幻想の決戦
「ぜぇ、はぁ、なんなんだよお前、魔王じゃ、なかったのかよ」
「・・・まだわからないのか?これだけヒントを与えてやったというのに」
息を切らせ恐怖と疲労で満身創痍となったヤンキーが震え声で話してくる。
俺に魔法を浴びせかけていた時の威勢は、もう欠片も見られない。
そろそろ、この無意味な戦いにも幕を引かなければな。
「では、答え合わせだ」
高らかに鳴らした指の乾いた音と共に、空間が歪む。
青い空にドラゴンの群れ、緑の丘に三つ首の犬、遠くには高層ビル群と触手の魔物、反対には海と巨大烏賊、その他多くの訳の解らない生き物。
俺の想像が生み出した幻想空間、俺が想像し得る最高の異法だ。
「んだこれ、こんなのしらねぇぞ・・・」
「この世界では俺だけが魔法を自由に使える、お前の身体に残された魔力でどれだけ戦えるか、試してみるか?」
右足で足踏みをすれば多種多様な武器が生えてくる。
その一本を手に取り、重みを確かめる。青銅の細身で鋭い剣だ、アニメやゲーム以外の映画なんかでも視る事ができる一般的な兵士の持っているなんの変哲もない剣。
「いい出来だ、・・・想像通りのな」
「っ・・・!?」
青銅の剣を投げると、ヤンキーは手甲でその身をガードする。
剣は簡単に弾かれると、簡単に折れてしまった。
「っだよ!ビビらせんじゃねぇよ!弱ぇじゃねぇか!」
これまた想像通りだ、青銅は固いが脆い、その性質までしっかりと創られている。
だとすれば・・・。
「行け」
短く放った言葉を皮切りに、有象無象の化け物がヤンキーを目指して突き進む。
「どうせザコだろうがよ!なめてんじゃねぇぞコルァ!」
ヤンキーの放った炎が液体状のモンスターを蒸発させる。雷が犬に似たモンスターを吹き飛ばし、風の刃が巨大な鶏みたいなモンスターを切り刻む。
腐っても勇者、と言ったところだろうか。百体を超えるモンスターは十秒足らずで壊滅させられた。
「ぜぇ、っぜぇ、んだよこれ、わけ、わかんね」
「どうした?もう終わりか?」
俺に向かって魔法を放っていた時の十分の一も使っていないが、ヤンキーはすでに疲れ果て、膝をついて今にも倒れこみそうだ。
当然の結果に満足して勇者へ歩み寄る。
「答えは簡単だ、ここは俺の為の世界。ここにあるのは俺の魔力であり、俺にしか扱うことはできない」
「だから、ナンダってんだ」
「魔法は魔力無しでは扱う事は出来ない、本来魔術を発動させる事によって空間に存在する魔力を操り魔法として扱う事ができる」
俺の手に一匹の雀が止まる。すると、淡い光に包まれた雀は一本のナイフへと様変わりした。
「だが、俺は魔術のプロセスを必要としない力を持っている。それをこの世界の魔力に伝え続ける事など雑作もない」
まるで手品のように、一本のナイフは扇状に広がる十本のナイフへとその数を増やした。
「魔力そのものに俺の命令だけを受け付ける魔法をかけた、という事だ。この空間の中でだけは俺は本物の神様ってわけだ」
扇状のナイフは光の粒となり、十羽の雀となって飛び立った。
「んだよそれ、神さまだ?ばっかじゃねぇのか?」
「お前にも解るように言ってやっただけなんだがな、自分自身、そんな大層なものじゃない。そう、」
そう、俺は人一人救えやしない、自分の世界に引き籠ってるだけの・・・、
「ただの人間だよ」
先程飛び立った雀が空高くでその姿を変え、ナイフとなってヤンキーの身体へ突き刺さる。
「・・・!?ンだよこれ?あぁ?あああぁあぁぁぁぁ!」
「ようやく体内の魔力が抜け切ったか?」
「いてぇええ!いてえよぉおおお!」
急所は避け、手や足を集中的に狙った刃は深々と突き刺さり、動けば動くほどにヤンキーの身体を痛めつけていく。
ヤンキーは顔を歪め、涙と鼻水をたらし、みっともなく泣き叫んでいる。
「どうやら不死の能力に痛みを無くす効果があったようだな、傷ついてもすぐに回復するわけだし、痛みと言う概念が必要無かったからだろう。
痛覚は人が生きる為に必要な感覚だ、逆にいえば、死を知る感覚だ。
不死は死を知る必要が無い、同様に痛覚も必要無いという事になる。
「百年以上も人の痛みを知らずに過ごせば、こうも愚かな人種が生まれるのか、参考になった」
「あぁ・・・、・・・・」
痛みに耐えかね、口から泡を吹いて気絶する。
うるさい奴は居なくなったが、ここからが問題だ。
この空間を閉じてしまうと勇者が魔力を取り込んで復活してしまう。試しに不死の能力を消そうと試してみるが、見当がつかない。
このままでは閉じた空間を維持したまま生活を送らなくてはならないが、それは不可能だ。
俺だって睡眠は必要だし、寝ている間も想像し続ける事は無理だ。
そこで俺は一つの考えを試してみる事にした。
「本来だったら死者への冒涜だ、なんて言われるかもしれないが、世界を救う手助けができるんだ。勘弁してくれ」
両手を合わせて拝む。実に日本人らしい行動だと思う。
幻想空間に引きずり込んだのは抜け殻となったエターシ、彼の身体を想像の魔法で創り変えていく。
蘇生の想像は上手くいかなかったが、変化させる事は上手くいったようだ。
無理やり魔力を注ぎ変化させるのはかなり骨が折れる。幻想空間の維持も不安定になっていた。
上手くいかなければヤンキーが復活し、もう一度殺さなければいけないが、魔力を使いきった俺では勝てない可能性もある。
そう考えると、絶対に失敗して欲しくない。
今度はヤンキーの身体を変化させていく、不死の異能そのものを変化させる事はできないが、魔力の無い肉体なら変化させる事ができるはずだ。
死と生の狭間にある肉体だからか、変化には幻想空間全ての魔力を使って抑え込む必要があった。
自分の限界を超える魔力を操作している影響か、身体が悲鳴を上げ、血液が沸騰したように暴れまわる。
ヤンキーの身体が縮まるにつれ、鼻から、目から、口から、血が溢れだす。
初代魔王と戦った時の痛みなど虫に刺された程度と思えるほどの激痛。
ヤンキーの身体が元の姿であろうとする反発力と、俺の思い通りであれという想像力が魔力の流れとなって鬩ぎ合う。
カチリ、と何かが音を立て、静寂が訪れた。
紅く染まった俺の視界には、見た事が無いはずの、エターシの笑顔が見えた気がした。
それが俺の妄想が見せた願望だったのか、想像が見せた真実だったのか、知る事はできなかったが、どうせだったらハッピーエンドらしく、前者であって欲しいと願う。
最強の勇者との決着です。
幻想空間とか言っちゃってますが、中二病すぎやしませんかね?
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