第52話 相変わらずメッチャ綺麗!
修学旅行を三日後に控えた、昼休みのデザイン科教室。
私は自分のデスクで、持参した弁当箱の蓋を慎重に開けていた。一人暮らしに向けた自炊の練習とはいえ、今日の弁当は我ながら気合いが入っている。
メインは綺麗に照りのついた豚肉の野菜巻き。そこに鮮やかな黄色の出汁巻き卵を添え、隙間には少し手間をかけて、花の形に飾り切りをした人参の甘煮を散らしてある。
蓋を開けた瞬間の彩りは、写真に収めたくなるほど見事な出来栄えだった。
実際ブログには既に上げた。
「おっ、結城は今日弁当か。しかも手作りか、これ? めっちゃ美味そーじゃん。何か一個くれ」
「いいですよ、何かと交換なら」
私が冗談めかしてそう言うと、裕介さんは「おっ、マジで?」と嬉しそうに身を乗り出し、コンビニの袋をガサゴソと探すが丁度良い物が見つからなかったらしく、諦めたように、手にしていたプラスチック容器をこちらに突き出してきた。
「ん!」
「食べかけじゃないですか」
「つゆだくだぞ!」
「裕介くん、結城くんが困っている。牛丼の最後の一口だなんて非常識にも程があるよ」
「最初の一口でもちょっと嫌です」
杉田さんが私の手元の弁当箱を興味深そうに覗き込む。
「それにしても結城くん、見事な出来栄えだね。人参の飾り切りも丁寧だし、肉の照りの出し方も初心者とは思えない。中々の腕前だよ」
「ありがとうございます。ネットで見つけたレシピを見ながら作ったので時間は掛かりましたけど、元プロの杉田さんにそう言ってもらえるなら、すごく嬉しいです」
少し気恥ずかしく思いながら私が頭を掻いていると、隣の席でサンドイッチのフィルムを剥がしていた東雲さんが、ふふっと小さく笑みをこぼした。
デスクに置いたスマホ画面を弄りながらも、私達の賑やかなやり取りを心地よさそうに聞いてくれている。
そんな穏やかな空気が流れていた、その時だった。
たまたま私の席の横を通りかかった早瀬さんが、私の手元を覗き込んで「あ!」と小さく声を上げた。
「結城くん、今日はお弁当だ! 相変わらずメッチャ綺麗!」
「えっ……あ、はい」
「カラフルだし、人参の切り方とか和食みたい!」
「ちょっ、声が大きいですって……!」
私は慌てて周囲を見回し、声を潜めるように早瀬さんを制した。彼女は「あ、ごめんごめん」と悪戯っぽく片目をつぶって見せた。リアルでウインクを使いこなせる人を初めて見たかもしれない。
すると彼女は、他のクラスメイトには聞こえないよう絶妙に声を潜め、私の耳元に少しだけ体を寄せた。
「流石にあの角煮は入れてないみたいだね」
「……っ」
「あはは、確かにお弁当には向かないもんね。でも、こないだ言ってたやつ、本当に美味しそうだったからさ。今度綺麗にやるコツ教えてよ」
周囲には「お弁当の話題で盛り上がっているだけ」に見えるよう自然に振る舞いながら、私の命綱である秘密に容赦なく触れてくるスタイル。
私は背中に嫌な汗をかきながらも、必死に平静を装う。
「……レシピ通りに作るだけですよ」
「ふふっ、冷たいなー」
「お弁当ですからね」
「上手い!」
「上手くないです」
早瀬さんはケラケラと笑うと、隣の席で静かに座っている東雲さんにも気が付き、ひらりと明るく手を振った。
「じゃあね、東雲さん!」
「……あ、はい、また」
東雲さんはサンドイッチを手にしたまま、どこか他人行儀な声で小さく応えた。
自分のグループへと戻っていく早瀬さんの背中を見つめる東雲さんの横顔は、いつもの柔らかな雰囲気が消え、冷たく強張っているように見えた。
「……東雲さん?」
「……ううん、何でもない」
小さく首を振った彼女は、不意に自分の手元にあったサンドイッチの包みを一つ、まるで他の誰にも入り込む隙を与えないような、静かで有無を言わさぬ動作で私の前に差し出してきた。
「……え?」
「これ……ツナとたまご」
「はい。そうですね?」
「あ、えと……もし良かったら、その……さっきの。結城くんさえ良ければ、だけど」
少しだけ上目遣いで、様子を窺うように私を見る瞳。
あ、なるほど。
一瞬何の事か分からなかった。
嵐のように去っていった早瀬さんのせいで、さっきまでしていたおかずの交換の話を思い出すのに、少し時間が掛かってしまった。
「ありがとうございます。じゃあ……はい。好きなのをどうぞ」
私が弁当箱を渡すと、東雲さんは小さく頷き、早瀬さんがしきりに褒めていた豚肉の野菜巻きを一つ箸で摘んだ。
そして、早瀬さんが戻っていった教室の前方をチラリと一瞥してから、ぱくりと口に運ぶ。
「……んむ、美味しい」
ふわりと、いつもの柔らかな微笑みが彼女の顔に戻る。
サンドイッチのお礼に渡したおかずを嬉しそうに頬張る彼女の横顔を見て、私はホッと胸をなでおろす。
そして手元には交換されたサンドイッチ。その尖った部分から、ツナの旨味が染みるパサパサのパン生地をかじり取る。
んむ、美味しい。
***
午後のホームルーム。
教壇に立った担任の先生から、いよいよハワイ修学旅行の最終日程表と、ホテルでの部屋割りのプリントが配られた。
「いいかー。ホテルの部屋は基本的に二人一部屋だ。それから自由行動の班は──」
先生の事務的な説明をBGMにしながら、私は配られたプリントの『部屋割り表』に目を落とした。
男子の部屋割りを確認すると、私の名前の横には順当に裕介さんの名前が並んでいた。そもそもデザイン学科に男子はそう多くない。誰とでも構わないが、裕介さんなら尚良し。
私は小さく安堵の息を吐き、何となく、そのまま女子の部屋割りの欄へと視線を滑らせた。
『714号室:東雲・早瀬』
思わず、小さく息が漏れた。
あの物静かで、プライベートではノリの良い東雲さんと、クラスの中心で明るく振る舞う早瀬さんという組み合わせ。私は自分の席から、隣の東雲さんの横顔をそっと盗み見た。
彼女は手元のプリントをじっと見つめたまま、微動だにしていない。
その時、早瀬さんがひらりと私たちの席へ歩み寄ってきた。
「東雲さん、ハワイでは宜しくね!」
「……うん。宜しく、早瀬さん」
早瀬さんの明るい声に、東雲さんはゆっくりと振り返り、どう見ても不安そうな微笑みを浮かべて答えた。
……そういえば、早瀬さんは東雲さんを『隙がない』と言っていた気がする。私から見れば危なっかしいくらいに隙だらけなのだが、何が彼女をそう思わせたのか。
「結城ー!ハワイの夜は寝かせねぇからな!」
「……裕介さん、そういうの気持ち悪いんでやめてください」
いつの間にか私の席の前に来てふざける裕介さんをあしらいながら、私はもう一度、東雲さんと早瀬さんの姿を視界の端に捉えた。
住む世界が違う二人。
そして何より、私の隠れ家の場所を知る陽キャ女子と、その隠れ家から化け物を誘き出そうとしている張本人の組み合わせ。
──何も起きないはずがない。
私は小さく重い息を吐き、どうか私の心臓がハワイの夜まで動いてくれることだけを願いながら、空になった弁当箱をバッグに仕舞い込んだ。
全90話で完結予定です。
少しの間、お付き合い頂ければ幸いです。




