ラウンド2、ファイッ!
自分の人生がどこで間違ったのか、ずっと考えてる。
小学生の頃に空手やサッカー、英語に算盤、ドイツ語と言った習い事をやめた日からなのか。
それとも中学で趣味の工作に明け暮れて学業を疎かにした時か。
もしくは高校で虐められて引き篭もって、ゲーム三昧の日常を過ごしていた時期か。
満たされない心。
何をしてもしっくりとこない。
そうこうして親のスネをかじっていたら、両親が交通事故で死んだ。
その訃報を知ったのも、葬式があったことを知ったのさえ、お通夜の終わった直後だったくらいなのだから、親不孝の度が過ぎるというもので。
知ったきっかけは、家にやってきた従兄弟たちだった。
家に上がり込んでくるなり、めちゃくちゃ怒鳴られた。
怒鳴られてボコボコにされて、その後で親が死んだことに気がついた。
その話を聞いて最初に思ったのは、酷いことに、もう親のスネをかじれないじゃないか、とか、食費どうすんだよとか、通信費払えねぇじゃんとか、そんな自分勝手なことばかりだった。
全く酷いやつだ。
後で思い返してみれば、自分で自分を殴りたくなってきた。
……まぁ、殴られた傷が痛いからしないけど。
夜中の公園。
一人、ジャージ姿でベンチに座りながらため息をつく。
ため息と同時に、嗚咽が漏れた。
涙が流れていることに気がついた。
今になって親不孝を自覚して、悲しんで、悔いていることに気がついたのだ。
「……俺は、どこで間違えたんだろう」
再度自問する。
しかし答えは一向に見つからない。
「こうなったら……もう、死ぬしかないじゃん」
そう思っても、全く足が動かない。
死ぬのは簡単だ。
目の前の道路に飛び出せばいい。
ここは都会で、車もまだそれなりに通っている。
一歩踏み出せばそれで終わり。
醜い人生から解放されるのだ。
だというのに、足がすくむ。
この期に及んでまだ生きていたいと、本能が理性に訴えかけてきている。
醜い。
こんなの、ゴブリンより醜いじゃないか。
もはやゴブリンのほうがよほど立派に生きている。
……あぁ、腹が立つな。
自分に対してものすごく腹が立つ。
俺がゴブリンより醜いだって?
最悪じゃないか、誰がそんな役回りをしたがるっていうんだ。
誰でも本当は英雄でいたい。
物語の主人公でいたいと、願うものじゃないのか。
……そう思ったからなのか。
不意に、道端に飛び出した一匹の猫に気がついた。
猫はしばらく車の通っていない車道に飛び出そうと身構えていた。
俺はそれをじっと見ていた。
もしあの猫が車道に飛び出して車に轢かれそうになったら、身を挺して猫を助け、代わりに俺が死んでやろうと考えたのだ。
醜い償いだと自分でも思う。
でもどうせ死ぬなら、そういう死に方がしたかった。
不意に、猫が意を決して車道に飛び出した。
と思えば次の瞬間、近くの建物の影から飛び出してきた車のライトが猫を照らして──
そこから先は、覚えていなかった。
記憶があやふやになったというか、なんというか。
──にゃあ。
「……」
遠くに、猫の鳴き声が聞こえる。
どうやら助かったようだ。
俺は……なんか、寒いな。
体から体温が抜けていくようだ。
目が見えない。
暗闇の中に体が沈んでいく。
冷たいアスファルトがドロドロに溶けて、底無し沼みたいに俺を呑み込んでいく。
ああ、神様。
これで俺は、少しは償いができたかな。
……と、そんなことを考えていたのも束の間だった。
不意に闇の沼から引き上げられるような感覚とともに、大量の酸素が肺に流れ込んできた。
鼓動を忘れていた心臓が再び動き出すような胸の痛みが襲って、血流が再び巡るような痺れが全身を襲う。
それだけじゃない、眩しい光が、俺の目を貫いた。
「うぎゃあ!うぎゃあ!うぎゃあ!」
反射的に声を上げる。
なんだか赤ん坊のような泣き方になってしまったが、構うものか。
俺の泣き声の奥に、微かな話し声が聞こえるが、そんなことは気にしない。
そんな風に俺はぼやける視界に泣き続け、かと思えば次の瞬間、何か柔らかくて暖かいものに抱きしめられた。
なんだろう、この触り心地。
ふわふわして、柔らかくて、心地良くて、安心する。
そんな心地いい感覚に身を委ねていると、先ほどまでの恐怖が和らいできて……気がついたら、俺は眠りに落ちていた。
今度の眠りは、とても気持ちいい感じがした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
それから体感一ヶ月くらいの時が過ぎた。
どうやら俺は、転生してしまったらしい。
しかも、今度は女に。
ネトゲではいつもネカマしてたから嬉しいような、でもなんだか悲しいような。
長年連れ添った相棒(二重解)がいなくなって股間が落ち着かない。
……が、もうそんなことはどうでもいい。
これは前世の俺との決別なのだと思えばいいのだ。
そう思えば、この喪失感もなんとか耐えられた。
そして、そうとわかった瞬間、俺にはある一つの目的というか、信条のようなものが生まれた。
今度こそは絶対、親不孝者になったりしない。
親のスネをかじって自立しないような、そんな人間には絶対にならないということだ。
そのためなら俺の持つ前世での知識を総活用して、この生活を豊かにして恩を返すために尽力しよう。
尽くして尽くして、尽くしまくるんだ。
自重はしない。
そう心に決めた。
それから更に十年の月日が過ぎた。
俺は一人部屋を与えられ、自分のタイミングで起きて、自分で服を着替えて、食卓に出るというルーチンを誰の助けも借りずにできるようになっていた。
まず起きたら伸びをして、部屋のカーテンを開ける。
窓を開けて空気を入れ替え、布団を畳んだらベッドを降りて服を着替える。
今日着る服は、母が用意してくれた白のワンピース。
服を脱いで上半身を姿見に晒した。
相変わらず胸の中央、左寄りの位置には消えてくれない痣が残っていた。
(時間が経てば消えるって言ってたけど)
物心ついた時からすでに十年近くの月日が過ぎているが、本当に消えるのかと疑問に思う。
ワンピースを着て痣が見えないようにすると、青色の帯を腰に巻いてブーツを履いた。
終わったら棚の水差しで口を濯いで朝のストレッチ。
諸々のルーチンを終えて、一階のダイニングへと降りていくのだ。
「おはよう、お父さん、お母さん」
ダイニングに降りると、新聞を読んでいる眼鏡で茶髪オールバックの筋肉ムキムキな男性(父)と、朝食を作っている最中らしい、銀色の髪を縛った頭巾とエプロン姿の女性(母)に挨拶をする。
「あぁ、おはようアリス」
「おはよう、私の可愛い子。
もう直ぐできるから、カニスに餌お願いできるかしら?」
「はーい!」
カニスというのは、うちで飼っている大型犬だ。
まだ子供だがすでに今の俺よりも大きいサイズで、人懐っこいやつだ。
まあ、厳密には犬じゃなくて、犬型の魔物なんだが。
台所の戸棚から、カニス用に買い溜めてある肉を引っ張り出してきて、ペット用の皿に盛り、裏口から中庭に出る。
すると俺の気配を察したのか、それとも餌の匂いに釣られたのか、中庭の端にある犬小屋から、大きな白い犬がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「ステイ!」
あまりにも勢いが良かったので、ぶつかったら流石に怪我をしてしまう。
俺は餌皿を持たない手を突き出してカニスに指示を出すと、クゥーンと鼻を鳴らして大人しくお座りした。
「よーし、いいこいいこ」
わしゃわしゃと頭と顎の下、背中、お腹と撫でてもふもふする。
柔らかくて気持ちいい。
最高だ。
でもあんまりやりすぎると毛が服につくから程々にしてやめる。
「ほら、カニスご飯だよ。
あ、でもまだ食べちゃダメだからね?
いい、カニス?ウェイト。ウェイトだよ……?」
餌皿を芝生の上に置いて、カニスに待てをする。
カニスも指示がわかっているのか、直ぐに餌にありつこうとはせず、言うことを聞いてじっと待つ。
いつも思うが、カニスはこの待てをされている時ってどんな気分なんだろうな……。
なんで目の前に食べ物があるのに、食べちゃいけない理由もないのに待たされてるんだろう?
たぶん、きっと、そんな気持ちなのだろう。
黒い瞳がうるうる揺れてるのを見ると、なんかそんな感想が浮かんできた。
「オッケー、カニス!
食べていいよ!」
もう待ち切れないのか、よだれを垂らし始めたカニスにサインを出す。
なかなか嗜虐的な指示だなと自分でも思うが、マリア──今生の母がそういう風に躾けなさいと言うので従うことにしている。
「じゃあね、カニス。
私もご飯食べてくるから、また後でね!」
俺はバイバイ、とカニスに手を振ると、裏口の水道で手を洗ってから家に戻った。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「お母さん、カニスにご飯あげてきたよ!」
「そう、いつも助かるわ」
ダイニングに戻ると、マリアはサンドイッチを盛り付けているところだった。
手伝うことはもう何もなさそうだったので、いつもの定位置に座って朝食が運ばれてくるのを待つ。
「そうそう、言ってなかったけどアリス。
今日からお父さん出張だから、駅まで見送りお願いね」
「え、お父さん出張!?」
唐突に聞かされた事実に、思わず尋ね返す。
すると父──スヴィンは、コーヒーを飲んで唇を湿らせてから
「ああ。
魔術講師が隣の領で不足していてな。
領主直々の依頼だ、跳ねるわけにはいかん」
ぶっきらぼうに、しかしどこか寂しそうに語尾をすぼめながら言う。
スヴィンは筋肉ムキムキなのに、こう見えて魔術師育成学校で魔術講師をしている立派な教師だ。
俺(つまりアリス)が生まれてくる前は宮廷魔術師をしていたらしいが、それがどうして魔術講師になったかは知らない。
「そっか。
それじゃあ今晩の魔術の稽古は無しなんだね」
そう言う関係上、俺は以前から父に教材を渡されては魔術に関する稽古を毎晩つけてもらっていた。
だが彼がいないのではそれも叶わない。
そう思って口にしたのだが──
「それについては案ずるな、我が娘よ。
俺がいなくてもできる宿題はたんまり用意してある。
後で二番倉庫を漁ってこい」
その回答に、すこしだけげんなりと眉を八の字にした。
俺も、別に魔術が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだし得意な方だ。
だが俺が好きなのは実践的なものであって、小難しい理論やら公式やらを述べ合う研究職じゃあない。
……まぁでも、やらないよりはやった方が後々自分のためになる。
それは、前世での過ちから理解しているのだ。
……こんな、前世の記憶を残して転生して人生をやり直せるチャンスなんて滅多にないだろう。
そんなチャンスを無碍にするなんて、俺にはできない。
「……楽しみにしてるよ」
「それは良かった」
ちょうど話がひと段落した段階で、サンドイッチが目の前に並べられる。
スヴィンは新聞を畳んで椅子に置くと、マリアが先に着くのを待って祝詞を唱えて、食事にありつくことにした。
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