拒絶
ムニンから無事帰ることができ、ノエルを家まで送った。
───のだが。
「ねぇ、あなたも入って入って」
「うわっ!?」
「え、お母さん!?」
ノエルのお母さんが急に俺の腕を引っ張り、家の中に入れたのだ。
「え、えっと………」
「お、お母さん……ど、どういうつもり!?」
「………」
笑顔のまま俺の事を見つめ、歩いて近づいてくる。
そのまま抵抗することも出来ず、フードを上げられてしまった。
「………っ!!?」
「あ…………」
「大丈夫よ。お父さ……今夫は居ないし、私あなたが亜人だって事知ってたわよ」
「…………だ、だとしても──」
「ノエル、荷物置いてきなさい。
あと、着替えも」
「で、でも……」
「ノエルには後でちゃんと説明するから。
ほら」
「う、うん……。
じゃあ、時間かかるかもだけど行ってくるね」
戸惑いながらもノエルは荷物を持って2階に上がって行った。
「俺が亜人であること知ってたって……」
「えぇ。
それも、あなたが村に来た時から」
なんなんだこの人………ずっと優しい笑みを浮かべているのに、底知れない何かを感じる。
……村に来た時から知ってたって、もしかして気配で分かったっていうのか?
ありえない。ただの人間がそんな事、出来るはずが……。
「戸惑うのも仕方ないわよね。
でも、大丈夫だから」
「そ、そう言われて信じる程甘くないですよ、俺。
これが………バレたら」
「うん……そうね。
その事も心配いらないけれど……。
けどね、私が言いたいのはそういう事じゃないの」
「……?」
「……あなたは何も悪くないわ。あなたの、アオトくんのせいじゃない。
だから、自分のことそんなに責めないで」
「……何、言ってるんですか?」
「これは必要な事なの。
こうなってしまっても、あなたなら解決できるわ。
私、分かるのよ。不思議と」
「こうなってしまって、も………?」
嫌な予感がする。
背筋が凍りつきそうだ。
「……ノエルが私の大切な娘である事は当然よ。
私の命にかえても、魂を焦がしてでもあの娘を守りきるもの」
その目は鋭く強い芯を持った瞳だった。
「だけど、時には………えぇ、そうね。
はっきり言うわ。
あなたは悪くないの。首元に刻まれたあの事は」
「────っ!!?」
驚いて何も言えなかった。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
どうして、その事を───
「な………な……んで…………」
「………今から言うことをよく聞いてね。
──なんでその事を知っているか。
首元を見た、なんて言っても信じてもらえる訳ないわよね。嘘ってバレバレだもの」
一呼吸つき、話を続ける。
「さっきも言った通りノエルは大切な娘。
……けれどあなたの事を責める気は無いの。だってアオトくんは悪くないもの。
悪いのはもっと別の存在、でしょ?」
「そう、だとしても……俺が守りきれなかったことに変わりは──」
なんでこの人『───』のことを知って…………………
「ごめんね。
厳しいことを言うけれど今のアオトくんでは無理よ。
今のあなたでは対処できない」
表情も声色も一切変えることなく、淡々と言った。
「………っ」
「それに必要な事だから」
「……必要な事って、何ですか?
ノエルの事、本当に大切に想ってる事は話してて、目を見て痛い程伝わってきました。
なのに……あれが必要な事って、なんでそんな矛盾したこと言えるんです?
そう、何度も何度も」
「………複雑で言葉に表しにくいわね。
ノエルの事は大切で、でも刻まれたものは必然。
矛盾してるけど、それはノエルは絶対助かるっていう確信があるからよ」
「まさか俺が解決できるって言いたいんですか?」
「えぇ。
『今の』アオトくんでは無理と言っただけだもの」
「会って間もない俺を信じるんですか?
それとも未来の俺を信じてる……とか?」
「うーん……どっちも会ってて、違う理由もあるのよ」
そう笑う顔はノエルとそっくりで、純粋なものだった。
「……お、俺にはあなたが分かりませんよ」
「アオトくん。
お話変わるけど、もう1つ話しておきたいの」
場の空気が先程より緊張感のあるものへ変わった。
「私はその時その場に居ないから、今伝えておくわ」
「……また、未来の話ですか?」
暫く目を閉じ、やがて開くと───
「隠してた一番の理由は……あなたのお母さんでありたかったから。
そう、ノエルに伝えて」
「俺が……ですか?
それにいつ伝えれば……」
「この事を誰もが忘れている、訪れると信じている数年後に。
言うべき時がくれば綺麗にあなたは思い出し、ノエルに伝えてくれるから」
「忘れた頃にそんな綺麗に思い出せるわけ無いでしょう?」
「いいえ。思い出せるわ。
だって、あなたには………何でもないわ」
「………とにかく俺は──」
「アオトくん、あなたに会いたかったのよ。
──この意味もその時が訪れるとしたらいずれ分かるわ」
「……まだそんな訳の分からないことを」
「─────」
「………?今、なんて──」
「私の事、頼ってくれて……甘えてくれていいのよ?」
「……は?」
「あなたのこと、知ってた。
姿はもちろん見た事無かったけれど、それでも一目見て分かったわ。
……こんな事言われた後じゃ気味悪いと思うけど、信じて?」
その顔はとても悲しげで、切実で。
母親の顔をしていた。
「………………」
なんて返していいのか分からない。
拒否するのも違うし、はいそうですねって甘えるのも違う。
俺は……どうすればいいのか。
「───え」
ふと急に抱きしめられ、頭が混乱する。
「あの娘をよろしくね、アオトくん。
例え道を逸れたとしてもあなたを責めないとここに誓うわ。
ノエルにも欠点がある場合の道もあると思うから。
……というより、私アオトくんの事怒ったりできないわ」
突き放そうにも腕に力が入らない。
「あなたのこと…………代わって見守るわ。
代わりには……程遠いかもしれないけど、頼ってくれて構わないから」
何故か、ノエルのお母さんは泣いていた。
「……………」
俺も何故だか拒否する気にはなれなくて。
そうしたらきっと後悔するって思ったから。
意味の分からない事を言っているが、俺とノエルのことを想っていることは伝わってきたから。
だから。
「……ありがとうございます。
今ので十分甘えさせてもらいましたから」
「そう?」
俺の目を潤んだ瞳で見つめるノエルのお母さん。
「えぇ、不思議と心が軽くなりました。
心配せずとも嘘ついてませんから。
あなたなら……ノエルのお母さんなら、それぐらい分かるんじゃないです?」
「ふふ……えぇ、そうね。
今のことは全てノエルには内緒で。
今分からないことも今後、分かると思うから」
返事をする前にノエルが着替えてやって来た。
「そ、それでどうしてアオトが亜人って事知ってたの?」
「ん?
それはいつものお母さんの勘、よ」
「う、嘘……ほんとなの、アオト?」
「……あぁ。
話聞いた限りだとそんな感じだったぞ」
「そう、なの?
……なら、信じるけど」
ノエルのお母さんの言ってることは正直言って信じられない。
あれを俺が対処できるはずが無い。
あの時だって何も出来ずに、ほぼ運で助かったようなものだ。
未来……この先戦いを繰り返すことになるのなら今よりもっと強くなるだろう。
だけど、あれは単純な強さでどうにかなるようなものじゃないんだ。
解除……あるいは破壊するしかない。
そもそもその方法すら分からないんだ。分かったとしても条件が想像以上に難しいだろう。
俺は、ノエルの顔を見つめながら複雑な気持ちでいた。




