第二十一話 リリはちゃんと覚えてる
「ええっ、今日もいっぱいなの?」
風呂屋の受付に、残念そうな声が響いた。
「申し訳ありません。本日のほぐしは、すべて予約が埋まっていまして……」
モニカが頭を下げると、常連客のマルタは困ったように笑った。
「あらあら。最近は本当に人気のお店になったわねぇ」
「明日でしたら、まだ空きがあるんですが」
「明日は娘が仕事だから、私が孫の面倒を見なくちゃいけないのよ。今日は娘がお休みになったから、久しぶりにゆっくりできると思ったんだけど」
「そうでしたか……」
「娘の休みも、なかなか前もって決まらないのよ。だから予約するのも難しくてねぇ」
「それは大変ですね」
「いいのよ。今日はお風呂だけにするわ」
マルタは入浴料を払い、浴場へ向かった。
その背中を見送りながら、モニカは予約帳に目を落とした。
最近、こうしたことが増えている。
風呂屋の評判が広まるにつれて、ほぐしを希望する客も増えてきた。施術は予約制にしているものの、希望の時間が埋まっていて、諦めてしまう客も少なくない。
「ねえ、モニカ」
受付の椅子に座っていたリリが顔を上げた。
「マルタおばさん、今日来ると思ってたよ」
「そうなの?」
「うん。昨日、娘さんがお休みになったって言ってたもん」
「そっか。先に予約してもらえたらよかったね」
「でも、マルタおばさん、娘さんのお休みがいつになるか分からないって、よく言ってるよ」
「そうだね。予定を決めにくいお客様もいるものね」
モニカは頷いた。
お客様には、それぞれの暮らしがある。
毎週決まった日に休める人もいれば、仕事や家族の都合で、直前まで予定が分からない人もいる。
そんなことを考えていると、入口の扉が勢いよく開いた。
「こんにちはぁ! ああ、やっとお風呂に来られた!」
「あっ、ルチア姉ちゃん!」
リリの顔がぱっと明るくなった。
入ってきたのは、鮮やかな紫色の巻き髪を華やかにまとめた若い女性だった。
長い睫毛に、薄紅色の唇。金の刺繍が入った深い紫のドレスに、耳元で揺れる宝石の飾り。
ひと目で人目を引く彼女は、町の酒場で夜の接客をしているルチアだ。
「あらぁ、リリちゃん!」
ルチアはリリを見つけると、嬉しそうに両手を広げた。
「今日も可愛いわねぇ!」
「ルチア姉ちゃん!」
駆け寄ってきたリリを、ルチアがひょいと抱き寄せる。
そして、その小さな頬を両手で挟んだ。
「んーっ! このほっぺ!」
ぷに、ぷに。
「むぐっ! やめへよぉ!」
「ふふっ。相変わらず柔らかいわぁ」
「もうっ!」
解放されたリリは頬をさすりながら、口を尖らせた。
「ルチア姉ちゃん、来るたびにそれするんだから!」
「だって、可愛いんだもの」
「それ、いつも言ってる!」
「本当のことは何度言ってもいいでしょう?」
「……もう!」
リリは呆れたように言ったものの、口元には笑みが浮かんでいた。
ルチアは子どもが好きで、風呂屋に来るたびリリとおしゃべりをしていく。
リリも、気取らずに話せるこのお姉さんが好きだった。
「今日はお仕事お休み?」
「そうよ。週明けはお店の定休日なの」
「知ってるよ! だから今日来ると思ってた!」
「あら、待っててくれたの?」
「ううん。来るかなーって思っただけ」
「そこは待ってたって言ってほしいわねぇ」
ルチアはわざと残念そうに肩を落としてみせた。
リリがくすくす笑う。
「ルチアさん、いらっしゃいませ」
モニカが声をかけると、ルチアはほっとしたように笑った。
「モニカさん、今日はゆっくりさせてくださいね。昨日は本当に忙しくって」
「週末はお店が賑わうんですか?」
「もう大変。お酒を運んで、お話しして、またお酒を運んで……。酔ったお客さんに同じ話を三回も聞かされたのよ」
「あはは。それはお疲れさまでした」
「しかも、ずっと立ちっぱなし。もう脚が棒みたい」
ルチアは大げさにため息をついた。
リリが首をかしげる。
「脚が棒になったら、歩けなくなっちゃうよ?」
「ふふっ。そうね。だから今日はお風呂で柔らかくしてもらおうと思って」
「ほぐしも受ける?」
「できればお願いしたいんだけど……」
モニカは申し訳なさそうに首を横に振った。
「すみません。今日はもう予約がいっぱいで」
「あら、残念」
ルチアは少し肩を落としたものの、すぐに笑顔に戻った。
「じゃあ、今日はお風呂を楽しませてもらうわ。お休みの日くらい、のんびりしたいもの」
「うん! ゆっくり入ってね!」
「ありがとう、リリちゃん」
ルチアはもう一度リリの頬に手を伸ばそうとした。
けれど、リリはさっと後ろへ下がった。
「もう、二回目は駄目!」
「あら、残念!」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
夕方になると、パン屋のトマスがやってきた。
「こんにちはー!」
「あっ、トマスさん!」
「おう、リリ。今日も元気だな」
「今日は市場、忙しかった?」
「ああ、朝から大忙しだったよ。ようやく落ち着いたところさ」
「じゃあ、明日はお休みだね!」
「おっ、よく分かったな」
「だって、市場の次の日はお休みだって言ってたもん」
トマスは笑った。
「そういや、そんな話もしたな」
そのやり取りを聞いていたモニカが尋ねた。
「トマスさん、明日はまだほぐしに空きがあるんですが、ご予約されますか?」
「おっ、それはいいな。じゃあ、頼もうかな」
「ありがとうございます。午後の早い時間はいかがでしょう?」
「ああ、それで頼むよ」
モニカが予約帳を開くと、リリが横から覗き込んだ。
「トマスさん、いつもお風呂のあとにほぐしてもらうよね?」
「ああ。そのほうが気持ちいいからな」
「じゃあ、少し早く来たほうがいいね」
「そうだな。じゃあ、明日は早めに来るとするか」
予約を済ませたトマスが浴場へ向かったあと、モニカはリリに尋ねた。
「リリって、お客さんがいつ来るか、よく覚えてるんだね」
「うん。だいたい分かるよ」
「例えば?」
「ハンスさんは仕事が早く終わった日。マルタおばさんは娘さんがお休みの日。ルチア姉ちゃんは週明けのお休みの日!」
「なるほど……」
「でも、いつも同じじゃないよ。ルチア姉ちゃんも、この前は違う日に来たし」
「そうだね。お仕事の都合もあるものね」
モニカは予約帳を眺めた。
ここに書かれているのは、名前と時間だけ。
けれど、リリはお客様との何気ない会話から、それぞれの暮らしや都合を覚えている。
その情報があれば、今までより予約を取りやすくできるかもしれない。
「……よし」
モニカは帳簿を閉じた。
「リリ、明日の朝、ちょっと手伝ってくれる?」
「なにするの?」
「お客さんが予約しやすくなるものを作ろうと思うんだ」
「へえ! やる!」
◇
翌朝。
受付には、木製の大きな板と、小さな赤い木札が並んでいた。
「これ、なあに?」
「今日の予約状況を知らせる表だよ」
モニカは板を立てかけた。
施術時間が三十分刻みで並び、モニカとフィオナ、それぞれの予定が分かるようになっている。
「予約が入っているところにだけ、赤い札を掛けるの。何もないところは空き時間だよ」
「へえ、簡単だね!」
リリは赤札を手に取った。
「じゃあ、ここが予約だったら……」
一時間の予約が入っている二つの枠に、赤札を掛ける。
「こう?」
「うん、そうそう」
「できた!」
リリは満足そうに笑った。
店頭に出すのは当日の予約状況だけ。先の日付の予約は、これまでどおり店内の予約帳で管理する。
お客様には、日時と担当者を書いた小さな紙の控えを渡すことにした。
「わたしも書いていい?」
リリが紙を覗き込む。
「もちろん。字は書ける?」
「書けるよ!」
リリは得意げに胸を張った。
「前にいた孤児院で教えてもらったんだ。字を覚えるの、わたしが一番早かったんだから!」
「そうだったんだ」
「うん! 先生も褒めてくれたよ」
リリは嬉しそうに筆を受け取った。
「じゃあ、トマスさんの予約を書いてみようか」
「うん!」
リリは小さな紙を机に置き、真剣な顔になった。
日付を書いて、時間を書いて、最後に担当者の名前を書く。
一文字ずつ、丁寧に筆を動かした。
「……できた!」
リリが紙を持ち上げた。
「どう?」
「うん。ちゃんと読めるね」
「えへへ!」
リリは嬉しそうに笑った。
横から覗き込んでいたミーナが声をかける。
「リリ、せっかくだから何枚か用意しておきましょうか」
「うん! わたし、書く!」
「じゃあ、あたしは紙を切っておきますね」
「お願い!」
二人は並んで机に向かった。
ミーナが紙を揃え、リリが記入欄を書いていく。
しばらくすると、受付の机には小さな予約用紙がきれいに積み重ねられた。
「ねえ、モニカ」
「なあに?」
「これ、お客さんが持って帰るんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、間違えないように書かないとね」
「うん。大事な約束だからね」
リリはもう一度、自分の書いた文字を見つめた。
「……うん。大丈夫!」
そう言って、にこっと笑った。
◇
新しい予約表は、さっそくお客様の目を引いた。
「おや、これは何だい?」
常連客のハンスが、入口で足を止めた。
「ほぐしの予約表だよ!」
リリが元気よく答える。
「赤い札がないところなら、まだ空いてるの!」
「なるほど。じゃあ、今日はこの時間なら受けられるのか?」
「うん! 予約するなら受付で聞いてね」
「分かったよ」
ハンスは予約表を眺めたあと、受付へ向かった。
それからも、風呂屋へ来た客が何人か足を止めた。
「今日はもういっぱいなのね」
「明日の予約はできるかい?」
「明日の分は中の予約帳で見るよ!」
リリが答えると、客は頷いて中へ入っていく。
店頭の表があれば、その日の空き状況は一目で分かる。
先の予約も、受付で確認すればいい。
モニカは受付から、その様子を眺めていた。
「これなら、少しは予約しやすくなるかな」
「なりますよ、きっと」
ミーナが笑った。
「お客様に何度も聞かれなくて済みますし、あたしたちも助かります」
「そうだね」
リリは入口で、ハンスに何やら話しかけられていた。
「えっ、明日は朝からお仕事なの?」
「そうなんだよ。休みのはずだったんだが、急に頼まれちまってな」
「じゃあ、夕方なら来られる?」
「それなら大丈夫だな」
「ちょっと待ってね。予約帳を見てくる!」
リリはぱたぱたと戻ってきた。
「モニカ、明日の夕方って空いてる?」
「確認してみようか」
二人は並んで予約帳を覗き込んだ。
◇
そして、次の週明け。
「こんにちはぁ!」
昼過ぎの風呂屋に、明るい声が響いた。
「あっ、ルチア姉ちゃん!」
リリが顔を上げる。
入口には、いつもの華やかな装いのルチアが立っていた。
紫の巻き髪がふわりと揺れ、髪に飾った小さな花が、窓から差し込む光を受けて輝いている。
「リリちゃーん! 会いたかったわぁ!」
「またそんなこと言って!」
「あら、本当よ?」
ルチアは両手を伸ばした。
リリは身構える。
「……また、ほっぺ?」
「もちろん!」
「やっぱり!」
ぷに、ぷに。
「むぐぅ!」
「ふふっ。今日もいい柔らかさ!」
「もうっ!」
リリは頬をさすりながら、笑った。
「今日はお仕事お休み?」
「そうよ。昨日まで忙しかったから、今日は何もしないって決めてるの」
「何もしないのに、お風呂には来るんだ?」
「お風呂は別よ。これは大事なお休みの楽しみなんだから」
ルチアは片足を軽く持ち上げた。
「ああ、脚が重い。昨日なんて、閉店までほとんど座れなかったのよ」
「じゃあ、いっぱい温まってね」
「そうするわ」
ルチアは入口の予約表を見上げた。
「あら、今日はほぐし、もういっぱいなのね」
「うん。赤い札がいっぱい」
「残念。今日はお風呂だけね」
そう言ってルチアは入浴料を払い、浴場へ向かった。
リリはその背中を見送ると、受付の椅子に座った。
◇
それから、しばらくして。
「すみません!」
一人の若い男性が受付へ駆け込んできた。
「今日のほぐしを予約していた父なんですが、急用で来られなくなりまして!」
モニカは予約帳を開いた。
「ああ、こちらのご予約ですね」
「はい。申し訳ありません」
「いえ、ご連絡ありがとうございます」
男性が帰ると、モニカは予約帳の予約を取り消した。
「リリ、入口の赤札を外してくれる?」
「うん!」
リリはすぐに予約表へ向かった。
予約がなくなった時間帯から、赤い木札を二枚外す。
これで、一時間の空きができた。
リリは札を手にしたまま、ふと浴場のほうを見た。
「……あっ」
そういえば。
ルチア姉ちゃん、まだお風呂にいるはずだ。
今日はお休みで、何もしないって言っていた。
「モニカ!」
「なあに?」
「ルチア姉ちゃん、さっきほぐし受けたそうにしてたよね?」
「そうだったね」
「今ならできる?」
モニカは予約帳を確かめた。
「うん。次の時間が空いたから、ご案内できるよ」
「じゃあ、聞いてくる!」
リリはぱっと笑顔になった。
◇
ちょうどそのころ、ルチアはお風呂から上がったところだった。
「ああ、いいお湯だった……」
髪を軽くまとめ直しながら、ルチアが脱衣室から出てくる。
すると、入口の近くでリリが待っていた。
「ルチア姉ちゃん!」
「あら、リリちゃん。どうしたの?」
「ほぐし、受ける?」
「え?」
「さっき予約がなくなったんだよ。今なら受けられるって!」
ルチアは目を丸くした。
「本当に?」
「うん!」
「あらまあ! それは嬉しいわねぇ!」
ルチアはぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、ぜひお願いしようかしら」
「ちょっと待ってね!」
リリは受付へ走った。
「モニカ! ルチア姉ちゃん、受けたいって!」
「うん。じゃあ、ご案内しようか」
「やった!」
リリは予約帳にルチアの名前を書き込んだ。
そして、入口の表に赤札を掛けに行く。
今度は、二枚続けて。
ことり、ことり。
小さな木札が、軽い音を立てた。
「……よしっ!」
リリは満足そうに頷いた。
◇
「今日は急にお願いしてしまって、ごめんなさい」
施術室へ案内されたルチアが、少し申し訳なさそうに笑った。
「いえ。ちょうど空きができたところでしたから」
モニカは柔らかく微笑んだ。
「今日は脚がお疲れなんですよね?」
「そうなの。もう、ふくらはぎが重くて。腰も痛いし、肩までがちがち」
「ずいぶん頑張ってお仕事をされていたんですね」
「週末はお客さんが多いのよ。お酒を運んで、席を回って、お話しして……気づけば閉店の時間なの」
「では、脚と腰を中心に、肩もほぐしていきましょう」
「お願いします」
施術用の衣服に着替えたルチアが、施術台にうつ伏せになる。
モニカは身体にタオルを掛け、まず状態を確かめた。
《コンディション》。
ふくらはぎから太腿にかけて、疲労が強く出ている。
腰にも筋肉の緊張が見られ、背中から肩にかけては長時間姿勢を保った影響がありそうだった。
「立ち仕事が続くと、脚だけでなく、腰にも負担がかかりますからね」
「そうなのね。座れるのは、ほんの少しだけだもの」
「足元からほぐしていきますね。力加減は遠慮なくおっしゃってください」
「ええ」
モニカはふくらはぎに手を添え、筋肉の張りを確かめながら、ゆっくりと圧を加えていった。
「……あぁ」
ルチアが小さく息を漏らした。
「そこ、すごく気持ちいい……」
「張りが強いですね。痛くありませんか?」
「大丈夫。もう少しだけ、そこをお願い」
「はい」
モニカは指の位置をわずかに変えた。
硬くなった筋肉を無理に押しつぶさず、呼吸に合わせて、じっくりと緩めていく。
「……ふぅ」
ルチアの肩から、少しずつ力が抜けていった。
次に、腰。
長い時間立ち続けることで張っていた筋肉を、手のひらを使って丁寧にほぐしていく。
「ああ……腰も、こんなに疲れてたのね」
「ご自分では、なかなか気づきにくいですからね」
「お仕事中は、そんなこと考えてる暇もないもの」
ルチアは苦笑した。
「お客さんの前では、疲れた顔なんてできないしねぇ」
「そうですよね」
「でも、ここでは気を抜いてもいいんでしょう?」
「もちろんです」
モニカが答えると、ルチアは安心したように目を閉じた。
肩へ手を移す。
《光の手》の淡い金色の光が、モニカの指先を包んだ。
筋肉の緊張をほぐしながら、身体が本来持つ回復力を穏やかに促していく。
「……あら」
ルチアが小さく呟いた。
「なんだか、身体がぽかぽかしてきたわ」
「少しずつ力が抜けてきていますね」
「……うん」
それきり、ルチアは静かになった。
いつもは楽しそうに話している彼女が、今は何も言わず、ゆっくりと呼吸している。
酒場では、どんなに疲れていても笑顔を絶やさないのだろう。
けれど、ここではそんな必要はない。
ただ、身体を休めればいい。
モニカは最後まで丁寧に施術を続けた。
◇
「……はぁぁ」
施術が終わると、ルチアは長いため息をついた。
「こんなに身体が軽くなるなんて……」
ゆっくり起き上がり、肩を回す。
それから足を床につけると、少し驚いたように目を見開いた。
「あら。立つのが楽だわ」
「よかったです。でも、疲れが溜まっていらっしゃるので、今日は無理せず休んでくださいね」
「ええ。今日はもう、何もしないことにするわ」
ルチアは笑った。
「本当にありがとうございました」
「こちらこそ。お仕事、あまり無理なさらないでくださいね」
「ふふ。そう言われると、次の週末も頑張れそう」
「頑張るためにも、休む時間は大切ですよ」
「はいはい。ちゃんと休みます」
ルチアは少しおどけた調子で答えた。
◇
「ルチア姉ちゃん!」
施術室から出てきたルチアを見つけ、リリが駆け寄った。
「どうだった?」
「とっても気持ちよかったわよ!」
「脚、棒じゃなくなった?」
ルチアは一瞬きょとんとしてから、声を上げて笑った。
「ふふっ! そうね、ちゃんと脚に戻ったわ!」
「よかった!」
リリも笑った。
「リリちゃんが教えてくれたおかげね。ありがとう」
「うん!」
ルチアはまたリリの頬を挟もうとした。
「はい、今日のお礼に……」
「それ、お礼じゃないでしょ!」
「ふふっ、ばれちゃった?」
二人は顔を見合わせて笑った。
そこへ、ミーナが声をかける。
「ルチアさん、湯上がりの果実ジュースはいかがですか?」
「あら、美味しそう!」
「今日は林檎とベリーですよ」
「じゃあ、一杯いただこうかしら」
「ありがとうございます!」
ミーナがジュースを用意すると、ルチアは一口飲んだ。
「んーっ、美味しい!」
「よかったです!」
「お風呂に入って、ほぐしてもらって、美味しいものまで飲めるなんて……」
ルチアは満足そうに笑った。
「今日は最高のお休みね」
その隣で、リリがじっとコップを見ていた。
「あら、リリちゃんも飲みたいの?」
「……ちょっと」
「ふふっ。じゃあ、半分こしましょうか」
「いいの?」
「もちろん」
ルチアはミーナに声をかけた。
「ミーナさん、小さなコップを一つ借りてもいいかしら?」
「はい、どうぞ!」
ミーナが清潔なコップを用意すると、ルチアはジュースを半分ほど注ぎ分けた。
「はい、リリちゃん」
「ありがと!」
リリは嬉しそうにコップを受け取った。
二人で並んで、一口。
「んーっ!」
リリの顔がぱっと明るくなる。
「美味しい!」
「でしょう?」
「ミーナのジュース、すっごく美味しいんだよ!」
「ふふっ。リリちゃんがそんなに嬉しそうに飲むなら、また注文しなくちゃね」
ミーナも嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
ルチアはコップを軽く持ち上げた。
「お休みの日の楽しみが、一つ増えちゃったわ」
◇
「そうだ、モニカさん」
ジュースを飲み終えたルチアが声をかけた。
「次のお休みの日も、ほぐしをお願いできるかしら?」
「もちろんです。次の週明けですね」
「ええ。その日はまたお店がお休みだから」
モニカが予約帳を開こうとすると、リリが先に机へ向かった。
「わたし、書く!」
「じゃあ、お願いしようかな」
リリは予約帳を開いた。
日付を確かめ、モニカとフィオナの予定を確認する。
「ルチア姉ちゃん、午後でいい?」
「ええ。あまり早い時間だと、まだ寝てるかもしれないから」
「もう、お寝坊さんなんだから」
「夜遅くまで働いてるのよぉ」
「知ってるよ!」
リリは笑いながら答えた。
「じゃあ、ここの時間は?」
モニカが横から確認する。
「うん。そこなら空いてるよ」
「よし!」
リリは予約帳に名前を書き込んだ。
それから、紙の予約控えを一枚取り出した。
日付と時間。
担当者の名前。
間違えないように書き終えると、ルチアに差し出した。
「はい!」
「あら、リリちゃんが書いてくれたの?」
「うん!」
「じゃあ、大事に持って帰らなくちゃね」
「なくさないでよ?」
「もちろん」
ルチアは予約控えを丁寧にしまった。
それから、ふと思いついたように尋ねた。
「ねえ、リリちゃん」
「なあに?」
「今度、お休みの日に髪を結ってあげましょうか?」
「髪?」
「そう。可愛い編み込みにしてあげる」
リリは少し考えた。
「……ルチア姉ちゃんみたいなの?」
「そうよ。リリちゃんにも似合うと思うわ」
リリはルチアの紫色の巻き髪を見上げた。
柔らかな髪の間には、小さな花の飾りがついている。
「……それも、つけてみたい」
「あら、お花?」
「うん!」
ルチアはにっこり笑った。
「じゃあ、今度リリちゃんに似合う髪飾りを持ってきてあげる」
「ほんと?」
「ええ。とびきり可愛くしてあげるわ」
「やった!」
リリが嬉しそうに笑うと、ルチアも笑った。
「じゃあ、来週ね」
「うん! 忘れないでよ!」
「ふふっ。予約も髪のお約束も、ちゃんと覚えてるわよ」
ルチアは小さく手を振り、風呂屋をあとにした。
リリはその背中を見送ると、自分の栗色の髪をそっとつまんでみた。
ルチアのような綺麗な編み込み。
小さな花の髪飾り。
来週は、どんな髪型にしてもらえるんだろう。
「……えへへ」
リリは楽しそうに笑い、受付へ戻っていった。




