黒山羊亭 - 2
黒山羊亭の店構えは、和風木造建築だった。
二階建ての日本の古民家を彷彿とするその出で立ちは、どう見てもこの冒険者街では異質な雰囲気を纏っており、よくよく見れば全体的に魔法の気配がしていた。
(この魔力の流れは……)
ウィルさんに誘われるがままに店内に足を踏み入れる。
その瞬間、体をゾワゾワと何かがなでる感触があった。
普段から暗黒形式での魔法の講師に慣れており、魔力を知覚する器官である側線が鍛えられていたがために感じられた、魔力独特の感触。
それが、この建物との境界を示すように、壁のようになっている。
間違いない、結界魔法の一種だ。
しかもこれ、念話というか、翻訳の魔法が掛けられてる。
んーん、それだけじゃない。
もっと他に、複雑なものが流れてる。
闇属性の魔力……いや、光か?
空間操作系の術に、それから召喚の術も含まれているらしいが、それ以上は複雑すぎてわからない。
「あ、ウィルバートさんじゃないですか。
最近よくいらっしゃいますね」
「あれ、来ちゃいけなかったか?」
「いえ、ぜんぜん」
鼓膜に届く女声に顔を見上げてみれば、そこには和装した茶髪の女性が立っていた。
(……懐かしいなぁ)
声に出したりなどはせず、じっとその懐かしさに浸る。
──と、そんな俺の視線に気がついたのか、ニコリと笑いかけられた。
「……っ」
くっ、かわいい。
今までも美少女に類する人を見てきたが、この東洋系の幼さが残る顔立ちは、それとは別の魅力がある。
俺は、彼女のことをじっと見つめていたことをごまかすように、店の内装に視線を移した。
木製の梁が剥き出しになった天井。
梁からは照明が吊るされていて、よく観察すればどうやら一般に使われているような魔道具による照明器具ではないことがわかった。
(あれ、どう見てもLEDライトだよな……)
この世界で主に利用される照明器具は、ガス灯か、もしくは魔道具による照明装置だ。
以前ウィニスさんに教わった話によれば、火力発電所で生産された電気は、各家庭に取り付けられた大型のマナプールと呼ばれる装置に送電され、魔力となって各家庭用魔道具に伝わる仕組みだ。
つまり、この世界では電気をそのまま利用するという、元の世界での電気の利用法の概念がない。
ということは──と、顎先に指を当てて一瞬思考の海に嵌りかけた時だった。
自然とウィルさんの後ろをついて歩いて、カウンター席に誘導されて椅子に座ったところで、不意にわしわしと頭を無造作に撫でられ、思考の海から釣りあげられた。
せっかくいいところだったのに、無理やり引き揚げられた事に不満の意を表情で示しながら、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を整える。
「悪りぃ悪りぃ」
ウィルさん、悪いって謝りながら笑っているけど、本当に何が悪かったのか理解しているのだろうか。
「むぅ」
思考を中断されて機嫌悪く唇を尖らせ、再度思考の海に入り込もうとする──が、しかし、店主からの質問を食らい、やむなく中断せざるを得なくなった。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「アリス、です」
機嫌を悪くしたのは彼のせいなので、彼にまで怒りを向けるのはお門違いだろう。
ここは大人な対応で、しっかりと質問に答える事にする。
「そっか、アリスちゃんか。
可愛い名前ですね!
私は柚子呑森柚子葉。
で、あっちのブスッとしたのが大将の紅葉谷紅葉さんですよ、よろしくお願いしますね!」
「あ、ありがとう、ございます。
よろしくお願いします」
「ブスッとしてるは余計だ!」
柚子葉の紹介に紅葉がツッコミを入れる。
そんな彼に、柚子葉はといえば『テヘッ?』とふざけた応対をしてやり過ごしていた。
(それにしても)
一瞬、注意が逸れた間に、再び思考の海に戻る。
ここに来るまでの間、ウィルさんからは蓬莱国から来た人が経営するレストランだと言っていた。
だが、本当にそうだろうか?
ホーライは以前、スヴィンからの手紙に同封されていた鬼族の少女、ヤヤ・オニガワラの様子や、和服風のデザインのスリーブに描かれていた『鬼』という漢字から推察するに、限りなく日本に近い文化形態を有しているかもしれないと、俺は推察していた。
これを鑑みるに、確かにこの店はホーライの様相を呈していると見える。
実際行ったことがないから、向こうの国では科学技術が進んでいてLEDを使っている可能性も、万が一くらいだが考えられた。
しかし、この店を包む結界の魔法が、その考えに疑問を持たせている。
言葉がわからないだけならば、翻訳の魔法だけで十分なはずだ。
であるにも関わらず、この結界には召喚や空間操作系の魔法が用いられている。
おまけに、LEDライト。
(間違いない、彼らは日本人だ)
初めて見つけた、同郷の人間の存在に、内心狂喜乱舞する勢いだったが、相手はそんなことは知らない。
それにここにはこの世界の先住民がいる。
ここでそれについて語ろうとするのは、他にもタイミングなど諸々の問題も込みにして憚られた。
(でも一体、どうしてこんな事が?)
俺の場合は、あの猫のせいでこちらに連れてこられた。
ならば、この店やこの店員2人にも、それに類する影響の痕跡が見られるはず。
それはおそらく、この複雑な魔術の発生源に──。
「珍しいでしょー」
突如、柚子葉と名乗った女店員に話しかけられ、またもや思考を中断させられる。
どうやら、あまりにもキョロキョロと見渡しすぎていたせいで、内装が物珍しく、ついキョロキョロとしてしまう子供と見られたらしい。
「そうですね、この辺りでは見ない造りですから。
それに、なんだか懐かしくて」
2人の前にお冷を出しながら内装を自慢する柚子葉に、無難な返答をしてみせる。
「そうか?」
ウィルバートが怪訝に反応した。
そりゃそうだろうな、俺は生まれが日本だけど、ウィルはこっちの世界の出身なのだから。
「そんなことより、飯だ飯。
タイショー、いつものランチセットこいつにも頼む」
「少々お待ちください」
ウィルバートの注文を受けて、紅葉は厨房の奥へと引っ込んだ。
「アリスちゃん、ウィルバートさんの仕事仲間って言われてたけど、こんな小さな見た目だけどもしかして結構大人だったりするんですか?」
紅葉が厨房の奥に消えたのを見計らってから、柚子葉がそんな質問を投げかける。
それにしてもこの店員よく喋るな。
俺のイメージだとレストランの店員って、あんまりお客とコミュニケーションとるイメージ無かったんだが。
そんな風に、少し対話疲れを感じつつも淡々と答える。
「いえ、まだ10歳です」
「え、10歳!?
しっかりしていそうに見えたから、てっきりドワーフかエルフ、ノーム族あたりかと思ってました!」
驚いたように口元に手を当てながら、そんな風に驚いてみせる。
エルフに間違えられたと聞いて、少しびっくりした顔を浮かべる。
確かに、俺の容貌は自分で見ても人形みたいに可愛らしいと思う。
けど、まさかそんな評価を得られるとは、夢にも思わなかった……。
だってせいぜい、精巧に作られたビスクドールくらいの感覚だったのだから。
「そうだろ?
こいつ、こんなナリだが実は魔道具開発の天才でな。
まだ俺は才能の一端しか見ちゃいないが、よく見なきゃ人間と間違うくらいよくできたオートマトンをこの歳で開発しやがったんだぜ?
全く、ヤベェ才能だぜ」
言って、お冷を呷るウィルバートに、柚子葉が目をパチクリさせる。
にしてもこの人、この店に入ってから俺のことベタ褒めでなんか照れるな。
まぁでも、天才なのは間違っちゃいないな!
俺は少しドヤ顔気味で、グラスに入ったお冷をグイッと呷った。
ただの冷水なのに美味しい。
この世界の水って、実はあんまり美味しくないんだよなぁ。
「す、凄いですね……!
今度見せてもらっても良いですか?」
そんな風に思っていると、ウィルさんの話を聞いて興味を持ったのか、そんな依頼を持ちかけられた。
「……っ!?」
一瞬驚いて、飲んでいた最中の水が思わぬところに侵入しかけて咳き込みかける。
うれしかった。
自分の作っているものに、そんな風に興味を持たれるのは。
「じ──」
だから、そんな彼女の依頼に即答でOKを出そうとした。
出そうとしたが、一瞬、脳内に前世でのいじめの経験が蘇ってきた。
自分が作ったものを、一旦はすごいすごいと褒めてくれた。
しかしすぐにそんなものは小芝居だったと思わされるのだ。
上靴を履いた足で蹴り飛ばされた作品たちの残骸が、今でも脳裏に過ぎる。
ウィニスさんやウィルさんに見せることができたのは、同じものづくりの徒であるからと安心していたからだ。
信頼していたからだ。
だが、彼女はどうだろうか。
彼女の目を見る。
そこには、あの時のいじめっ子たちと同じ光は宿っていないように感じられた。
ただ、純粋な驚きと興味があるだけに見えた。
──それなら。
「時間があれば!」
バン、と机を叩き、身を乗り出して言った。
そうすることで、自分の中の迷いもろとも、吹き飛ばせる気がして。
それに、もしかしたら自分の作品を自慢してもいい相手が増えてくれるかもしれないと期待して、その未来がとてもうれしいものだと直感していたから。
それから俺は、注文の品が目の前に配膳されてくるまで、延々と、早口に自分の作っているもののロマンについて語り始めたのだった。
語ることに集中しすぎて、若干相手が引いているのに気が付かなかったのは、また別のお話。
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