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 あれから数日後、アーくんは無事騎士になることが出来た。

 元宮廷騎士団の方がアーくんに厳しく指導してくれたから、とのことだった。

 私もその元宮廷騎士団の方に会ってみたいと言ったのだが、アーくんに嫌がられた。わりと物凄く嫌がられた。

 なんでも、もしも私がアーくんよりも元宮廷騎士団の方のほうがカッコイイと言い出したらやる気が下がるから、とのことだ。そんなこと絶対に言わないのにね。

 そして何故だか伯爵様からも会わないほうがいいと言われた。宮廷騎士団に夢を見ているなら確実にそれを壊すから、だそうで。

 残念だったが伯爵様にダメだと言われたらわがままは言えない。


 そして現在、屋台街にお店を出し始めてから数日が経過していた。


「アルマ、何作ってるんだ?」


「髪飾りー」


 実は、天使の焼き菓子の売れ行きが正直いまいちだったりする。

 一応、酷く売れ残る事はないのだが、よその屋台では行列が出来ていたりするのにここはそうでもない。

 結局のところ何が言いたいのかといえば、まぁ暇な時間が多いということだ。だからその時間を利用して、レースやリボンを使った髪飾りを作っている。

 その間、アーくんはというと、やっぱり暇そうに私が髪飾りを作っている様子を観察している。

 ついこの前まで楽しそうに騎士養成所に通っていたというのに、今は私のせいで退屈させてしまっている、そう思うとちょっとだけ申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 ……だけど、それなのに、それとは正反対の気持ちが私の中にある。


「可愛いな。売るのか?」


「ううん。許可を貰ってないから売れない」


 これも売れたらいいな、とは思っているのだけど。髪飾りは食べ物じゃないからなぁ。


「伯爵様に話してみようか、それを売りたいって」


「……ううん」


 お店を出すまではとんとん拍子でとても上手くいっていたはずだったのに、そう思うと自然と気分が沈んでいく。


「アルマ?」


「……ねぇアーくん、アーくんはこれで良かったの? 宮廷騎士団に入れなくて、」


「うん。だからあれはもういいんだって。どうした?」


 私が浮かない顔をしていたからか、アーくんは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「私、嫌な奴だなって、思って」


「嫌な奴?」


「私ね、アーくんが宮廷騎士団に入りたいって言った時、言葉では応援してたけど……本当は嫌だったの」


 アーくんが家に来てから、私はすぐにアーくんが大好きになった。

 お兄ちゃんに憧れていたというのもあったけど、きっとそれだけじゃなかった。 憧れなんてものを飛び越えた気持ちが、確かにあった。

 近所の女の子達がアーくんを見てカッコイイと言っているのを聞いては優越感を覚えていた。だって私がアーくんを独り占め出来ていたのだから。

 アーくんは私のものなんだって、思っていたのだから。


「嫌だった?」


「……だって、宮廷騎士団に入ったら遠くに行っちゃうもん」


「そ、それのどこが嫌な奴なんだよ……」


 チラリとアーくんの顔を見ると、アーくんはあからさまに私から顔を逸らした。顔を隠したつもりみたいだけど首が赤いよ、アーくん。


「結局私はアーくんの目標を潰した。私がここにお店を出す事で、アーくんは私だけの騎士になった」


「うん」


「それが、とてもとても嬉しい。アーくんの夢を潰したくせに、とても嬉しいの」


「……うん」


 アーくんは少し強い力で私の髪をくしゃくしゃと撫で回す。


「ごめんね、アーくん」


「謝るなよ。大体、俺だって万が一にでも宮廷騎士団に入れそうだったらアルマの事連れて行こうとしてたんだよ」


 まぁ一介の騎士になるのにも苦労した俺が宮廷騎士団だなんて夢のまた夢だけどな、なんて呟きながら、アーくんはぐちゃぐちゃになった私の髪を整えている。


「多分アルマが嫌がったとしても、伯父さんや伯母さんから無理矢理引き剥がしてでも、アルマのこと連れて行ってたと思う」


「え、」


「ずっとアルマの事連れ去ろうとしてたんだから、俺だって嫌な奴だろ」


 一瞬、ここがお店だという事を忘れてアーくんの胸に飛び付きそうになってしまった。

 だって、とてもとても嬉しかったから。連れ去りたかっただなんて、なんて甘い響きだろう。


「嫌な奴なんかじゃないよ。だって私、アーくんの事好きだもん、」


 隣に居るアーくんの瞳を真っ直ぐ見て言い切った。

 私の言葉を聞いたアーくんは真っ赤な顔のまま暫く動かなくなって、やっと口を開きかけたその時、


「取り込み中みたいだが客だぞ」


「いらっしゃいませえええぇぇ! こんにちは伯爵様っ!」


 なんと伯爵様がいらっしゃった。

 私はビシりと居住まいをただし、大声で挨拶をする。


「やだ、今いい雰囲気みたいだったのに邪魔するなんて無粋。伯爵様無粋」


 と、知らない女の人の声がした。声がしたほうを見てみると、そこには背の低い女の人が居る。どうやら伯爵様のお連れ様らしい。

 お仕着せのようなものを着ているので、伯爵様のお家の使用人さんだろうか?

 そして今伯爵様はその使用人さんを睨みつけているのだが、使用人さんは怖くないのだろうか……。

 私だったら震え上がっているであろう状況なのに、使用人さんはにこにこと笑いながら伯爵様の顔を見上げている。凄い。

 私が唖然としていると、使用人さんは何一つ気にする素振りを見せる事なく商品の方へと視線を下ろした。


「天使の焼き菓子かー可愛い」


 そんな使用人さんの呟きに、伯爵様は「そうだろ?」と小さく零して使用人さんの動向を伺っている。


「よし、私これがいい!」


 使用人さんがそう言うと、伯爵様が徐に自分の懐からお財布を出した。

 なんと、どうやら使用人さんのために伯爵様が天使の焼き菓子を購入するらしい。


「じゃあこれ三つ」


 と、伯爵様が言うので、それまで呆けていた私は我に返り急いで準備をする。

 そして天使の焼き菓子を三袋手渡すと、伯爵様はそれを受け取ってそのまま使用人さんに渡した。


「ほら。共食いだな」


 なんて言って、笑いながら。

 その姿がなんとも言えず、なんというか、とにかく何故か私の方が赤面してしまった。本当に何故か。

 すると、そんな私を見たアーくんが、小さな声で、


「アルマお前何真っ赤になってんだよ!」


 と言ってくる。


「だって、い、今伯爵様、天使の焼き菓子渡しながら共食いって、共食いってことは使用人さんのことを天使だって思ってるってことよねアーくんっ……!」


 お二人に聞こえてしまわないように小さな声で返すと、アーくんは目を丸くしたまま、


「で、でも今あの使用人さん「うるせぇ」って言ったぞ……聞き間違いじゃなければ……」


 と零していた。

 まさかまさか。あの可愛らしい使用人さんがそんなこと言うはずないじゃない。私がこっそり首を横に振っていた時、屋台街の一角で小さな騒ぎが起きた。

 どうやら誰かが喧嘩をしているらしい。それを見つけた伯爵様は、使用人さんに絶対にここから動くなと念を押して喧騒の方へと歩いていった。

 置いていかれた使用人さんは、暫く伯爵様の背中を見ていたのだが、突然くるりと私のほうを見る。


「ねぇ、この焼き菓子、アイシングで顔描いたらどうかな?」


「へ?」


 あまりに突然だったので、何の事か理解出来ずに目を丸くして首を傾げるだけ。


「粉砂糖と卵白混ぜたやつでね、お菓子に絵が描けるのよ」


「そんなこと、出来るんですか?」


「うん。今日は時間的に無理だと思うけど今度教えてあげるね」


 にっこりと屈託のない笑みを浮かべた使用人さんを見て、私はただただ頷いた。


「ん? そっちのは売り物じゃないの?」


 私の手元にあった髪飾りに気が付いた使用人さんは、それを指差しながら首を傾げている。


「あ、えっと、こっちは伯爵様の許可を取っていないので売り物じゃなくて、」


「そうなの? 勿体無い。売ったほうが良いよ。許可くらいくれるって」


 使用人さんはなんとも簡単そうに言うが、私にとってはそんなに簡単な話ではない。どうしたものかと思案していると、伯爵様が喧騒を治めて戻ってきた。

 一仕事終えて戻ってきたはずの伯爵様に、使用人さんは軽く「お疲れ」と呟く。あの伯爵様に。凄い。

 そして、ねぇ、と言いながらぽんと伯爵様の腕を叩く。


「あのアクセサリーを売る許可を出してあげてください」


 本当に、本当に軽い感じで言ってのけた。怖いもの知らずというのは彼女のためにある言葉ではないだろうか。


「は?」


「絶対売れるって。女の子のハートを鷲掴みよ!」


 眉間に深い皺を寄せている伯爵様をものともせずに力説しているのだが、私のほうは冷や汗が止まらない。

 チラリとアーくんを見てみれば、彼だって若干引いている。


「ね? 伯爵様! 許可を!」


「解った解った」


「やった!」


 凄いやり取りだった。

 伯爵様が本当はそんなに怖くない人なのか、使用人さんが強い人なのか、それともその両方か、とりあえず凄いやり取りだった。

 そして結局、私が作ったアクセサリーも売っていいことになっていた。いつの間にか。


「じゃあ緑のと赤いのをください」


「は、はい!」


 どうやら使用人さんは色違いで買ってくれるらしい。


「自分が欲しいだけか。で、二つも買うのか?」


 と、怪訝そうな伯爵様に、


「一つは公爵令嬢にお土産」


 そう答える使用人さんを見て確信する。この人絶対に怖いもの知らずなんだ、と。

 一般庶民である私が作った髪飾りなんかを公爵令嬢にお土産として渡そうとしているなんて、ありえない……!

 あまりにも恐ろしかったので、私は今の会話を完全に聞かなかったことにした。


 私の作った天使の焼き菓子と髪飾りを嬉しそうに胸に抱えた使用人さんは、次に来る時はアイシングのやり方を教えてあげるね、と言って帰っていく。


「なんか、凄い人だったね、アーくん……」


「そうだな……」


 私達はお二人の背中を見ながら呆然としたまま動けずに居る。

 嵐のような人達だった……。なんて思っていると、使用人さんは突然立ち止まり、くるりと振り返ってこっちを見た。

 どうしたんだろうと首を傾げていると、急いでこっちに戻ってくる。

 そして、私の耳元に顔を近づけて、


「そうそう、二人の結婚式には呼んでね?」


 なんて、悪戯っ子のような笑みで言うものだから、私は恥ずかしさから絶句して赤面してしまった。

 け、けけ、結婚式だなんて気が早い!

 使用人さんはそんな私を見て、クスクスと笑いながら何事もなかったかのように伯爵様の元へと戻っていった。


「何言われたんだ?」


「な、なんでもない!!!」


 教えろよ、とアーくんは何度も言っていたけど、私は絶対に教えなかった。



 その後、使用人さんが教えてくれた『アイシング』という技術で天使の焼き菓子に顔を描いたところ、それが可愛いと口コミで評判になり売り上げが倍増した。おかげでこの店は、今では屋台街でも人気の店と肩を並べられる程の集客力を誇っている。

 アクセサリーの方も順調で、この近辺に住んでいる女の子達は皆私が作ったアクセサリーを持っているのではないかという程だ。


 そしてお店を出し始めてから数年経った今、来月の私の誕生日に行われる私とアーくんの結婚式の招待状を書いているところだ。

 もちろん、あの使用人さん宛ての。


「なぁアルマ、お前に好きだって言われた時に言いそびれたことがあるんだけどさ」


「ん? 何?」


「俺もアルマが好きだよ。ずっとずっと前から。これからもずっと、な」



 

読んでくださってありがとうございました。


Q、1話でたこ焼きが出てきたけど異世界の屋台に何故たこ焼きが存在するの?

A、伯爵様が元関西人だからです。

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