Nueilate-修行開始
夕暮れ時、向かい合う二つの影。その周囲には大勢のギャラリーが集まっていた。
「いざ参る!」
ヌエの武器、ジャヴァウォックが唸り声を上げる。広範囲を一度に攻撃できる鞭の形状は、一対一でも十分に活用できる。
「フン」
対するカガシジは激流のような攻撃を受け流し、水に流れる木の葉のようにひらりふわりと回避していく。
攻めと守り、一見するとヌエが圧倒的に押しているように見えるが、
「白王め、俺の時は本気じゃなかったってか。ムカつく野郎だ」
「ホゥホゥ、あの時とは状況が違うだろぉうさ。奴の本領は守りにあった。ということだろぉうね」
ギャラリーの一角にはファラとロクロク、その近くにキュウの姿もあった。
ヌエがカガシジに技を教わる事になった経緯を話し、旅の休憩時間を利用して訓練をしたいという話をしたところ、ファラは二つ返事で承諾した。
今日の魔国では強者の戦いを真直で見る事は滅多にできない。特に爬魔のような純粋な肉弾戦ともなると別格だ。
「獣魔は上下関係が力によって決まる種族、その設定がこうなるか。もしかすると、人に最も近いのは獣魔なのかもしれないな」
誰にも聞こえない独り言を呟くキュウは静かに試合を見守っていた。
キュウもまた、自分の道を決める為にこの旅で想像を膨らませている途中だ。
攻撃を受け続けるカガシジは違和感を感じていた。
八叉の力は究極の剛。しかし、ヌエの使う武器は鞭。だからだろうか、攻撃の所々に荒さが目立つ。
「甘い」
ジャヴァウォックの一撃が地面に当たり、弛んだ部分にカガシジが一撃を加える。もう一つの力を受けた武器が反転し、ヌエへと襲いかかる。
自分の武器で自分が傷つくなど笑い話にもならない。鞭という形状は自在であるがゆえにその危険性を含んでいる。
「なんのこれしき!」
持ち手の部分に備えられた引き糸を絞ると、新たな力を加えられた武器は一本の棒となり、棍の姿へと変わった。
「見た事無い武器だな、おそらくは鋼魔で作られたものだろう」
「千変万化といったところぉかね?本人はそこまで考えていないようだけども」
「武器の使い方か、やはりあんたの見解は面白いな」
「やはりこの男、観察眼はずば抜けてるな。実に面白い」
「そりゃぁどうも」
次々に新たな手の内を見せ、観客を魅了するヌエ。堂々たる姿は見る者を圧倒し、ヌエの勝利を想わせる迫力があった。
「ところでロクロクよ、賭けは覚えているだろうな?」
「ホゥホゥ!もちろんだとも、考えは変わってないよ」
実はこの二人、密かに賭けをしていた。内容はこの試合の勝者がどちらか、と言うものだ。ファラはヌエに、ロクロクはカガシジにそれぞれ賭けている。
純粋な力勝負であれば二人は互角。ヌエの武器とカガシジの技でまた互角。
鞭の形状での攻撃は受け流された、次は正面から堂々と。
「でぃあぁ!」
棍を構え、矢のように飛び出す。ヌエの巨体が駆ける姿は矢というよりも、砲弾のような迫力がある。加えて砲弾などという兵器の存在しない魔国では、一層恐怖が増すだろう。
見た事も無い物への恐怖と威圧。今まさに破壊せんと、一直線に迫るヌエの姿に臆することなく、ただ静かに、動じず、先を見据える。
「喝ッ!!」
カガシジの足先から拳へ、鱗が波のように流動し、互いがぶつかり合う瞬間に衝撃が爆ぜた。
ぶつかり合った瞬間、カガシジが吹き飛ばされる事を想像していた者達は何が起きたのか理解できず、呆然とその様子を見つめていた。
その視線の先では、膝をつき息を吐くカガシジと、武器を落とし自分の手を見るヌエの姿があった。
「返しきれないとは、やはり俺も衰えたな」
「一体、何が?拙者の腕が?」
ヌエの腕は小刻みに震え、だらしなく垂れ下がっている。まったく腕に力が入らない、と言った様子だ。
技を受けたヌエでさえ、自分に何が起きたのか分からないと言った様子で、呆然としていた。
動けなくなった二人は休憩をはさんだ後に話しをする事となった。
もちろん、ファラとロクロクも何が起きたのかを知る為にその場に留まっている。
「では、カガシジ殿。先程の技を教えて頂きたいのですが」
「そうだな、まずは俺が竜の村で教わった修行の話からするとしようか」
「ホゥ?おまえさん、竜の村へ行ったのかい?」
近くで話しを聞いていたロクロクが興味ありげに横やりを入れてきた。この男、思慮深い者ではあるのだが、興味のある事に関してはとことん貪欲なのである。
そんなロクロクに対して、特に気にした風もなく話しを続ける。
「あぁ、あそこは実力主義でな、俺のような身なりでもすんなり受け入れてくれたよ」
「そうかい?わたしゃ門前払いで追い返されぇたけどね」
すこし不満げに語るロクロクだったが、カガシジは逆に不思議そうな顔で答えを返す。
「それはあんたが魔術を使うからじゃないのか?」
「ほぅほぅ、なるぅほどね、そういうことかい」
そういうと一人で納得したように頷くが、周りで話しを聞いていただけの者達には状況が理解できない様子だった。
そんな空気を察したのか、自分の悪い癖を咳払いで誤魔化しつつ、解るように説明をしてくれる。
「ごっほん。竜の村、爬魔領の端っこにあるぅ、小さな村なんだけどね、そこには神様が住んでいるって言われてるぅんだよ」
爬魔族の中で最も身体能力の高い竜種が住む竜の村、そこに住むのは竜の末裔と力の象徴である神。
「すまぬロクロク殿、しん?とは一体?」
「お前さん達爬魔には、天と言った方が良いかな?」
それを聞いてようやく理解したのか、手を打って、なるほどという顔をした。
魔国の領地によって変わる、自分達が信じる目印のような物が存在する。これは宗教の概念と大差ない。
人魔、獣魔、爬魔、鋼魔、妖魔、それぞれの呼び名が、神、象、天、創、主。
これらは全て同一とも個別とも言われているが、定かではない。
「詳しい話は置いておくとして、わたしゃその神の存在がどうにも気になってね、ソレを追いかけて世界を旅してるんだよ」
その言葉は普通の魔族が受け取るには余りにも唐突で、不明瞭なものだった。広大な砂漠で一粒のダイヤを見つけるような果てなき旅。
その中でただ一人、正確には一匹。誰にも見えない場所でひっそりと微笑むのだった。
「おっと、わたしゃ自分の事をついつい。それより、話しの続きを頼むよ」
「あぁ、そうだったな」
ロクロクによってずらされた話が元へと戻る。
「竜の村の話だったな、そこで俺は爬魔の肉体について学んだ」
「肉体ですかな?」
「見せた方が早いな」
そう言って、カガシジは右手を前に突き出し、ゆっくりと拳を握ったり開いたりを繰り返し始めた。
すると、カガシジの腕鱗が波のように動き、収束と拡散を繰り返した。
「これが先程の技の秘密ですかな?」
「そうだ、ドトウという技らしい。鱗の動きによって魔力の流れを操り、力に変換して戦う奥義なのだそうだ」
「・・・ふむ。こうでありますかな?」
ドトウの内容について理解はしていないヌエだったが、見よう見まねで鱗の動きを再現し始めた。カガシジほど滑らかな動きでは無いものの、ヌエの腕鱗は波のような動きを断続的に繰り返している。
教えた本人であるカガシジは驚いた顔でヌエの腕を見ていたが、そこで何かを閃いたかのように、納得という顔をした。
「なるほど、先程の違和感はこれか」
「何か問題がありましたかな?」
ヌエが行った鱗の使い方は爬魔であれば誰でもできるという訳ではない。人で表すならば、筋肉ではなく皮膚を動かすようなものだ、センスと訓練の必要な技術であり、一朝一夕でできるようになる物ではないのだ。
「ヌエよ、鞭を使い始めたのはいつからだ?」
「鞭ですかな?あれはたしか・・・、15の時でありましたな」
ヌエの話によると、その歳にはすでに魔国を旅して己を鍛えていたのだという。その時獣魔領で出会った者に教えを受け、鞭を使い始めたのだという。
「元々爬魔でも主流の武器でしたので今まで愛用している。と言う訳ですな」
「獣魔の鞭か、確かに。それなら爬魔の流儀とずれていても不思議ではない」
「・・・カガシジ殿、そろそろ詳しい話を教えて頂きたいのですが」
一人で納得するカガシジだったが、それに痺れを切らしたヌエが一歩前へと進み出る。時間が無いという現状に焦りを感じているヌエは、真剣な顔の中に、どこか不安を感じさせる雰囲気を含んでいた。
そうと知りつつ、カガシジは急ごうとしない。ゆっくりと考え、ヌエをより強くするにはどうするかをじっくりと考える。
「んむ、決めた。すまないが、だれか泥団子を作ってくれないか?」
カガシジは周囲にそう声をかけた。
「ホゥホゥ!なにが見れるぅんだろぉうね、楽しみだよ」
興味深そうに目を細めたロクロクが地面に手をかざすと、ほど良い柔らかさの丸い泥団子が形成される。魔術式を組むまでも無い、簡単な魔力操作で作れる代物だ。
泥団子を受け取ったカガシジは、それを掌に乗せた。
「うむ。よい塩梅だ」
そして、それを空へと投げた。真上へと投げられた泥団子は上へと向かう力を失い
、落下を始めた。落ちて行く先にはカガシジの拳が待ち受け、柔らかい泥団子を粉砕せんと待ち構えている。
普通に考えれば、落ちてくる泥でできた塊を掴む事は難しい。どれだけ注意を払おうとも、多少なりとも崩れてしまうだろう。
「ふっ・・・」
軽く吐き出した息で呼吸を整え、腕鱗を動かした。拳と泥団子が触れた瞬間、カガシジの腕から全ての鱗が抜け落ちたかのような錯覚を引き起こす。
魔力の流れと力の流れを同調させる奥義、ドトウ。
カガシジの拳の先には傷一つない泥団子が何事も無かったかのように鎮座していた。
「まるで曲芸だな」
茶化したような物言いのファラだったが、その技術の高さに感嘆していた。
「こりゃ一本取られたね、まさかここまでとは」
その光景を目にしていた中で最も魔力に精通するロクロクだからこそ解る技の錬度。外部魔力を使えない爬魔が魔力を扱う戦いをする事の怖ろしさ、それを解って称賛の言葉を送る。
「・・・さっぱりわからぬ」
ただ一人、ヌエにはその凄さが理解できていないようだった。
考えるよりも感じろ。百聞は一動に如かず。という感覚で覚えるヌエにとっては仕方のない事なのかもしれない。
「そう言うところはヤツと同じなんだな、・・・まぁいい、ほれ」
カガシジは苦笑いで泥団子を投げ、
「うむ、・・・ぬ、ぬぅ」
それを掴んだ瞬間に握りつぶすヌエ。
その場には何とも言い難い湿った空気が流れていたが、そこは豪気なヌエの事。気にするのも一瞬で、次の瞬間には挑戦あるのみと顔を上げて立ち直る。
「ロクロク殿、申し訳ない。またお願いできぬでしょうか?」
「ホゥホゥ!若いものを導くのも先に生きる者の務めだろぉう。いいよ、上手くなるぅまで手伝おうじゃないか」
「恩に、いえ、ありがとうございます!」
こうして、ヌエの修行第一段階である、泥団子との死闘が始まったのだった。




