【03】『伝言』
聚楽第から黒田別邸に戻ると、叔父の重利がまだ残っていた。
「叔父上、まだいらっしゃったのですか?」
あからさまな左京の嫌な顔に、重利も苦い顔になる。
「まだ大事な事を、伝えていなかったからな」
「大事な……事ですか?」
いきなり縁談話を持ってきた以上に、大事な事とはいったい何だろうか。
左京は叔父が何を言ってくるのだろうかと、猛烈に嫌な予感がする。
「此度の縁談について……、亡き義兄上から、お前に言っておく事がある」
「父上から――?」
これには左京も面食らってしまった。
重利は竹中半兵衛の父重元の弟重光の息子で、正室は半兵衛の妹という二重の縁で結ばれている。だから何か特別な伝言を預かっていても不思議ではなかった。
だが自身亡き後、息子の縁談に際し残した伝言など、あまりに不可解すぎる。
(どうせ、ロクな内容じゃないぞ……)
警戒心ありありで左京が身構えていると、
「加藤光泰殿の御息女との婚姻――、条件がある」
(はあっ? 何言ってんだこの人……)
そっちから縁談話を持ってきておきながら、条件があるとは、なんという言い草だろうか。
だが重利は、そんな左京の思いなど意に介さず、話を進めていく。
「左京。加藤光泰殿と義兄上の間柄を知っているか?」
「…………」
「だろうな。では教えてやろう」
左京の煮え切らない反応などなんのその、重利は問答無用である。
重利が話した内容はこうだ――。
元亀二年(一五七一年)九月。織田信長は浅井長政の小谷城を攻略するべく、南方の横山城に羽柴秀吉を在番させ、浅井勢の動きを完全に封じていた。
だが、秀吉が岐阜城の信長のもとに赴いたのを好機とみた浅井勢は、突如横山城に軍勢を差し向け、奇襲攻撃を行った。
この時の城代が竹中半兵衛で、元斎藤家の家臣で秀吉付きとなっていた加藤光泰も、迎撃の先手として先陣を切って出撃した。
光泰は奮闘したものの、浅井勢の勢いも凄まじく、ついに膝に深手を負って絶対絶命の危機となった。その時、半兵衛自ら『偃月の陣』で城から打って出た。
同時に光泰が時間を稼いでくれたおかげで、半兵衛が後方に回り込ませた不破矢足の手勢も挟撃を仕かけ、浅井の軍は散々に蹴散らされ敗走した。
救助された光泰は、半兵衛が大将自ら先頭に立つ陣形で自分を救ってくれた事に感激し、浅井勢の撤兵後、
「竹中殿、この御恩は一生忘れませぬ――。つきましては、どうか我が加藤家と縁を結んでくだされ」
と、感涙にむせび泣いた勢いのまま、いきなり竹中家と加藤家の縁談を申し入れてきた。
「……ありがたいお話ではございますが」
「わ、我が加藤家では不服でございますか?」
少し困った顔の半兵衛に、光泰はまた泣きそうな顔になる。
「いえ――。私には、息子も娘もいないのです」
半兵衛に嫡子――左京が生まれるのは、この二年後の事であった。
「な、なんと。あ……」
「どうされました?」
「そういえば、私にも嫁がせる息子も娘もおりませなんだ……」
光泰の空回りに、横山城内は途端に笑いに包まれたのであった。
(いったい私は、なにを聞かされているのだろうか……)
父、半兵衛と加藤光泰の縁は分かった。だが左京が知りたいのは、光泰の娘――春陽との婚姻の条件である。それを微笑ましい昔話を聞かされて、余計に気が重くなってきた。
(だが、ちょうどいい)
条件があるのなら、それを果たさなければ破談になるという事である。
そんな左京の悪い考えも、重利はすでに織り込み済みなのか、
「では左京――。明日にも、加藤殿の屋敷に挨拶に行け。そこで義兄上が出された『条件』も明かしてもらえる」
と、あっさりと言ってのけた。
(いやいやいや、知らないんだったら、もったいつけた昔話なんかするなよ!)
そう叔父に突っ込んでやりたかったが、冷静に考えれば重利もただの使者なのである。その裏にいるのは淀殿――。という事はこの縁談は、左京にとって主命にあたる。これを無下にする事はできないし、段取りが出来上がっているのなら、おとなしく従っておいた方がよい。
それに左京が色よい返答をしなければ、同じく主命を帯びた叔父は、このままいつまでも帰らないであろう。
(やれやれ、なぜこうなった……)
ひと通りの『損得勘定』を終えると、左京は加藤光泰邸に赴く決意を固めた。
翌日、使いを立てて訪問の意を伝えると、加藤光泰もちょうど屋敷におり、そのまま面会の運びとなった。
しかもご丁寧に、迎えの者を寄越すので、そのまま待っていてほしいとの事だった。
面倒な事をすると思ったが、仕方がないので待っている間、左京はぼんやりと考え事をしていた。
正直、唐入りだけでなく、石田三成から依頼された一向宗の件もあるので、この時期に婚姻というのは、どうにも気乗りがしなかった。
だが、これが淀殿との許されざる恋の『けじめ』だとするなら、左京にはそれに応じる義務がある。
それに、どうせ対処しなければならない案件なら、簡単なものから終わらせた方がいい。加えて『損得勘定』で考えても、これは悪い話ではないのだから。
かつて半兵衛の朋輩だった加藤光泰は、今や甲斐二十四万石の領主となり、豊臣政権内では一定の地位を得ている。
加藤家と縁戚になれば、菩提山五千石という小領主の左京にとって、黒田家に続く大きな後ろ盾ともなる。
叔父の重利も秀吉の直臣として馬廻組頭を努めているが、官位もなく家格はけっして高くはない。
竹中家のためにもなるのなら、左京一人が我を張っている訳にもいかない。
頭では分かる――。でも心は割り切れない。
左京が目を伏せていると、黒田屋敷の使い番が、加藤家からの迎えが到着したと知らせてきた。
(さて、行くか――)
気乗りしないまま、玄関まで進むと、
「左京様」
と、女の声がした事に左京は目を見張る。
目の前にいるのは、武家装束に身を包んだ若武者だ。
(いや……)
左京は息を呑む。
「菩提山の時以来ですね」
笑顔を向けてきた若武者の正体は、なんと男装してきた春陽だった。




