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青き華よ希跡なれ  作者: 溶枸由 佳月
第一章,連星
38/83

願いのために捧げるもの/目的の為に利用せよ

10月になったある日。

コハルに呼ばれ、ある小さな島に来ていた。

島中に桜が咲き乱れ、気温も暖かく過ごしやすい。

今歩いているのは人里離れた穏やかな道。

隣にいる茶髪で優しそうな顔立ちをした鹿の亜人の男性、デザインは違えど赤と紺の統一された制服を身に纏っている者こそ、俺を呼んだ張本人のコハルだ。


「んで、用事ってなんだよ」


「いや、大したことじゃないんだけどね。

ただ会って話したいなぁって思っただけ」


「ほんとにそれだけで呼んだのかよ……」


「いいじゃんいいじゃん。

会うの久しぶりだし、ちょっとぐらい」


「この島には何しに来たんだ?」


「ん?

下見というか、軽くやっておきたい事があってね」


「下見?

って何の下見だ?」


「まぁ、色々とね。

アオトは何か聞かされてないの?」


「特に何も言われてねぇけど……」


俺だけ聞かされてないって事は無いだろうし、コハルに何か任された事があるのだろう。

他愛のない話をしながら道なりに歩くと、坂道を登りきった所に祠のようなものがあるのが見えた。


「アオトはここで待ってて」


「あぁ」


コハルは小走りでそこに向かうと、手を合わせたりしている。

あまり見るのも悪いと思い、周りの景色に目を向ける。

最初は緩やかな坂だったものの、進んでいくと急になっていったせいか思ったよりも高い所まで来たようだ。

一面のピンクと雲一つない青い空。ずっとここで見ていたい程綺麗だ。


「──おまたせ」


「終わったか?」


「うん。

だから、戻ろっか」


急な坂道を下っていき緩やかな坂に差し掛かった頃、それまで黙っていたコハルが話しかけてきた。


「………僕にはかつて大切な恋人がいたんだ。

正確には今も大切で、愛しているんだけど」


目を逸らし、俯いたまま喋らない。動かない。


ふぅ、と息を吐くと続きを話し始めた。


「……詳しくはその、言えないんだけどさ。

今でも…………過去に、執着してると言うか。

悪い、意味でね」


間を空けながらも確実に、一つ一つ話していく。


「彼女を失ってから、また世界が灰色に見えた。

もう彼女はこの世界にいないと、そう理解しているのに………いや、だからこそ僕はきっと間違った道を進んだんだ」


遠回しながらも、言いたいことは伝わってきた。


「………人を助けるなんてって。

だから本当なら助けないといけない所で見捨てた事だってある。それも何人も。

人間とか亜人とか、男とか女とか、大人とか子どもとか関係なく」


ゆっくりと、再び歩き出す。


「そうやって人を助けることを捨てて、ひたすら仕事をこなした。

仕事に執着していないと心が崩れてしまいそうだから。

周りに構ってられないほど、追い詰められていたんだと思う。

だからって、自分のした事を正当化するつもりは無いよ。

どんな小さなことでも罪は罪だ」


「…………」


「仕事で成績は一番良かったけど、一番嫌われていた。

顔つきも今と違って怖いって言われてたし。

……そんな時にリツに出会って助けられたんだ。

そして、初めて他人に叱られたんだ。

家族とかならあったけど……リツみたいな会ったばかりのやつに本気で叱られたことなんて無かったから驚いたけど。


そのおかげで今僕はここに居る」


「…………その話をなんで俺に話そうと思ったんだ?」


「……正直言うとね、僕にも分かんないんだ。

ただ、誰かにこうやって言ってすっきりしたかったのかも」


「空気ぶち壊すようで悪いが、詳しく言えねぇって言う割に結構喋ってたよな」


「はは……これでも核心部分は触れずに言ってるからね。

外側だけを削って言った感じ」


「……そうか」


俺たちは仲間、という認識はあるものの個人の過去などには決して深入りするような仲では無い。

それは暗黙の了解のようなものであり、唯一それぞれの過去を知っているのはリーダーであるリツのみだ。

もちろん全てを話したり、知っている訳ではないが。


「あのさ……」


開けた場所で立ち止まり、コハルは俺から少し離れた所で振り返った。


「アオトはさ、今の僕の話を聞いてどう思った?」


「どう、思ったって……」


「正直に言って」


「…………」


真っ直ぐな目で見られ、断ることができるはずも無かった。

ここは言う通り、正直に。


「正直言うとそうか、って一言で終わる。

別に俺はお前の過去に特別興味がある訳じゃねぇし、お前だってそうだろ?

……けど、辛い過去や自分の過ちを認めて前に進もうとしてる。

その姿勢、すごいなって。俺だったら無理だ。

やろうとしても、過去や自分を中々受け入れられないから」


ふとコハルの方を見ると驚いたような顔をしていて、それからにこっと笑った。


「……やっぱり君に話して正解だったのかもね」


「何か言ったか?」


「いいや。

それじゃあ僕は帰るけど、アオトはどうする?」


「もう少しここに居るよ」


「そっか。

今日は本当にありがとうね。じゃ」




コハルがこの場を去った後、得体の知れない気配が近づいてくるのを感じた。


「誰だ!?」


コハルが去った方から何者かがゆっくりと歩いてくる。


………人、じゃない?


直感的にそう思った。

生きてる人でも死んでる人でもない。動物のものでも。

姿形は人と同じでも、気配が俺の知ってるどれとも違うものだった。

……似ているとすれば、六月など『概念』のようなものの気配。


『そう警戒しないでください。

あたしは、あなたに話したいことがあってここに呼び寄せたのですから』


顔は布で隠され口元しか見えていない。

全体的に透けていて、だけどこうしてはっきり見えている。ドレスは脚を隠す程長く、キラキラとしたオーラを纏った女性は先程コハルが立っていた位置で止まった。


「俺と話を?

それに呼び寄せたって……まさかコハルを操って?」


だけどコハルに何か術をかけられたような気配も、誰かの意思によって行動していたようにも感じられなかった。

いったいどういうことなのだろうか。


『そんな事は断じてしておりません。

あの者もあたしと同じくあなたと話したかっただけ』


「つまり、たまたま目的が一致したと?」


『えぇ、そうなりますね。

………やはりどこか似てしまうのかもしれませんね』


ふふっと笑みをこぼす女性。

色々と気になる所はあるが、今はそれよりもだ。


「で、話ってなんだよ?」


『まず、自己紹介を。

あたしの名前はテウダと申します』


「……アオトだ。

別に敬語で話さなくてもいいんだぞ?

俺だってタメ口なんだし」


『いいえ、とんでもない。

そんなこと、出来るはずがありません』


「……普通に話してくれた方が俺としては楽だけど………。

ま、お前の好きにしたらいいんじゃねぇの」


『…………でしたらお言葉に甘えて。

そうかもね、あたしちょっと固かったのかも。無理してたかもだし』


「そんなことを話に来たのか?」


テウダという女性は首を横に振った。


『いいえ。

……アオト、一ついいかしら。

あなたにとっての守るべき国とは、何かしら?

そして捨てるべき主義とは』


「守るべき国?捨てるべき主義だって?

……全く意味が分からないんだが」


『嘘、正直に言って。

言葉の意味は分からなくても、伝わり感じたものがあるでしょ?

それを教えて』


言いたくはない、けど言わないのも言わないので違うような。

だから、俺は面倒くさそうに息を吐いて答えることにした。


「ある少女に出会う前まで俺は、あくまで人を助けるのは『仕事のため』だって考えてた。自分が生きるために助ける。

だからお礼を言われたって、言われる程の価値のある行動なんてしてないって。

……要は素直になれなくて、自分は……そんな困ってる人を見かけたら助けるような人だって………思いたくなかったから。

でも実際そうだったのは気づいてた。仕事のため、生きるためって誤魔化してただけで、自分はそういう人だってな」


『どうして誤魔化していたの?』


「俺は………そんな良い奴じゃないんだよ。

英雄とか、物語の主人公みたいな……そんな器じゃないって知ってるから。

自分じゃそうなれないって分かってるからこそ、嫌なんだ。

中途半端にそういう感情があるのは邪魔だって……。

けど、ノエルが教えてくれた。受け入れてくれたんだ。

素の俺を。俺は俺のままでいいんだって。中途半端でも、良い奴じゃなくても……主人公でなくても」


『…………』


どこか満足そうに微笑む女性。


「だから、仕事や自分が生きるために人を助けるってそういう誤魔化しを捨てたんだ。

正確にはいつの間にか、消えてたって言うべきだけど」


胸に手を当てて、目を瞑って気持ちを落ち着かせる。

心の奥底に眠ってる感情を、言葉にするために。


「俺の守るべきものは決まってる。大切な存在と日常。

それが俺にとっての小さな国だから。

手の届く範囲のものしか守れないから。その範囲を広げられたらって考えはなくもないけど。

……俺は他の人とは色々違う、から。受け入れてくれる人もそう多くない。

だからこそ、受け入れてくれる人たちにはすごく感謝してる。

その人たちや……守るべき人のためなら、命すら捧げる覚悟はとうに出来てるから」



『やっぱり』


「え?」


小さく呟いたかと思うと、突然テウダが近づき目の前で跪いた。

それはまるで王の前に跪く騎士のよう。


『やはりあなた様こそ我が主に相応しい』


「な、何言ってんだよ……突然跪いたりして……」


(わたくし)が仕える者は別に居ます。

ですが、(しん)に仕えるのはあなた様という意味です。

私の力は契約者の国を守り、それを仇なす者へ裁きを与えるもの。

私の本当の名をお教えします。

ですから、お困りになった際に呼んでください。あなた様のために力をお貸しします』


「…………っ」


風がびゅうびゅうと吹き、テウダと俺を中心に神々しい力が集まってきていた。

その証拠に地面には魔法陣、その上に何やら紋章のようなマークが浮かび上がりあずき色、レモン色、オリーブ色、黒色に光り輝き、風が竜巻のように渦を巻いている。


『私の(まこと)の名は───』




その名を心の中で唱える。

忘れないよう心に刻むために。



『いずれ、私の力はあなた様の役に立つことでしょう。

名前を叫んだとしてもあなた様と私以外には聞こえないようになっていますので、そこはご安心ください』


風が収まり魔法陣が消え、テウダは立ち上がりながら言った。


「……………」


何が何だか分からなくて、混乱しながらテウダのことを見ていることしかできなかった。


『では、また』


一瞬だけ布が風でめくれ、目が合った。


瞬きするよりも早く、姿が光の粒となって消えた。


「な、何だったんだ………今の」



* * *


僕はとある島に訪れていた。

島の周りは霧に囲まれている、どこの国にも属していない果ての島。

地図にも乗っておらず、たどり着くことができるのはほんの一部。

にも関わらず人は普通に住んでいる。

入ることは困難だが出ることは比較的簡単な、今でも謎多きこの島。

そんな島の中でも、恐らく誰も知らないであろう道を無言で1人歩く。

コツコツと足音が狭い道に反響する。

長く青い髪を後ろで結んだ、ミックスの亜人。

ただのありふれた亜人にすぎない僕という存在。


ここには覚悟を決めるため、要らぬモノを捨てるために来た。

突き当たりにあるのは小さな祠。

埃を被っていることが長く使われてないことを、人が来ていないことを証明しているようだった。


「………」


軽く埃を払い、目の前に立って祠を見下ろした。


「……僕には必要なんだよ。力が」


祠に、その中に眠っているであろう“存在”に語りかけるように話し始める。


「そのためには不要な感情を捨てなくちゃならない。

種族のため、仲間のためにも。

……何より自分の目的のために」


祠は静かなままで、それでも僕の話を聞いてくれているように感じた。


「嘘はつきたくないし、長々と話すのもなんだから手短に話すけどさ」


『…………』


「僕はさっきも言った通り力が欲しい。

今のままじゃあダメなんだ。

仲間の意志を継いでいかなくちゃならない。

そして背負(せお)って背負い続けて、例え最後の1人になったとしても目的を達成しなければならないから。

そのためにも──」


すぅ、と息を吸い込むと目を開いて確かに言った。



“何を犠牲にしても、必ず自分の目的を達成する”


と。


『どうして仲間の命よりも自分の目的を優先するの?』


綺麗でいて、どこか悪意を含んだ声音。


「僕たちの目的はそれぞれ違う。

けれど真の目的、『人間を滅ぼす』って事だけは全員一致してるんだ。

つまり誰か1人が目的を成し遂げれば、人間を滅ぼすことができれば仲間の目的を達成したことになる」


『随分と強引で、中々傲慢な考え方だな』


「あぁ、だけど素敵だと思わないか?」


『素敵、とは?』


「人の本質は何だと思う?」


『人の本質か。

人でない我に問うてどうする?』


「……ふふ、確かにそうだったね」


笑みを浮かべたまま、僕は続きを話す。


「よく誰かのため誰かのためにって言うけど……それを1番に行動するのはどうなのかなって。

行動してると思ってる人だって、そう思ってるだけで本当はそうじゃないのかもしれない。

実際、誰かためって思いながらしてる行動って結局は自分がそうしたいからなんだよ。

そう、自分がそうしたいから」


『つまりは“自分のため”と』


「うん。だってそうでしょ?

自分がそうしたいからそうしてる。

それって誰かのためじゃなく自分のためだよね。

誰かのためにってそういう偽りで行動してる。

偽り、自分に嘘をついている。

正直に言えばいいのにね、誰かのためじゃなく自分のために行動してるってさ」


『…………』


「だから僕が行動するのは第一に自分のため。

人間を滅ぼし、復讐を遂げる。

そうして生きて生き残り続けて、目的を成し遂げるその時まで仲間の血を啜ってでも生きて成し遂げたいんだ」


『仲間の血を啜ると?』


「仲間の血を啜れば僕の一部となる。力となる。

伝わってくるんだよ、感情が。

殺せ、殺せと()う声が」


『仲間のことを想ってない訳では無いんだな』


「当たり前じゃないか。

同じ種族で同じ目的を持った仲間であり、家族のような存在なんだから。

だからこそ、その大切な存在に嘘をつかないためにも僕は正直でありたいんだ。

僕は真っ先に自分の目的を一番に行動するよって。

争いの過程で亡くなった命は決して無駄にしない。僕の一部となって、背負って連れて行ってあげるよって」


『フフ……そなた、いい()をしておる。

復讐に狂い歪みきったその瞳。

あぁ、ずっと……そなたのような存在を求めていた』


「……ということは」


『あぁ、認めてやろうぞ。

だが我は所詮残りカスに過ぎぬ。

我を含めて全てあやつが力を持っていって──』


祠が光り、目の前には全体的に暗い色のドレスに身を包んだ女性が姿を現した。


『フフフ……アハハハハハ…………馬鹿め……なんて愚かな』


「急に笑ってどうしたの?」


『いいや、力はたった今戻った』


「は?なんで?」


『代償をよく理解していないからこうなった、というだけだよ。

本当に愚かな………全てが善に満たされれば、悪の力は消えるのではなくこうして我の元に帰ってくるだけなのに。

残りカスである我を完全に消し去るべきだったな。

だがもう遅い』


女性はこちらを見て、言った。

その瞳は深淵に堕ち、僕よりも狂い歪みきっていて。

とても美しいものだった。


『我と契約するのだな』


「あぁ、そのためにここに来たんだから」


『後戻りは出来ぬぞ。

一度堕ちれば簡単には戻れず、最終的に戻れなくなるが?』


「その覚悟ならとうに出来てるよ。

……あの日から、ずっと」


自然と握る拳に力が入る。

あの時の怒りと憎しみは、今も色褪せることなく残り続けているのだから。


『よし、ならば我の真の名を教えてやろうぞ。

しかと覚えておくことだな』


───────


「……いい響きだ」


『亜人如きが偉そうに。

でも、その態度ますます気に入った。

困った時はいつでも我を利用せよ。

必ずやお前の目的の為の力となろうぞ』


女性は黒い(もや)に包まれるとさっと消え、居なくなった。


「ふふふ……………これで、ようやく一歩を踏み出せたということか」

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