28話 制御
私の視線の先に、冷たく光るセミオートの魔導銃があった。
確かな存在感を放つその銃の構造の講義を、イリアから受けていた。
資材部の地下、射撃練習場に私たちはいた。
イリアは手慣れた手つきでスライドを引き、安全バーを外した。
そのあとで安全バーを戻し、スライド上部後方をしっかり押さえ銃口を逸らしたまま、私の手元に銃把を向けた。
「やってみろ」
「はい」
見よう見真似でスライドする。
とてもイリアのようには動かせない。
「魔導師が使う魔導銃は、魔導を込めて撃つ——」
魔導銃の手解きを受けているとき、刻印魔導師の紋章をつけた魔導師が弾を持って現れた。
「イリア師。闇魔導を刻んだ弾だ」
「さすがはセレブロ師、早かったな。……視界をこれで奪うんだな?」
セレブロは、弾をじゃらりと鳴らした。
「視界だけじゃあない。天地も狂わせる」
「持続時間は?」
「魔導拒絶反応によるが、理論上、魔熊だったら二分だ」
「完璧だ」
「ああ、完璧だ」
二人はにやりと笑った。
「これと魔導素中和弾があれば、魔熊も縛れるな」
「魔狼だったら、これだけでいける」
イリアの表情が、一瞬にしてハンターの顔つきになった。
「今すぐにも、試したいところだが……」
そして私を見る。
「まずはヴェーラには、催涙魔導弾を撃てるようになってもらおう」
「……はい」
「人を殺傷せずに制圧できる」
「!!」
人? 人に撃つ?
「部長から話は聞いただろう?」
「……はい」
「軍も何をしてくるか、分からん」
「……」
禁忌に触れた軍、所長を呼び戻したい軍……
軍人に本気で襲われたら、為す術もなく殺されてしまう。
——でも、人に銃を向けるなんて……
私はセミオートの魔導銃に目を落とした。
「殺傷能力はない、そのときは気兼ねなく撃て」
「……はい」
とは答えたものの、銃を持つ手が震えた。
「殺すな。拘束するんだ」
「! ……はい」
「契約局は”殺す組織”じゃない。”縛る組織”だ」
「分かりました!」
その言葉に力が入る。
前を向いた。
「まずは、この普通の弾で練習だ」
「はい」
「まずは、銃口の向きだ。人に向けるな、常に周囲を確認しろ」
イリアは淡々と、だが一語一語に重みを込めて言った。
「利き手は引き金、左手で魔導を流し込む——それでなければ魔導弾の効果は出ない」
「はい」
スライドを引くと金属の低い音が響いた。
イリアがそっと私の手を正しくセッティングする。
私は銃を構える。
「引き金に指を置くのは、撃つと決めた瞬間だけだ。反動は思ったより強い。腰を落として、視界を一点に絞れ」
「はい」
「左手に魔導を通すことで、普通の弾でも威力を発揮する」
私は息を整えた。
狙いを定めていくうちに、周囲の音が消える。
銃口の先のターゲット板が、照準と呼吸のはざまで揺らぐ。
その状態で左手に魔導を通す。
一キロの重みが、腕にじわじわ食い込む。
引き金が引けなかった。
「ふーっ」
張り詰めていた息が苦しくなって、吐き出した。
銃口が下を向く。
「ゆっくりでいい」
イリアが後ろから優しく言った。
私は深呼吸を一度して、また構えた。
左手に魔導を通す。
制圧するためだ。
私は決意した。
「撃ちます」
引き金を引く瞬間、昨日のBー88の顔が思い浮かんだ。
左手に流した魔導が、ぶれた。
パン!!
……ダン!!
「きゃ……」
乾いた音が地下の射撃場にこだました。
手首に強い衝撃を受けたあと、体ごと反動で後方に持っていかれた。
弾はターゲット板にかすりもせず、火花を散らし壁に大きな弾痕を残した。
「さすが、魔導係数11を切るだけはある……」
衝撃で倒れ込む私を、イリアが後ろから支えた。
火薬の匂いが漂った。
「反動を受け止める姿勢を忘れるな。踏ん張りが命中率を左右する」
「……はい」
魔導を込めた弾の威力はすごかった。
魔導灯がクレーターのような着弾点を照らした。
「……魔導防御が……弾けた……すごいな!」
イリアの声が一瞬、はずんだ。
——でももし、あれが人に当たったら……
息を呑んだ。
「もう少し魔導を抑えていい」
「はい」
私は両足を踏ん張り、腰を落とした。
集中する。
銃を把持する右手と左手に流した魔導の感覚が、研ぎ澄まされていく。
そして魔導を抑える。
でも、一度流した魔導は止まらなかった。
「……っ」
え? こんな流れじゃ——
「撃つな、ヴェーラ——!」
イリアの声が遅れて届いた。
引き金が落ちた。
——轟音、次いで射撃場が揺れた。
爆ぜるような衝撃が腕を突き抜け、視界が白く弾けた。
ターゲット板は跡形もなく吹き飛び、奥の防壁に黒い焦げ跡が円状に広がった。
耳鳴り、焦げた匂い、震える銃口。
気づくとイリアの腕の中にいた。
そして、腰が抜けたように崩れ落ちる。
手から魔導銃が転がり落ちて、金属音を立てた。
「嘘だろ……」
呆然としたイリアの声が頭の上で響いた。
「ヴェーラ……立てるか?」
「……はい」
立ち上がったが、すぐにふらつく。
イリアが後ろから支えた。
「おいおい。爆裂魔導弾でも、ぶっ放したか?」
音を聞いたセレブロが上から降りてきて、二つのクレーターを見て言った。
「いや通常弾だ……」
イリアが首を振った。
「マジかよ。……ヴェーラ師、顔色が悪いぞ」
セレブロが私を見て、眉を顰めた。
「大丈夫です……」
とは言ったものの、放心状態だった。
なに……あれ。
私が、やったの?
床に転がるセミオートの魔導銃を見た。
——怖い……
「少し、休もう」
「……はい」
私はベンチに座った。
「これは補修が必要だな……」
セレブロがため息をついた。
イリアが並んで座り、深呼吸をした。
「危険だが……魔導銃は必要だ」
「……はい」
「休憩して落ち着いたら、魔導は流さずに撃ってもらう」
「え?」
「まずは、射撃に慣れてからだ」
「はい……」
まだ両手はジンジンしていた。
深呼吸をして、落ち着かせる。
「大丈夫だ。外では催涙魔導弾しか持たせない」
「……分かりました」
「殺傷能力は、……ないはずだ」
「……」
本当に……?
イリアは自信なげに言った。
紅茶で一服したあと、また射撃訓練をすることになった。
「出来るな?」
「はい。やります」
また銃を手に持つ。
あの衝撃を思い出す。
「大丈夫。あれだけの衝撃はもうない」
「そう、ですよね」
イリアの指導が始まる。
「作動音を聞け。異音は故障の前触れだ。慌てず規則に従え」
「はい」
パン!
銃口が跳ね上がり、弾はターゲット板のはるか上を通過した。
「グリップが甘い。もっと絞るように」
「はい」
パン!
「当たらなくて良い。まずは基本姿勢だ」
「はい」
パン……
*
「まあ、今日はここまでだ」
「……はい」
イリアが終了を告げた。
やっと、終わった。
緊張の連続だった。
「まだ、実戦では使えないな」
「……はい」
「しばらく毎日、訓練だ」
「え……?」
頭がくらくらした。
魔導を流しっぱなしの私の左手は、悲鳴を上げていた。
昨日、八十八人の蛮族の契約を施し、午前中は射撃訓練。
明日からも……?
もう午前中だけで疲れ切っていた。
でも、やらないと。
あの魔導銃を制御できないと、また魔狼や魔熊に襲われたとき、今度こそ死ぬ。
「分かりました。やります」
私は力強くうなずくのだった。




