4、堅実で賢い男
「さっきの挨拶でも言ったでしょう、わたしは次期森の管理人よ。ゾーラくんが期待しているようなお金持ちにはなれないと思うわ」
「誤解だなー。オレが求めてるのはお姫様じゃなくて、将来安定してお金を稼いでくれる堅実で賢いパートナー。贅沢ざんまいの裕福な暮らしがしたいわけじゃなくて、オレが必死に働かなくても生きていけるような丈夫な根っこがほしいんだ」
『根』と言うならば、土地に根づいて仕事をする森の管理人はたしかに安定している。お給料は国から出ているわけだし、めったなことが起こらない限りは倒産の心配もない。
魔導革命における罪人の烙印も、いまとなっては歴史書の出来事だ。森からほとんど出られない不自由さに釣り合うだけの補助金だって、ちゃんと支給されている。わたしとおばあちゃんの暮らしにゾーラくんを加えても、家計はそこまでひっぱくしないだろう。
なるほど、とあらためてゾーラくんを見る。
目尻の吊った大粒の瞳、口角がきゅっと持ち上がった小動物のような口もと。かわいらしい見た目は変わっていないはずなのに、いまはあどけなさとは反対の印象を感じた。
「堅実で賢いって、あなたのことね。いまからそんなふうに将来のことを考えられるってすごいことだわ。……やっぱり、こうして二人きりで話してみてよかった。あの自己紹介だけじゃ、気づけなかったことだもの」
「オレも、オードリーちゃんのこと知れてよかった。きみさ、教科書に載っていないことはとことん苦手なタイプだ。こんな簡単に、しかもきみを狙ってるのがわかりきってる男子と二人になるなんて迂闊すぎじゃない?」
そう言うけれど、わたしの部屋を一人で訪ねてきたのはゾーラくんだ。
エントランスで会えなかったペーチェル魔導院の教員代表——エクレール=バートリという若い女の先生が、どうやら船内で迷子になっているようで、船員とペーチェル生たちが捜索するあいだわたしたちクレメール生はいったん自室に落ちつくことになった。
「長旅で疲れてるからサボりたい、お願いだからかくまってほしいって、あなたが言ってきたんでしょう」
「嘘じゃない。そもそも断られること前提だったし。返答の仕方で、きみたちがつきあっているかどうかわかるかと思ったんだよ」
「きみたちって?」
「それはわかっててとぼけてるね。オレ、人の嘘に敏感なの」
ゾーラくんは椅子に座ったまま足を組んで、腿に頬杖をつきながら右目を眇めた——緑色だった瞳が、光の加減か赤く見えた。
わたしは鑑定される宝石になったような気持ちで、ベッドの上に居ずまいを正す。
「……で、実際のところどうなの?」
一切の誤魔化しが通用しないとわかる、心の奥底まで届くまっすぐな視線だった。
だからわたしは、正直に答えるしかない。
「どう、なのかしら……」
「え?」
「あなたの言うとおり、わたし、教科書に載っていないことはなにもわからなくて……昨晩からもう、すっかり参ってしまっているのよ……。ふつう、キスをしたら告白があるものじゃないの? 相手のことが好きで、つきあいたいと思ってキスをするのよね? それともまさか、わたしの杖として契約しただけだったりするのかしら。ねえ、彼がなにを考えているのか、ゾーラくんならわかる?」
「ま、待った待った、落ち着いて」
ネンネにも相談できなかったことが、するすると吐き出された。
彼の視線を前に腹をくくったということもあるけれど、出会って間もないひとだということがかえって話しやすかった。一度たがを外してしまえば、待っていたとばかりに不安が飛び出して、自分じゃ止められなくなる。
涙こそ出ていないものの、泣きじゃくる子供と変わらないわたしの支離滅裂な話を、ゾーラくんは根気よく聞きながら少しずつ解きほぐしていってくれた。
おかげで、こんがらがって巨大な毛玉になっていた感情がすっきりと整えられていく。
告白がなかったことで、わたしはクォーツにふられたのかもと、不安になっていた。
彼がわたしたちの関係に『恋人』と名づけるつもりがさらさらないのだとしたら、それはすごくさみしくて切ない気持ちになる。
そんなのは片想いだ。キスをしたからとか、これからもそういうことがしたいとか関係なく、わたしは彼とつきあいたい。つまり、だから、わたしはクォーツが好き。
「……ありがとうゾーラくん。おかげでわたし、臆病になっていたことに気づけたわ。たとえふられるかもしれなくても、待っているんじゃなくって、自分から告白しないと」
「うーん、猪突猛進だなあ。それはさー、試験勉強なしで受験に挑むようなものだよ」
わたしにもわかりやすいように、ゾーラくんは言葉を選んでくれる。
「オレもべつに恋愛の達人ってわけでもないし、ていうかむしろ、そういう駆け引きは苦手な質なんだけどさ。そのー、話だけ聞くと、いまのきみたちっていわゆる友達以上恋人未満なのかなって思うんだけど……」
友達以上恋人未満。
ふわっとした表現だけれど、たしかにわたしたちの関係はそこに内包されている。
「それが一番心地いいってひともいる。もしかしたら、クォルツくんもそうなのかもしれないよ。だけど恋人の甘い蜜も我慢できなくて、つい手を出してしまった……みたいな」
「クォーツは……よくわたしをからかうし、嘘もつくけど、そんなふうにいい加減な気持ちでひとをもてあそんだりはしないわ」
「それじゃあ、なにかしら恋人に踏み切れない理由がある。どちらにしたって、無策で突撃するのはきみにとって不利すぎる」
冷静にゾーラくんがさとしてくれるから、わたしも落ち着いてうなずくことができた。
「いまきみにとってもっとも重要なのは、恋人にしたいと思わせるほどクォルツくんに好かれること。それから、彼が恋人に踏み切れない理由を探ること。そのあとでようやく告白の計画だよ。どうしてキスされたのかなんて、おのずとわかってくることだと思う」
「うん……ありがとうゾーラくん。その、今さらだけど、あなたはわたしをお嫁さんにと思っているわけでしょう? どうしてクォーツとのこと、こんなに親身になってくれるの?」
「本当に今さらだね。まー、これほどあけすけに眼中にないことを示されたらねー」
それに——と。
背もたれに身体を投げだして、ゾーラくんは天井を仰いだ。
閉じられたまぶたの、右目だけがうっすら開かれて、赤い光を湛えてわたしを映す。
「それだけ純粋な気持ちは報われなくちゃ。……んー、うまくいかないなー。オレ、きみのこと本当に好きになれそうだったのに」




