俺の望む勇者
「勉強なんて、クソクラエ」
俺はそんな人間だったと知覚している。
大量生産の蜜柑になるくらいなら、腐って廃棄される方がマシだ。
なんて言っていた人間が、今では魔学の勉強を毎日飽きもせずに永遠と続けていた。
「ここの術式は効率が悪いな、改良が必要か?」
目の前に置かれた紙には無数の幾何学模様、丸や三角や四角、その中に散りばめられた漢字やアルファベット。
山積みにされた本と、ぐしゃぐしゃに丸められた紙の山。
「円の中心から流れた魔力が12時の方角から3、6、・・・だめか、失敗だ」
ボールペンを投げ出し、目の前の紙をわざとらしく音を立てて丸め、後ろへ放り投げる。
机の上に山積みにされた本の中から目当ての物を探しだすと、スッっと引き抜く。
無残に崩れる事無く、ダルマ落としのように目当ての本だけを抜き取った。
「均一に魔力を分散させるためには・・・、そうか!循環させてやればあるいは」
投げ飛ばしたボールペンは手に引き寄せられるように舞い戻り、新たな紙に不可思議な模様を描いてゆく。
そんな生活を続けて、半年が過ぎようとしていた。
俺の背後に近づいてくる魔力反応、この城に住んでいるのは俺一人だが。
「おや、もうそんな時間か。よし、・・・いったん休憩にしよう」
俺の背後に存在しているのは、魔法で生み出したメイドだ。
これは元々この城にあった魔術道具で、俺はゴーストヘルパーと呼んでいる。
道具は葡萄のような形で、粒の数は30個、その一つ一つに魔力を与える事で、簡単な命令ならこなす事のできる幻影を作り出す。
この城を守ってきたエターシも、同じようにこの魔術道具で管理していたのだろう。
所詮は魔力の塊、意志を持って行動するなど不可能。喋らせる事も可能だが、言葉など無くとも元々自分で設定した行動だ、理解はできる。
それに、多少改善したとはいえ魔力の消耗が激しい、永続術式の開発にも挑戦したが、失敗に終わっている。
「今日は、火曜だったな。火曜は肉料理だな」
その他にも、この半年で大きく変わったところがいくつかある。
魔術の研究で使う事ができるようになった魔術道具のおかげで、俺の生活は大きく向上した。
ゴーストヘルパーによる炊事洗濯家事全般の放任を始め、魔法と言う技術の日常化によるものだ。
住処は荒野の研究施設からウォレイ城の地下へと移されていた。
元々城に地下など無かったのだが、
「秘密研究所は地下にあった方がそれっぽい」
といういつも通りの持病を発動させた俺が、あーでもないこうでもないと創り上げたのだ。
火山地帯の土壌は恐ろしく硬く、頑丈だった。
ただしそこは想像の力、モノ造りシミュレーションの如く、好き放題に創り上げた地下施設はかなりの自信作だ。
製作途中、溶岩溜まりに突っ込んで死にかけた時は、正直かなり焦った。
研究施設には沢山の本が貯蔵されていた、その中には魔術に関する文献の他にも、料理、兵法、おとぎ話、気になるあの子の落とし方なんて本もあった。
・・・残念ながらエッチな本は無かった。
言い訳だが、探していた訳ではない、・・・本当だぞ?
話がずれたが、研究施設は図書館と同じ扱いだったのだろう、俺にとっては棚から牡丹餅だ。
料理本を見つけた翌日からは三食魔物料理、夜にはお酒もついてくる贅沢ぶりだ。
気付かぬ内に、当初目論んでいたニート魔王生活を送っていた事になる。
勇者を倒した訳だし、このくらいの贅沢は許されてもいいよな?
最後に、魔国に住んでいるはずの魔族だが、・・・俺は彼らと会う事を拒絶した。
ニートで引き籠りなんて自分でもどうかしていると思ったが、正直怖かった。
巫女と呼ばれた少女を目の前にして、俺は自分の本能を抑えられず、暴走。
それがただの暴走であったなら、俺もここまで思い悩む事は無かったかもしれない。
冷徹な暴走。とでも言えばいいのか、自分が間違っている事を認識できない、自分が正しいと思った事を実行できない。
なのに、その違和感を感じ取る事ができなかった。
もしかすると、魔族の人々をも本能のままに蹂躙してしまうかもしれない。
あの時はあんなにも愉しかったのに、今はその事実に恐怖している。
魔術道具で自分自身を調べても、魔力量が化け物じみているという事以外の結果は得られなかった。
その不安を忘れるかのように、俺は日々魔学に勤しんでいた。
そんなある日の事、いつも通り魔学の研究を行っていると、地震が起きた。
火山付近での地震など珍しくもないが、その時ばかりは訳が違う。
「地震除けの結界が作動しない・・・?なぜ・・・っ!?」
地震から城を守るために開発した魔術道具があるはずだが、それが発動しないという事は道具が故障した可能性がある。
ゴーストヘルパーに点検は任せてあるはずだが、万が一にもこの城が崩壊するなど許されない。
揺れを諸ともせず立ち上がると、不意に訪れた激しい立ち眩みに襲われた。
「なんだ・・・、こんな時に?ぐっ、引き・・・剥がされて・・・!?」
魔力が身体を離れる感覚、生皮を引き剥がされるような激痛、久しく味わう事の無かった痛みに顔を歪める。
とっさに想像の力を使おうとするが、魔力が言う事を聞かない。
なにか、別の大きな力を受けているように、俺の力を受け付けなかった。
俺の力を諸ともせず、全ての事象を拒絶する能力。
一人だけ心当たりがある。
「あの子がっ!?こんな・・・ところで・・・!っ・・・」
魔力が離れていくにつれ、痛みに耐えきれなくなった俺の意識が薄れていく。
これが、少女の涙の報いなのだろうか、・・・少々高くつきすぎだ。
・・・身体が重い。
今度こそ本当に死んでしまったのだろうか?
あの少女、巫女の力があれほどまでとは・・・、想像力の欠如だ。
今頃彼女こそが次代の勇者として奉られているのだろう、巫女勇者とか?
そんな安直な、くっつけただけの職業名、ふざけてやがる・・・。
カエルぴょこぴょこミコミコヒーローだこのやろう。
しかし、死ぬ間際にしてはやけに心穏やかだ。
恐怖も、不安もない、いままで心に沁み着いていた枷が取れたような。
心なしか指先にも温かな感覚が戻ってきている気がする。
もしかして・・・、死んでない?
腕に力を入れると、思いのほか簡単に立ち上がる事ができた。なんとも拍子抜けである。
「道理で、重いわけだよ」
立ち上がった瞬間、バサバサと音を立てて崩れ落ちる大量の本。
今まで魔力によって崩れる事無くバランスを保っていた本の塔は、文字通り山となって俺に覆い被さっていた。
元々頑丈な作りの城だったおかげか、倒壊だけは避けられたようだ。
ただ、唯一不審な点があるとするならば。
「静かすぎるんだよな」
俺しかいないこの城が静かなのは当たり前なのだが、それでもここは火山の中腹で、完全な静寂などあり得ない。
マグマの躍動する音、炎が巻き起こす風の音、その一切が無くなってしまったかのようだ。
問題はそれだけではない、空気中の魔力量が圧倒的に足りないのだ。
残っている魔力をかき集め、一つの魔術道具を起動させる。
遠見の鏡卓、文字通り離れた場所を見る事ができる道具だ。
作ったはいいが、他人の姿を見る事に一抹の不安を抱えていた俺はずっと放置していた。
「まさか、使う時が来るとは」
不思議と嫌悪感は無く、すんなりと使えた。非常事態だったからだろうか。
そんな些細な疑問は、鏡に映された世界を見た瞬間に吹き飛んでいた。
「・・・なんだコレ?大地が浮いてる?」
そこには、世界樹を中心とした大陸が空へと浮かび上がる光景が映されていた。
これは、魔法なのだろうか?・・・ありえない。
想像の力を持つ俺であっても、これほどの規模を持つ大陸を浮かべる事は不可能だ。
なぜなら、魔力が圧倒的に足りないからだ。
「そうか!この現状はあの大陸の所為か!」
どうやって世界中の魔力を集めたかは謎だが、魔力の枯渇しつつある現状が、今起きている魔法の影響である事は間違いないだろう。
俺がこの世界で唯一の楽しみとしている魔学、その根源である魔力を奪われるなど言語道断。
「探せ、想像しろ!こんな状況を作り出した元凶を!」
元凶として思い当たるのはただ一つ、いや、・・・ただ一人。
微かに残っていた不安を吹き飛ばし、鏡卓に魔力を送る。
「あの子、・・・巫女勇者を映せ!」
ノイズ、砂嵐の舞っているような映像の中に、少女の姿が映し出された。
その姿を見た瞬間、心が締め付けられる感覚。
前のような感覚ではない、ただ単純に、・・・可哀想と思った。
この鏡に音声を伝える機能はついていない、それでも、痛いほど伝わってきた。
悲鳴、悲痛、悲壮。大粒の涙を流しながら、世界樹に叫び声を上げる女の子の姿。
以前見たような強さも、勇ましさも垣間見る事の出来ない、か弱い女の子の姿。
その時、俺の内にあったなにかの線が、切れた。
「ふざけるな・・・、ふざけるな!なんだその醜い顔は!俺を睨んだ勇ましい瞳はどにいった!俺はお前に勝てないんだろう!だったらかかってこい、いつでも殺されてやる!逃げるな、諦めるな!お前は、俺の望む勇者なんだぞ!」
俺の口から零れた本心。
自分で言って驚くなんて、まったくもってどうかしている。
俺はもう、・・・魔王ではないんだ。
さて、すこしづつフラグを回収していきますよ。
なるべく矛盾や取りこぼしが無いよう気をつけなければ・・・。
今回は前回の※回がありましたので1日2話投稿します。
一日一話、と行かなかったのが悩みどころですが・・・。
感想お待ちしております。




