灰色の空
午前中の仕事がいつもより早く終わり、俺の部屋でノエルと話をしていた。
なんてことの無い、普通の話。
「それでね、その時───」
「はは、なんだよそれ───」
だからこそ気づかなかったのかもしれない。
ノエルとの会話が楽しすぎて、夢中になっていたから。
「何、してる………の?」
彼女が後ろに居た、なんて────
「──っ、な、なんでお前がここに……」
「なんでって、それはこっちのセリフよ!
なんで?………なんで『人間』なんかとそんな……楽しそうに、話してるの?」
俺はすぐさま席を立ち、ノエルを庇うように前に立った。
「なんでその娘を庇うように立つの!?」
「……お前には関係無いだろ」
「あるに決まってるじゃない!!
あれほど人間が嫌いって言ってたのに……あたしとおんなじだって……」
「ア、アオト……その、人は?」
「……街の方を守ってる亜人だ」
キッとノエルを睨みつけるヨミ。
「それに!
こ、こんなことが組織にバレたらどうするつもりなのよ!!」
相当怒っているようで、叫ぶように声を荒らげ胸ぐらを掴まれる。
「……………」
「……それも分かった上での行動ってわけ?
……ふざけないでよ。なんでよりにもよって人間なんかと………」
怒られるのも、憎しみを込めて言うのも当たり前で仕方のないことだ。
──俺はしてはいけないことをした。
──人間にされたあの仕打ちを、許せるはずがない。
その時だった。
コンコン、と開いたままの扉がノックされたのは。
ノエルに一言絶対に来るなと言い、慌てて扉に近づくとそこに居たのは干支の副リーダー、申担当シンカさんだった。
「な、何故……副リーダーがこんな所に………」
「私は君に『別の用事』を直接伝えようと思って来たのだが……思わぬ事実が明るみになったようだね」
「…………っ」
「あ、あのアオトは……」
ヨミが俺のことを庇おうと何か言いかけるが、それを副リーダーが手で制した。
「アオト君、君が人間と仲良くすることに対しては良いことだと思っている。
私たちの役目は人間と亜人の争いを無くすことだ。最終的には争わずに暮らせることを目指しているからね」
「だったら………」
ヨミが再び口を開くが、続きを言う前に副リーダーが遮るように喋った。
「でも君、もしかして仕事内容や組織の状況を外部に漏らしたんじゃないか?
あくまでも私の勘に過ぎないが」
「…………すみません」
「違うんです……」
背後から小さな声が聞こえた。
もうすっかり聞き慣れた声。当たり前に傍に居て、大切で、何度拒絶しても離れなかった人の。
「私がアオトの仕事を手伝いたいってしつこく言ったから………そのせい、なんです」
「だとしても、断固として拒否するべきだった。
本当に覚悟のある者しか、限られた者しかこの組織に入ることは許されない」
「覚悟なら、とうにできてます」
「……なるほど、これは手を焼くのも仕方ない、か。
それでアオト君、そこの娘は連れていくのか?」
「そ、それってまさか…………でも、あれは……!」
「………残念なことに、決定が覆ってしまったのだよ」
「………っ」
俺はその事実に驚きが隠せなかった。
いつかはこうなるって、どこかで分かってたはずなのに。
いつかは、いつかはって先延ばしになって………そのいつかは来ないんじゃないかって、錯覚していた。
もっと、早くにああすべきだったのに。
「あ、あの……ど、どうしたんですか?
私が何か──」
「あぁ、違うんだ。
私たちの組織は入れる人が限られている分、人手不足な所もあるといえばある。
この娘なら──」
「いえ、結構です」
即答した。
これだけは絶対に、譲れない。
「………本当にいいのかね?」
「……はい」
「分かった。
では、月六月担当アオトに告げる。
王の決定により──」
──この国を出ていくことを命じる。
「え………?」
「………………」
「……私はそれを告げに来た。
君が直接説明してあげなさい」
そう言うと副リーダーは立ち去って行った。
「あたしは、その事について色々話そうと思って来たの。
…………今度、今日のこと詳しく聞くから」
ヨミも冷たく言い放ち立ち去っていく。
「ね、ねぇ………どういうこと、なの?
アオト………ねぇ、アオトってば…………ねぇ!!?」
「………前から言われてたことだ」
「何が?」
「……王が、この国から亜人を追い出すかどうかって」
「……前、から……?」
「…………追い出すって言い方はあれだが、人間が圧倒的に多い国。
これ以上犠牲を出さないために、亜人を……守る、ために。
………一度だけ謁見した時に思ったが、本当に亜人の事を想ってる人なんだなって………ずっとどうするか悩んでた。
一時はこのままって事だったけど……状況が変わったんだろうな。
守るためって事は分かってるけど、結局は追い出すって事に変わりはない」
「ちょ……ちょっと、待って…………………私たちが会ってすぐの頃、図書館に行ったよね。
その帰り道、私あなたに何隠してるのって……言った。
…………そしたら、あなたはこう言った」
──この国のことだよ。
方針が変わるかも……とか、そういう難しい話だ。
「──って。
………これって、いずれかはこうなる事が分かっていたんじゃないの?」
「……………」
「なら、なんで言ってくれなかったの!?
もっと早くに言ってくれてたら、こんな事にはならなかったのに……もっと……早く」
「んなこと言ったって、時間を戻すことなんてできねぇだろ。
早く言った所でどうにもなんねぇし。
………今更だろ」
「今更って………アオトが言わなかったからでしょ!!?
それに、どうして決めつけるの!?早くから念の為に準備していれば──」
「………なんで自分でも言いたくなかったのか分かんなかったんだよ……!
だって、こんな………こんなの…………」
こんな感情初めてだったから。
「……私も、行く」
「ダメだ」
「いいえ、私も──」
俺はノエルの両肩を掴み、壁に押さえつけた。
「いたっ………!」
「もう限界なんだよ………お前のそのしつこさ」
「………っ、アオトの馬鹿!!」
彼女が走り去っていく。
俺は何故、彼女に言えなかったのだろうか。
ずっと、何を恐れて───
「あ………」
そう、だった。
彼女と過ごすことが当たり前になって、そのせいでいつの間にか見えなくなっていたんだ。
近すぎるあまりに見えなくなっていた。
膝から崩れ落ちる。
「お、俺………は………」
声が震え、視界が歪む。
全て、分かってしまった。
この感情が何なのか、いつからなのか。
いつも……いつもこうだ。
自分が大切にしたい、ずっと一緒に居たいと思った人はいつも運命の手によって引き離されることになる。
気づくのだって、もう手遅れと分かった時だ。
どうして……どうしていつもこうなのだろうか。
ノエルと離れたくなくて……それがずっと、ずっと最初から恐れていたことだった。
仲良くなればいずれ別れが辛く悲しくなるものだから。
今回こそは、もう連れていけない。
いや、連れて行ってはいけないのだ。
「………………」
涙が止まらずこぼれ落ちる。
そうだ。
──俺が先に
「…………………っ」
そうだったんだ。
俺は………気づいてしまった。
気づいてしまったからには、気づく前にはもう戻れない。
「………………………」
嗚咽を必死にこらえ、誰も居なくなった小屋で一人、灰色の空ともう茶色に染った長い雑草を映す、開け放たれた扉を見つめていた。




