工房へ
そういうわけで、俺たちはヨアヒム横丁で工房となる部屋を探すことに決まった。
部屋、と言っても、前世の世界で想像する様な、生活用の部屋とは違って、どちらかと言えば広いショッピングモールの中から好みの区画を探す様なものだ。
その区画が壁によって仕切られているので、便宜上部屋と呼んでいるに過ぎない。
シリウスの話によれば、使い方次第では住居としても用いることができるそうではあるが。
というわけでまずは最初の物件。
「お、思ったより大きい……」
具体的に何メートルくらいとかはわからないが、とりあえず店構えの大きな部屋だ。
側面にはガラス製のショーウィンドウがあって、そこには『テナント募集中』の張り紙がなされている。
「ヨアヒム一階の大通り、しかもその十字路の角地だからね。
人目を引くから、客商売をするにはいい立地だね。
将来工房をお店と兼用するならたくましい見方になってくれるだろう」
2、3段程の階段を登って、樫の大きな扉の鍵を開ける。
中は広大な広間になっていた。
天井も高く、二階まで吹き抜けになっている。
「ここはもともと、ドブレア商会が運営していた銀行だったんだ。
ただ、会長が変わってからは落ちぶれていって、借金まみれ。
ついには銀行が破産してここを手放したという経緯があるものだから、縁起が悪いと言って、誰もここを借りたがらないんだ」
「……」
飄々とした態度で説明する彼に、俺は目を三角にした。
果たしてさっきの説明を聞いて、誰がこの場所を借りたいと思うだろうか。
そんな俺の反応に気がついたのか、彼は『まぁまぁ、話は最後まで聞くものだよ』と宥める様に続ける。
「さっき言ったドブレア商会だけどね、トルソンさん。
実は潰れる前は、大規模な魔道具専門の商会だったんだよ。
その甲斐あって、地下には様々な魔道具を作るための機械がそのままになっている」
聞いて、俺は思わず顔をあげた。
「今ここを借りれば、それも一緒についてくるって寸法だな」
「その通り」
話を聞いたウィルさんが、彼の話をそう補足する。
そんなわけで一行は、この部屋の地下室へと向かうことになった。
地下は金庫室と工房に別れていた。
だが今は金庫室はどうでもよかったので、一行は工房の方へと足を進める。
工房の樫扉をあけて中に入ると、そこには手入れが行き届いた広い部屋があった。
「おお……」
部屋の広さは、一回の広間の半分より少し広いくらい。
石造りの壁と天井には、機械を動かすための魔力を伝達させるパイプが縦横無尽に走り、真ん中の机を囲う様に、様々な戸棚や機械が配置されていた。
「すごい、充実してる……」
魔道具を作るのに欠かせない部品であるレコードを、簡単に作成することができる魔導式写真植字機や、そのほかいくつもの金工用の機械、魔石を加工するための溶鉱炉や魔力炉、薬品を作るための様々な機械まで、要するに魔道具を作るのに必要な機械の全てが揃っていた。
「お気に召したかな?」
「……はい、とっても」
機械の数も1つだけじゃない。
おそらく以前は複数の人員でここを使っていたからだろう、複数の機械が並列して配置されていた。
(ここなら、今までよりもっと早く魔道具を作れるかもしれない、けど……)
「でも、1人で扱うには、少々広過ぎますね」
俺には従業員を雇うだけの資金はないし、そのつもりもない。
資金くらいならウィルさんがなんとかしてくれそうな気もするが、何から何まで彼に頼ってもいいわけではないだろう。
やはり、こういうのは段階を踏むべきだ。
たしかに、早く成長したいなら一人前の道具を用いたほうがいい。
しかし人数の問題は違う。
人が多ければ、魔道具を作るだけじゃ起こり得ない問題だった発生し得ない。
ここは魅力的だが、俺にはとても手に余る。
「そうか、それは残念だよ」
はなから売れるとは思っていなかったのか。
試しに聞いてみただけの様で、さほど悲しくはなかったのだろう。
俺たちは次の目的地に向かうことにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
次の目的地は、大通りから少し外れたところにあるヨアヒム横丁の商店街だった。
人通りもさほど多くはなくて、近くに見えるのは金属細工や小物雑貨、花屋などのお店ばかり。
街を行き交う人物も、比較的女性が多かった。
そんな商店街の一角。
一見、普通の民家の様に見える出で立ちの、レンガ造りの建物だった。
またしても木枠のガラス窓には、『テナント募集中』の張り紙がある。
「庶民風で、なかなかいいじゃねぇか」
顎髭を弄りながら、ウィルさんがそんな評価を下した。
「ここは、以前は有名な彫金細工師カラドール・トロンベが使っていた工房、兼彫金細工店でね。
魔道具用の設備はあまり整っていないが、金工用の機械ならある程度残っている」
簡単に概要を説明して、扉の鍵を開けて中に入る。
「……いい雰囲気ですね」
入った先は少し広い、木のフローリングの部屋だった。
右手奥には、奥の部屋へと続く入り口とカウンターテーブルが設置されており、どこか全体的に懐かしさを覚える雰囲気を醸し出している。
「同感だ」
奥に進む、扉のない入り口を抜けると、少し長めの廊下の先に、左右へと続く廊下が広がっていた。
「左手奥に見えるのががお風呂やトイレ、洗面所などの水回り。
その右隣の部屋はリビングになってて、奥にはキッチンとダイニングがついてる」
シリウスの説明を聞きながら、まずは左手の部屋から調べて回る。
リビングはそこそこ広く、しかし1人では広過ぎない程度にいい具合だ。
全体的に木製の調度品が使われているために、圧迫感はなく、落ち着いた雰囲気が醸し出される。
天井を見上げれば木製の梁が剥き出しになっていて、これもなかなかアンティークで俺の好みに合致した。
「こちらをご覧に」
シリウスの呼びかけに、部屋の右手に視線を向けた。
するとそこには、少し狭いながらも、窓の外に緑色の芝生が広がる庭が見えた。
「え、ここ庭がついてるんですか?」
「まぁね。
ここを使ってたカラドール・トロンベは、この庭がお気に入りだったそうでね。
自分で作った金属細工の小物を、よくここに飾っていたそうだよ」
真鍮製のドアノブを回して木製の扉を開き、中庭へと案内される。
「この扉は、この部屋の裏口になってるんだ。
だから、普段家屋として使う際は、こちらをメインの出入り口に使っていたみたいだよ」
説明を聞いて、庭に出る。
庭に出て右手側には、今案内されている部屋の側面があって、窓が2部屋分取り付けられている。
対して左手側はヨアヒム横丁の街道が見え、向かい側には民家が軒を連ねていた。
ちなみに、庭と道路の境には、腰の高さまでのアール・ヌーヴォー調の鉄柵があって、奥の方に一際高い、アーチ門が設置されていた。
「すげぇ……」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。
何が凄いって、見た目が可愛らしい。
オシャレだし、前回見た元銀行のそれよりも俺の趣味にかなり近しい。
庭の案内はそれだけにとどめて、一行はリビングからキッチンの方に回る。
キッチンはダイニングと兼用になっていて、壁には水色の陶器製の正方形のタイルが貼られていてオシャレに見えた。
こちらも広さは十分だ。
大体、4人がけくらいのテーブルを真ん中に入れれば、かなりいい感じになりそうである。
続いてお風呂とトイレ、それから洗面所を見て回る。
お風呂とトイレと洗面所は一緒になっているタイプ、つまりユニットバスだった。
上からカーテンが下されていて、天井の金属レールを伝ってトイレとお風呂場を分断できた。
湯船は陶器製の白いもので、なんとよく見てみれば真鍮製の猫足がついていて可愛らしかった。
(なんか、見るたびに内装が好きになってくるな……)
廊下の左側の見学を終えて、今度は右側の部屋を見て回ることにする。
「こっち側は客室と寝室、それから地下への階段がある。
客室が1つ、寝室も1つだ」
廊下の突き当たり、向かって左奥が地下室への階段になっていた。
その向かい側が寝室で、階段の横が客室になっている。
「おお、いいな」
客室はそこそこの広さを有していた。
リビングとダイニングキッチンを合わせた広さの、大体4分の3くらいだろうか。
ここなら広々と暮らせるに違いないだろう。
加えて、2つある窓の外には庭が見えて、ヨアヒム横丁の明かりが部屋の中に入り込んできている。
調度品を工夫すれば、それなりにいい部屋が作れそうだ。
客室を出て寝室に向かう。
寝室も客室と同じくらいの広さがあった。
ただ、残念なことに窓がないのが苦しい。
「寝室には窓がないんですね」
思ったことを伝えると、シリウスは困ったような表情で答えた。
「ここ、あまり治安が良くないんだ。
それで、防犯のために、寝室は窓のない部屋に置いてる」
「……え?」
思わず、声が漏れる。
「まぁ、よくあることだよ。
防犯のことはらその手の会社と契約してなんとかしてくれるとこちらも助かる」
「……」
シリウスの告白に、思わず絶句する。
これは、早急に防犯用のオートマトンを作って配備しなければならなさそうだ。
しばらくのうちは、クロエに任せるとして──って、そうだ、クロエ今修理中だった……。
これは、後でどうするか考えないとな……。
こうして、一行は地下の工房へと移動することになるのだった。
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