温もり
9月になったある日。
ノエルが大きな荷物を抱えて小屋にやってきた。
「なんだよその荷物……」
「……喧嘩」
「親とか?」
「……うん。
お父さん、と」
「なるほどな。
……なら、夕方には帰れ」
「な、なんでそうなるの!?」
「当たり前だろ。
帰ってこなかったら心配するぞ」
「お父さん知ってるもん。家出するってこと。
出てけって言ってたし」
「それが本心じゃないことぐらいノエルなら分かってるだろ?」
「……でも、お母さんは家出するっていうと嬉しそうな顔してたよ?
アオトの所に行くって分かってるからだろうけど……」
「……あの人なら有り得るな」
「とにかく、私はここにしばらく泊まるから」
「とにかくじゃねぇっての。
……なんで喧嘩したんだ?」
ノエルをソファに座らせ、向かい側の椅子に座った。
「えと………おとう、さんに今の仕事やめろって。
……バレちゃってたみたい。
村の人は言わないでいてくれたけど、かといって私が実際に仕事してるとこを見てた訳じゃなくて………」
「親には全てお見通しってことか」
「うん……危険だからやめとけって」
「危険………まぁ、そうだな」
見回りといっても魔物と戦う場合もある。
村の周辺には近づかないよう、魔物が嫌うような臭いのついた物をいくつか置いているので、襲われることは滅多にない。
俺が住んでいるのは村の外。
村の外に出ることは基本的に危険で、村の人でもそうそう出る人はいない。
俺の居る所が比較的安全ではあるが、そんな場所までノエルが毎日行き来しているなんて危険だ。
……魔物が現れないような道とはいえ、ちゃんと安全は確保し、ノエルに怪我をさせることがないよう特別なまじないをかけたお守りを渡している。
だがそういう問題ではないのだろう。現に、ノエルを連れ回して危険な目に遭いそうになって……この前なんてまさに………。
「だからね、大丈夫だって反論したの。
そしたら……あんな奴に預けられるか、亜人なんだぞって………。
お父さん、何故かアオトが亜人って事知ってて……」
「ちょ、ちょっと待て………な、なぁお前のお父さんって何やってる人だ?」
……嫌な予感がする。
もしかしたら本当にもしかするのかもしれない……。
そうすれば色々疑問に思っていた事も合点がいく。
「言ってなかった……よね。
この村の『村長』だけど」
「………ま、マジかよ。あいつ……じゃなくて、村長の。
娘がいるとは聞いてたけど……まさかノエルがそうだったなんて……」
「お父さんと知り合い、みたいな?」
「知り合いというか、ここに来た時に顔を合わせただけだ。
誓約とか、お互い色々確認するためにな」
「誓約?」
しまった。余計な事を言ってしまった。
「………俺も村長も互いの種族を良く思ってない。
だから、村の人と極力接触を避けること。俺が亜人である事を村の人たちに隠すこと。
お互いのため、合意して決めたことだ」
「……そう、だったんだ。
私、お父さんがなんとなく亜人の事嫌ってるの知ってたけど………」
ノエルは複雑そうな表情で俯いてしまった。
なんて声をかければいいのだろうか……。
「……この前、2人で出かけた時あの家に住むつもりだったって言葉、ずっと引っかかってたんだ。
だけど、それってお前が村長の娘だからって意味だったんだな」
「………」
だからあの大きな家に住める、ということ。
村長なら忙しくて家にこもりっぱなしか、街の方に行くことが多いっていうのにも納得がいく。
それに、大体俺は村長が外にいる時は見回りしないように避けていたから。
運良く出会うことも無かった訳だ。
「……一度ちゃんと話してみたらどうだ?」
「……話しても無駄だよ。
……ねぇ、お願い。今日だけ泊めてもらえない?」
「今日だけって──」
「ムニンで2人っきりで泊まっても大丈夫だったでしょ?
……お願い、だから」
そんな縋りつくような目で見られてしまえば、俺しか頼る人がいないように言われては、断ることができない。
そうでなくてもこんなノエル、見たことない。
放っておくことなんて、断ることなんて出来るはずもなかった。
「……分かった。
お母さんは分かってるんだろ、俺の所に居るって」
「……多分、お父さんも。
お父さんこういう時勘が良いから」
「そうか」
* * *
夜になり、それぞれ布団に入っていた。
ノエルは俺が普段使っているベッド、俺は床で予備の布団を敷いてそこで横になっている。
またノエルが一緒に寝ようと言ってきたが、それをなんとか断り今に至る。
……その過程が大変だったが。
ノエルはもう眠ったのか静かだ。
俺はなかなか眠ることができず、時々寝返りを打ちながらぼーっとしていた。
ノエルがあいつの娘だったこと。
その事が思っていたより衝撃的なのか。
普段居るはずのない時間帯に俺のベッドで眠るノエルの事が気になっているのか。
あるいはその両方か。
「はぁ……」
ため息が静かな部屋に響いた。
目を閉じても一向に眠れる気配が無い。むしろ覚めている。
さて、どうしたものか。
一旦起きて本を読むとか、散歩……ノエルを1人小屋に置いていくなんてできな──
布団に彼女が入ってきて、背中に寄り添う。
「……な、ノエル何やってんだよ」
「………私も眠れないの」
振り向くことはせず、そのまま話しかける。
「眠れないからって、勝手に入ってくるのはどうかと思うぞ」
「……ごめん。
けど、どうしてもこうしていたくて」
背中から伝わるノエルの温もり、感情。
「…………」
顔を見られてる訳でもないのに布団で顔を隠す。
心臓が静かに、速く脈打っている。
なんで、こんな……恥ずかしいみたいな。それとは違うこの感情は………いったいなんなんだよ。
言葉に表したくてもできない、生まれてから初めての感情。
これと向き合うことが未だにできなかった。
ノエルと出会ってから……芽生えた、感情。
本当は、もうどこかで気づいているんじゃないかって。
この感情の名前が分からないだけで、この気持ちが何なのか。
そんな俺のことを知らずか、ノエルがぎゅっと俺を求めるように、さっきよりもぴったり寄り添っている。
全身が触れ合っている。
「………な……………」
恥ずかしさのあまり、緊張のあまり上手く声が出せない。
「……ん」
うん、と返事をするような優しい声が耳元で聞こえる。
布団をぎゅっと握って、緊張を誤魔化そうと逃れようとする。
緊張、しているはずなのに。心臓がうるさく脈打っているのに。
気持ちとは正反対に、意識は安心したかのように微睡んでいく。
今だけは、何故か速い鼓動が心地いいような。
そんなノエルの温かさを感じたまま、いつの間にか深い眠りに落ちていた。




