7口半め
ごろりと1つ、また1つ。
壇上に。
袖に。
下に。
酒樽と一緒にキリュウとシロガネも転がって。
トトの一人勝ち。
「さ、さすがだじぇ……」
「……おまえの奥さん、どーなってんだ」
お店に立っているときのまま。
体の大きさも全然違うのに、ひとりだけ水でも飲んでいたのかと思うほどケロッとしていた。
「このあとも、ぜひ、うちの串焼き食べてくださいね」
お店の宣伝も朗らかに、トトは壇上を後にする。
2回戦以降は、王者の挑戦者を決めるトーナメント戦となり、会場の熱気はまだまだ下がらない。
「いらんっ、みずはいらんぞっ。おりゃあまだのめるっ。さけをもってこぉいっ」
呂律の回らないキリュウと顔の赤いシロガネは、側近たちに肩を借りてロイユの元へ戻ってきた。
「いこう」
酔っぱらっても、祭りを見て回る約束を守ろうとするが、シロガネの足下はちょっとおぼつかない。
「しろぉ、まだのもう!」
「じゅーぶん付き合った……だろ……」
シロガネに肩を貸す側近に、キリュウを介抱するよう頼み、うざがらみを遠ざける。
「いこう、ロイユ」
「か、帰ろっ? 兄さん、ふらっふらだよっ」
「問題ない」
「が、うぅっ……」
鼻の利くネロは、あまりの酒臭さにロイユたちから離れ、
「ネロ、どうした?」
シロガネはそのことに気づかず、ネロを追いかけようとする。
「転んじゃう、兄さんっ」
ロイユひとりに止められるはずもなく、別の側近が駆け寄った。
「ロイユちゃん、シロガネさん連れて先に戻ってなよ。美味しそうなもの、適当に見繕ってくるからさ」
「がうがう!」
「キミのもね。シロガネさんの先導任せたよ?」
「がう!」
「良い子だ」
ネロはお屋敷を目指して、そのネロを追うシロガネをロイユが支えて、なんとか帰宅する。
ベッドに横になる頃には、シロガネは酩酊状態でぐったりだった。
ロイユは窓を開けて、扉も開けて、酒のにおいがこもるのを防いで。
「お水、だよねっ」
「がぅ」
中庭の井戸に水を汲みにいく。
「がぅがぅ」
「ネロもいるよね。たくさん走ったから」
「がう」
――酔っぱらいのせいでな。なんて、聞こえてきそうだった。
「ふふっ、お疲れさま」
ロイユがすくった水を、ごくごくと。
「兄さんもたまにはね。いつも私のことばかりだから」
『当分飲んでないおまえになら勝てる気がする!』
『言ってろ』
『シロガネさん、空きっ腹だとすぐ回りますよ』
『多少食ってるので。あの串焼き、旨かったです』
『味の好みはロイユちゃんと似てる?』
『まぁ』と、口角をあげた兄も、なんだかんだで楽しんでいるように見えた。
「――――そんな兄思いのお姫様なら、俺たちにさらわれてくれるよな?」
思い出にふけるロイユの背後に、見知らぬ男が立っていた。
会場の隅にいた、あの2人組のレインだが、ロイユとネロは初めまして。
「がるるっ」
ネロの威嚇を物ともしない。
ロイユたちの護衛は、買い出しとキリュウの介抱で出払っており、今日に限っては建物を警戒する者も人数を減らして、彼らに突破されていた。
――やーだ。お兄さんったら、べろんべろんじゃない。
――どけっ……!!
ルキスも、邪魔が入らないよう最強の用心棒に馬乗りになって足止め役を。
「口では拒絶するくせに、ぜーんぜん全然力が入ってない」
腹でも刺して弱らせようとしていたが、そんなことをするまでもないシロガネの体たらくさを笑った。
「――アタシとイイコト、しましょ?」
ルキスの腰を掴む手は熱っぽく、シロガネは開いた胸元をすっと撫でられても、払い除けられないでいた。
なら、
ロイユを守れるのは――――ネロしかいない。
小さな猛獣はレインに襲いかかった。が、簡単にあしらわれて、地面に叩きつけられる。
「ネロっ!!」
「手荒なことはしたくねぇんだ。それ以上動くんじゃねぇ」
ロイユはレインを睨んだ。
「はっ。餌の分際で生意気なんだよ」
レインはネロを跨ぎ、ロイユの首に手を伸ばした。
「――っ!!」
助けを呼べないよう気道を締め上げる――――その片腕を、ロイユは引きはがそうとするが、苦しくて力が入らない。
次第に視界が暗くなる。
落ちる寸前――……
ロイユのそばを――……
――……なにか……――が過ぎ去った。
薄れる意識の中、そのなにかを“熱い”と。感じたのと同時にレインは手を離した。
膝をつくロイユに背を向けて、苛立った様子で口を開けば、
「誰だてめえ」
「……」
ロイユも顔を上げ、レイン越しにその存在を確認する。
真っ黒なローブをまとい、目深に被ったフードで顔は分からないが、かざす手には火の玉が。
最初のは威嚇――次はない。
無言の圧力が中庭を覆った。
「魔術師がいるなんて聞いてねえぞ」
レインは大きな舌打ちをかまして、犬笛を吹いた。
――それは撤退の合図だった。
ルキスは這わせていた舌を終う。
伸ばしきった音色は失敗を意味していた。
「はあ?」と首を傾げれば、こちらに近づく大きな足音と、コインの摩擦音。
そして、
「見てよ、大勝ち!」と、顔を綻ばせるベルミリオがひょっこり現れる。
「あ」
端から見れば、イイ雰囲気。
やっちまったと凍り付いた隙をついて、こちらの不審者も撤退していった。
「本当にごめんっ。仙人だって、そーいうときあるよなっ。新月だし、ロイユちゃんが出かけてるときしか――――」
不審者の侵入に酔いが冷めたシロガネは、ベルミリオを無視して犬笛が聞こえた中庭へ急いだ。
「ロイユ!!」
見慣れないローブ姿の不審者と向かい合い、手を引かれている――――ように見えたシロガネは、その腕を斬り落とそうと腰に下げているナイフを抜いた。
「待って!! この子は――」
逃がすまいと手を握っていたのは、ロイユだった。
ロイユよりも少し小さい子の手を持ち上げ、細腕が露わになれば、その手首にはネロの首輪代わりだった黄色いハンカチーフが巻かれている。
「ごめんってー」と、シロガネを追いかけてきたベルミリオも、一瞬自分の目を疑った。
「……あれ。俺、飲み過ぎちゃってる?」
真っ黒なのはローブだけで、青白い肌に白髪と、淡さしか感じられない少年がそこにいた。
*
「キリュウには明日、説明するとして……」
ロイユの隣で麦粥を頬張るヒトの姿をしたネロに、シロガネの理解は追いついていなかった。
「ネロ、なんだな?」
「うん」
もちもちのほっぺたにご飯粒をつけて、目を伏せる。
「……えっと、その。ごめん、なさい。ずっと隠してて」
ネロは頑なにローブから着替えようとしなかった。
ぶかぶかで動きにくくても、隠したい跡がそこかしこに。手首を含め、両足首や首にある、擦れて爛れてできた痕は、繋がれていたことを意味していた。
「……魔法が使えるの、変、だから」
――小さくても強い生き物になって、ひたすら逃げた。
――疲れ果てたところをまた襲われた。
――痛くて、怖くて、寒くて、辛くて。
そこから救ってくれたロイユの温かさに、ネロは離れられないでいた。
「なっとくー、かも」
イスの背にもたれかかって、ネロを観察していたベルミリオは独自の主張をする。
「いやぁ不思議なニオイだったもん。マモノの子どもとか、マモノになりかけなのかなーって」
複雑なニオイだった、らしい。
そこに関してはシロガネも同意見だったが、「ノア教に売ったら、めちゃくちゃ金貨くれないかな」のよけいな一言に、怒りの鉄槌を下す。
ロイユとシロガネにとって、ネロはもう家族も同然だった。




