抜き打ち試験
それからアリスは、後遺症が完治するまで大人しくスヴィンの課題を解いて過ごした。
午後にはコーチ馬車に乗ってドクターが診察に来てくれたので、俺もわざわざ臨時のステージコーチに乗ってフルベルトまで行かなくて済んだのは良かった。
ドクターはこの間どこに泊まっているのかと聞くと、どうやら近くのホテルに居るらしく、その間だけ、一時的に冒険者ギルド近くの教会に、出張で診療所を開いている様だった。
さて、そんなこんなで漸く完治する時が来た。
しばらく棒の様な形をした魔道具で身体中を突かれたりして、演算回路の状態を確認される。
演算回路というのは、以前も説明した通り、人が魔法を使うために、イメージを魔力に投射するための霊的な器官である。
アリスはここがタルタロスの影響で炎症を起こしていたので、しばらくは魔法を使ってはいけないと言われていたが──。
「おめでとうございます、あなたの演算回路は無事修復されました」
「ありがとうございます」
服を着直して、お礼を言う。
始めは肌を見せることに少しためらいがあったが、何日か繰り返していれば自然と恥ずかしさは無くなっていた。
アリスは心の中でガッツポーズを決めるが、直後、『それでも、病み上がりですので、あまり無理をなさらない様に』と諫言を言い渡された。
(まぁ、無理はするつもりないけどさ)
そう言うわけで、カニスの背中に乗ってウィニスさんの店ニトロクリスに顔を出した。
プールから帰ってきてからは全く顔を出さなかったので心配しているに違いない。
そんなことを考えながら店に顔を出すと、今日はレジカウンターにウィニスさんが立っていた。
「こんにちは、ウィニスさん!」
挨拶すると、彼は赤毛の天然パーマを揺らしながら『やぁ、よく来てくれたよ!』と挨拶を返した。
「後遺症の方はもう大丈夫なのかい?」
「うん、もう平気。
さっきドクターにお墨付きをもらってきたから」
いいながら、頭の奥の部屋へと視線を向ける。
「クロエはそっち?」
「うん。
ちょうどグランバルドさんも来てるから、挨拶するといいよ」
「ありがと!」
お礼を口にして、そそくさと店の作業部屋へ入っていく。
「よぅ、来たか嬢ちゃん!」
部屋に入ると、ウィルさんがハンガーに吊られているクロエを横目に、こちらに挨拶をしてきた。
「こんにちは、ウィルさん」
「おう。
それで、早速こいつを修理するんだろ?」
ニヤリ、と笑いながら子供の様に仕事を急かす。
「うん、そのつもり」
鞄の中から修理用のキットを取り出し、作業台に木綿のシートを広げると、身体能力強化の魔法で筋力を底上げしながら、クロエをハンガーから下ろしてそこに寝かせた。
見た目だけでは、特にどこにも以上は見当たらない。
しかし、いろいろ分解して中を見てみれば、厄介なことにメインでこの子を動かしているメインハートコアであるII型ハートコア内の魔力が完全に底を尽きていた。
他にも、過剰な魔力の出力を抑えるために組み込んでいるヒューズのいくつかや、機体の発熱に耐える様に魔石を溶かした人工脂肪の内部魔力、その人工脂肪を縫い付けている形状記憶合金のアポイタカラなどがいろいろ異常を発生させていた。
(これは、修理に時間がかかりそうだな)
とりあえず全部分解して、無事なところと壊れたところに分けて、更に壊れた部位は修理できるものとできないものに分けていく。
そして修理できるものは、今できるものとできないものに分けていくことにする。
魔力に関係ない場所でも、所々ネジに霜ができていたので、これも修理することに決めた。
(機能が停止したせいで冷媒が循環できなくなったのか……。
あまり機能停止時間が長くなると、冷媒で部品がやられるな……。
アルミニウムでコーティングするか、逐次メンテナンスが必要か……)
前者は部位によっては推奨できない場所もたくさんある。
ゆくゆくは自動整備機能を取り付けたいが、今は無理だろう。
自動整備機能を搭載したところで、その機能もたまにはメンテナンスする必要が出るだろうが、手間を考えればこっちの方がいい。
心の中に次に作るときはそう言うことも頭に入れておくことにする。
さて、そんな諸々の部品の確認を終えて、今度は頭部の様子を確認する。
脳や魂に相当する擬似人格ポッドの内部に込められた人工智霊は、居なくなっていた。
胴体の魔力系統がほとんどダメになっていたから覚悟はしていたが、めちゃくちゃ辛い。
やはり魔力嵐対策は必要か。
何がダメになって、何が必要になったかを持ってきたメモ帳にさらさらと記入していく。
「アポイタカラが1キロ、耐魔チタン合金も1キロ、II型ハートコアが一台、I型ハートコアが6台、地属性の魔石が数キロ、それからヒューズにネジにアンプにクランクに──」
ざっと計算しても、新しく必要となったものも含めて3万ギルは必要か。
そんな風に修理用のカルテを作成している様子を、ウィルバートは興味深げに眺めていた。
初めてこの精巧なオートマトンの中身を見ることができたし、彼女が本当にこのオートマトンを作ったのだろうという確信も得られた。
というのも、これを確認するまでは、工房も持たない彼女が、どうしてこの様な立派なものを作り上げられたのか、疑っていたからだ。
まさか、彼女のバックに名工がいて、虎の威を借りているのではないかとすら思い、半信半疑だった。
しかし同じ魔道具オタク同士。
きっと盗作なんてしないと信じていたが、どうやら裏切られずに済んだ様だ。
(これは、月額10万ギルなんてちっぽけな遊びではなく、100万くらいのどでかい遊びをしても問題なさそうだな)
そんな彼の思惑など思考の海に浮かぶわけもなく、淡々と修理できるところを修理し始めていくアリス。
買い替えが必要なところはほとんど動力に関わる基部であることに渋面を浮かべつつも、とりあえず今できる処置だけは終わらせることに成功した。
「ふぅ」
額の汗を拭って、一息つく。
最近ますます熱くなってきたものだから、そろそろ水分補給をしたい。
そんなことを考えて、アリスは手を休めた。
「終わりか?」
「材料が足りないんだ。ほら、こんなに」
先ほど書いていたリストをウィルバートに見せる。
「魔力嵐対策か」
「うん。
今回の様なことが、また無いとも限らないから」
「……話はウィニスさんに聞いてはいたが、ふむ、なるほど」
未修理の部品に視線を流して、顎髭をいじりながら続ける。
「一つ聞くが、魔力嵐対策はどうやってするつもりだ?」
「耐魔チタン合金でコーティングしようかなって。
回路に魔力さえ通れば問題ないはずだし」
「だが耐魔チタン合金は硬いぞ?
魔力をほとんど受け付けないから、魔法による加工もできない。
どうするつもりだ?」
ウィルバートのセリフを聞いて、アリスは『試されてるな』と感じた。
耐魔チタン合金は、軍用タリスマンでもあるアップルティー社の焼き林檎シリーズで頻繁に使われている魔力嵐対策素材だ。
焼き林檎シリーズがことごとく黒い色をしているのも、この耐魔チタン合金による筐体のコーティングがなされているからであり、つまりこの世界の技術ではちゃんと加工することが可能な素材として扱われている。
つまり彼が試しているのは、その方法を知っているのかという抜き打ちテストに加え、実際にできるのかという質問が含まれているのである。
しかし。
耐魔チタン合金にも様々な種類がある。
一番有名なのはチタン-ヨトゥンニウムの組み合わせで、これはアップルティー社の焼き林檎シリーズにも使われており、簡単に説明すると、加工のためには溶鉱炉で二つの金属を高温でドロドロに溶かして混ぜ合わせる。
この液状の合金を型に流し込んで作るのが一般的な方法だが、他にも存在する。
それが、イテオニウム。
メタルスライム属に分類されるスライムに、ニッケルとクロム、チタンだけを餌にして育てさせ、その体液を蒸留することによって得られる耐魔金属。
得られる量が100グラムあたり40数グラムと多く、少々値は張るが、柔らかい金属で加工しやすい。
さらに蒸留前であれば安価で手に入る上に、ゴムを混ぜることで固体のイテオニウムよりもはるかに加工がしやすくなる。
代わりに物質としての強度は劣るが、保護膜としてはかなり扱いやすいはずだ。
そういうことを話すと、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「合格だ!」
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