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共犯者

帝都ルミナリスの中枢、軍事作戦本部の一室。


重厚な樫の扉が閉ざされ、室内に漂うのは古紙の乾いた匂いと、冷徹な理性の気配のみである。


リアムは上座に座る老将軍と、その脇に控える数名の将校、そして冷ややかな視線を向けるフィオナに対し、一枚の報告書を滑らせた。


羊皮紙が卓上を滑る微かな音が、沈黙を切り裂く。


「報告にあった帝都近郊における魔力爆発及び管理番号704の重篤な損壊についてですが」


リアムは口元に柔らかな笑みを湛え、聖職者特有の穏やかな声色で語り始める。


「結論から申し上げますと、あれは特務兵器の実戦稼働試験における事故でした。……少々、負荷をかけすぎましてね」


嘘である。


だが、その嘘には真実よりも重い説得力が付与されていた。


現場に残された魔法の痕跡は、すでに鴉部隊によって撹乱されている。


主教の死体も、インプの灰も、すべては「訓練用標的」の残骸として処理済みだ。


老将軍が眉をひそめ、書類に目を走らせる。


「左腕の欠損……。貴重な検体を、訓練で壊したと言うのかね、リアム司祭」


「ええ。ですが、ご安心を。……再生能力のテストも兼ねておりました」


リアムは淀みなく続ける。


「結果は良好。彼女はゼノン卿の魔力供給を受け、驚異的な速度で四肢を再構築しました。このデータは、将来的な生体兵器開発において極めて有用なサンプルとなるでしょう」


フィオナが琥珀色の瞳を細め、鋭く指摘する。


「偶然にしては、状況ができすぎているわ。……現場の魔力残滓には、高位の腐食呪詛が含まれていたという報告もあるけれど」


「ええ、実戦を想定し、私が保管していた禁忌指定の呪物を標的として使用しました」


リアムは瞬き一つせず、フィオナの視線を受け止める。


「彼女の道具としての適応能力を測るには、極限状態が必要でしたから」


彼は懐から、もう一枚の書類を取り出した。


(これも一部はリアムが捏造し、リリスの功績として付加したものだ)


それは、リリスがシュトラウス男爵から奪取した輸送計画の脆弱性に関する報告書と、彼女が単独で収集した反帝国組織の内通者リストであった。


「そして、これが彼女が試験中に並行して行った諜報活動の成果です」


リアムは書類をフィオナの前に置く。


フィオナが目を通すにつれ、その冷徹な表情に微かな驚愕が走る。


「……これは。防諜局が半年かけても尻尾を掴めなかった案件ね」


「左様。管理番号704は、単なる暗殺者ではありません。……彼女は、帝国の影に潜む病巣を嗅ぎ分ける、極めて優秀な猟犬なのです」


リアムは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。


「このような多機能かつ高性能な生体兵器を、単なる消耗品として使い潰すのは……経済的観点から見ても、甚大な損失かと存じますが」


室内の空気が変わる。


将校たちが顔を見合わせ、頷き合う。


使い捨ての奴隷から、代替不可能な戦略資産へ。


リアムの巧みな弁舌と、捏造された実績の積み上げにより、リリスの価値定義が書き換えられていく。


「よろしい」


老将軍が重々しく頷いた。


「管理番号704の運用については、引き続きゼノン・アークライト卿及びリアム司祭の監督下に置く。……ただし、次なる損耗は許されんぞ。貴重な戦力だ」


「肝に銘じます」


リアムは恭しく一礼する。


その胸中で、安堵と自嘲が交差する。


これで、少なくとも軍部からの安易な廃棄命令や、無謀な特攻指示は防げる。


彼女を「高価な資産」に仕立て上げることで、皮肉にもその身の安全を買ったのだ。


会議が終わり、将校たちが退室していく。


フィオナがすれ違いざま、リアムの耳元で囁く。


「……食えない男ね。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかしら」


「全ては主の御心のままに」


リアムは聖印を切る仕草で煙に巻く。


フィオナは鼻を鳴らし、踵を返して去っていった。


一人残された会議室で、リアムは窓の外を見下ろした。


雨上がりの帝都は、冷たく澄んだ空気に包まれている。


彼は自分の掌を見つめる。


インクの染み一つない、綺麗な手だ。


だが、その手はリリスという少女を共犯の泥沼に引きずり込み、今また彼女を欺瞞の塔の上に縛り付けた。


「……すまないな、リリス」


彼は誰にも聞こえぬ声で呟く。


「だが、これで暫くはお前を壊そうとする手は届かない。……あの潔癖な英雄様の下で、精々、人間らしい夢を見るといい」


彼は知っている。


この平穏が、薄氷の上に築かれた城であることを。


いつか真実が露呈し、全てが崩壊する日が来るかもしれない。


それでも、彼は嘘を積み重ねることを止めない。


それが、彼が選んだ「友」としての誠実さであり、リリスという「共犯者」への最大限の敬意なのだから。


リアムは報告書の束を鞄に収め、足音高く部屋を後にした。


その顔には、再び人好きのする牧師の仮面が、完璧に張り付いていた。

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