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青き華よ希跡なれ  作者: 溶枸由 佳月
第一章,連星
36/83

嫌な運命

朝、目が覚めるとノエルの顔が近くにあった。

ノエルはまだ眠っていて、こうやって近くで見るとノエルの寝顔って………


「…………っ!」


改めて状況を理解し、動けなくなった。

本当は離れた方がいいに決まってるのは分かってる。

女の子の隣にこうやって………ノエルから入ってきたとしても。

ダメなんだ。こんなのが続けばいずれ後悔する。

いい知らせは一応届いたが、だからって安心……してもいいのかな。

安心しきった時に幸せは壊されるものだ。

俺は、きっとそれが怖くて………。


「……ふわぁ………おはよ──」


目が合う。

ノエルは驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。


「………ノエル」


「……ふふ、なぁに?」


「…………は、恥ずかしく……ないのかよ。こういうの」


「……恥ずかしいよ。

今だって心臓がバクバクいってる」


「じゃあ……」


「なんでこうしてるのかってこと?」


ノエルが手を伸ばし、俺の頭を撫でる。

咄嗟に目を逸らし、僅かに布団で顔を隠す。


「………それは言えない、かな」


「……………なんだよ、それ」


そう言ったノエルの表情は切なげで、心が苦しいというのが伝わってきた。



それからノエルは帰ることはなく、1週間程経っていた。

朝起きたらノエルが居て、食事もノエルが作ってくれて。俺がそれを少し手伝って。

仕事の見回りや報告書を書く時だってずっと一緒で。

最初の方は彼女がお風呂に入りに行った時、あの時の事や音が聞こえて少しドキドキして。それもすぐに慣れて当たり前になって。

寝る時も彼女が居る。

この1週間ずっと彼女は俺の傍に居た。

たった1週間でも、何故か慣れるのは早くて。本当の意味で、ずっと一緒に居ることが当たり前になっていた。


「そろそろ一度帰った方がいいと思うぞ」


「…………ん、分かってるんだけどさ……」


「こういうのは長引けば長引くほどしんどいぞ」


「………なら、一緒について来てくれる?」


「……ノエルがそれで勇気出るんなら。分かった」


「……!

ありがとう」



家の前に着き、隣に居るノエルは深呼吸をしている。


「きっと大丈夫だって」


「……うん、そうだよね」


扉を開け、帰ったよとノエルが一言。


「あら、おかえりな──」


「随分と長い家出だったな」


険しい顔をしている村長──ノエルのお父さんが俺たちを見た。


「そ、その事については……ごめんなさい」


「どうせその男の家に転がり込んでいたんだろ」


「まぁまぁ、そんな言い方しなくても」


「お前はノエルに甘すぎるんだ」


「だって年頃の女の子だし……ねぇ?」


そう言って俺に微笑みかけてくるノエルのお母さん。

このタイミングにそれは火に油を注ぐようなものと分かっているはずなのにこの人は……!


「お、俺に言われても……」


「いいから、お前は話に入ってくるな」


「はいはい。

……でも、程々に。ね?」


それだけ言い、この場を去っていったノエルのお母さん。


「俺が怒っている理由。分かるな?」


「……私が今の仕事をしていることと……アオトの家に泊まっていたこと、でしょ?」


一瞬ノエルのお父さんの顔がピクっと引きつった。


「アオト、だと。

その男のこと、呼び捨てで呼んでいるのか」


「それは今の話に関係ないでしょ。

私が彼のことをなんて呼ぼうと」


ノエルはそっぽを向く。


「半分正解で半分不正解だ。

……亜人(・・)と仕事をし、亜人(・・)の家に泊まっていることが問題だ」


「……亜人亜人って、じゃあ人間だったら良かったの?」


「あぁ。

まだそっちの方が全然良かっただろう」


即答だった。


「……何よ、それ」


ノエルの周りの空気が変わっていく。

俺は彼女を止めようとするが、その前にノエルが反論する。


「なんで亜人だったらダメなの?

私、それだけは理解できないよ」


「……お前は亜人が何をしたのか知らないから」


「知ってるよ。

だって、人間と亜人の歴史が何なのか……本で読んで知ったから」


ノエルのお父さんが俺を睨みつける。


「アオトは何も悪くない。

だって、知りたいって言ったのは私の方だもん」


「……じゃあ、この村で起きた事は?」


「……え?」


「それは知らないんだな」


「ど、どういう事なの?」


「………これだけはずっと言わないでおこうと思っていた。

が、状況が状況だからな」


ノエルも俺も続きを聞くのが怖くて、固まって話に耳を傾けていた。


「……約40年前、この村を亜人の集団が襲ったんだ。

その時に…………俺の母さんは殺された。

亜人の手によってな!!」


その声は憎しみや怒りに満ちていて、なんて安い言葉じゃ表せないほどのものだった。

本当に恨んでいる者の声。表情。


「だから、亜人が未だに許せないんだ。

こんな奴に任せなきゃ守ることもできないような状況も。

そいつがノエルの隣に居ることも!」


「……………そ、そんな」


「………………」


あの紙を読んだ時から、この村が亜人に襲われていたことは分かっていた。

けど、まさかノエルの祖母が亜人の手で殺されていたなんて。

当然亜人を恨む……。


…………俺は、ここに居ていいのか?

俺も人間の事は嫌いだ。亜人にも味方(いばしょ)が少ししかいない。

人を恨む気持ちは痛い程理解(わか)る、から………。

ノエルと関わること自体、間違っていたんじゃないのか?

でなければ、こんな──


「おばあちゃんが亡くなったのって、事故……じゃなかったの?」


「あぁ、そうだ。

お前の隣に居るのと同じ種族の手で──」


「でも、アオトは関係ない!

おばあちゃんを殺した亜人は許せないよ。だって…………殺す、なんて酷いこと……許せるはずないもの。

でも……でもね、アオトは何も悪くない。

種族が悪いからって、全員がそうとは限らない」


ノエルは声を震わせて言った。


「そうだとしても、俺は許せない。

だから、さっさとそいつから離れろ!」


「お父さんに許せ……なんて思わないし、言えない……よ。

……けれど、アオトの事を悪く言わないで。

私の憧れで……大切な人、だから」


「憧れで、大切?

…………そんな『ケモノ』の分際で」


ブチッと何かが切れたのか、ノエルが父を睨みつけ──


「…………もういい。行こ」


「お、おい……」


俺の手を引き、扉へと歩き出す。

扉を開け、引っ張られるままに連れられる。


振り返って見たのは──村長の、ノエルのお父さんの鋭く恨みと憎しみがこもった、睨みつける目だった。



* * *


1人になった空間に、ノエルの母が入ってくる。


「……だから程々にって言ったのに。

あの()、きっと仲直りしようとして来たのよ?」


「………だとしても、お前ならよく知ってるだろ?」


「けれど、ノエルの言う通り全員が悪い訳じゃない。

私がそれを知ってることも知ってる、でしょ?」


「……………」


「──最後の一言は………こう言いたくはないけれど。

でも、最低な一言よ。アオト君は何もしてない。むしろ守ってくれてるのに。

あんな言葉だけは聞きたくなかった」


「………っ」


冷たく言い放ち、その場から立ち去る。


「………俺だって。分かってる。

………けど、どうしても許せない。感情が抑えられないんだよ…………………!」



* * *


勢いよく扉を開け、小屋に入り俯いたままのノエル。


「な、なぁ……」


「……アオトは何も悪くないよ。

だから、自分があの場に居なければとか……そんなこと思わないで」


「──っ」


「もっと言えば、私と関わらなければなんて思ってるんでしょ。

そんな悲しいこと……思わないで」


「……だって、俺があの場に居たから………仲直りできなくて。

お前と深く関わってしまったから………ノエルのお父さんを傷つけるようなことを……」


「それは違うよ。

絶対に違う………違うんだよ…………」


ノエルは大粒の涙を流しながら、言葉を続ける。


「わ、私も………まだ頭が混乱してて……受け入れられなくて。

………おばあちゃんは事故で亡くなったって聞かされてたから…………それが、それがまさか……殺されていた、なんて…………酷いよ……。憎い。

顔も知らないけど、近所のおばあさんと遊んでもらった時にね………もし生きてたらこんな感じたったのかなって。

友達がおばあちゃんと一緒に居るとこ見て羨ましく寂しく思ったり………本来なら奪われるはずのなかったことなのに………!」


拭っても拭っても涙は流れ続けていた。


「………だ、だけど…………私、やっぱり亜人のこと、恨めない。嫌いになんてなれないよ……。

アオトやレオさんみたいないい亜人だって確かにいるんだもん。

……悪いのは、そうやって『殺した人たち』。それ以外の罪の無い亜人は……姿や持ってる力が違うだけで……人間と同じなのに………」


今にも崩れ落ちそうなノエル。

そんな彼女を支えてあげたかった。抱きしめてあげれたらって。

……けど、俺にそんな資格……ある、のか?


「……アオト、私のこと思いっきり抱きしめて?

………お願い、だよ」


全部分かった上で言ってるんだ。

それが許されるのなら、それで彼女の支えになれるのなら。


俺はノエルをぎゅっと抱きしめる。

そしてその場に一緒に崩れ落ちた。


「うぅ………………」


ひたすら泣いている彼女を俺は抱きしめ、背中をさすることしかできなかった。

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