵まれているんです。

だから、せめて私は私に出来ることをする。

私はこの仕事をしていることを、誇りに思ってますよ」


彼女の()はどこまでも自信に満ちていて、真っ直ぐ芯の持った瞳だった。


「すごいな、サトゥルは」


そっと頭を撫でる。


「うわっ、急になんです!?

……て、照れるじゃないですか」


「悪い。嫌、だったか?」


「そうじゃないです。

ただ照れるってだけです。こういうの慣れてないんで。

あんまり女の子にほいほいこういうのしない方がいいですよ?

そのうち勘違いされますからね」


からかうように、にっと笑うサトゥル。


「はぁ……?

なんかよく分かんねぇけど、要は褒め方を考えろってことでいいんだよな?」


「そういうことにしときます。

……では、行ってきます」


さっきとは一転して真剣な表情になると、仲間の後を追い仕事場へと向かっていった。




───これが今の俺の日常だ。



あの国が平和すぎただけで、世界はあの時からずっとこういう世界だ。

こんなことが日常茶飯事で、表立って平和に見えたとしても。

裏では絶えずこういうことが起き続けている。


それがこの世界での当たり前だから。

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