天使のように可愛いキミ
王都の中心に広がる石畳の道は、長く続く歴史の気配をまとっている。
その一角に佇むバーティス公爵家の屋敷は、長い年月を経てもなお威厳を失わず、庭園には庭師が手入れする季節の花々が色鮮やかに咲き誇っていることで有名だ。
午後の柔らかな陽光が差し込むテラス席は、屋敷の中でも特に景観の良い場所と言われており、一人娘リコナ・バーティスの「特等席」も、そこにある。
「今日も世界一愛らしいね、僕の天使」
リコナと同じく公爵家で、仕立ての良い上質な上着を纏った婚約者、ルクロ・ヒューセンは、金髪をさらりと揺らしながら、リコナの大好きな微笑みでそう言った。
騎士として働く鋭い姿と同じ彼の涼やかな青い瞳には、現在、目の前に座る小さな婚約者の姿しか映っていない。
確かに、リコナは小柄である。この国の女性の平均身長よりも頭一つ分は低く、手も足もすべてが小さく整っていると言える。
母に似たふんわりとしたミルクティー色の髪を品よく結い上げ、父と同じペリドットのように澄んだオリーブグリーンの瞳で微笑めば、花よりも可憐な雰囲気がふわりと広がり、通りすがりの人たちが思わず目を細めてしまうほどだった。自分でも認めざるを得ない。
けれど。
(……いや、いくらなんでも「天使」は言い過ぎでしょう。私、中身は至って平凡な人間だもの)
リコナは、手元にあるスプーンでカップの紅茶をそっと混ぜながら、内心で冷静にツッコミを入れていた。
ルクロの目は、謎の天使フィルターが何枚も、それこそぶ厚いレンズのように重なっているに違いないのだ。
幼馴染でもある彼は、昔からリコナを盲目的に甘やかす癖があったが、正式に婚約が決まってからはその「天使」呼びにいっそう拍車がかかっている。リコナとしては、嬉しくないと言えば嘘になるが、外を歩くたびに大真面目な顔で「天使が歩いている」などと隣で言われるのは、恥ずかしさで爆発しそうになるので勘弁してほしかった。
「ねえ、リコナ。どうかしたかい? 浮かない顔をして。紅茶が口に合わなかった?」
「あ、いいえ、そんなことないの。レモンの香りがとても素敵。ただ……」
ルクロが心配そうに覗き込んできたので、リコナは慌てて首を振った。
「ただ、なんだか数日前から……背中がむずむずして、何故か痒いのよ」
しかし、どうしても落ち着かない。リコナは、ちょっと気恥ずかしそうに、今日のお茶会のために用意した上品なレースがあしらわれたドレスの背中を、モゴモゴと不自然に動かした。
「なんだって!? 虫刺されかい? それとも、繊細な君の肌にドレスの生地や洗濯の洗剤が合わなかったのかな?すぐに我が家お抱えの、最高の薬師を呼ぼう!」
ルクロはガタッと椅子を鳴らし、今にも席を立ちそうな勢いで身を乗り出してきた。相変わらず過保護の方向性が極端である。
「もう、大袈裟にしないでルクロ! 淑女が背中を掻くわけにいかないから、ちょっと我慢しているだけよ。ほら、座って」
慌てて彼を制しながら、リコナは彫刻の施された椅子の背もたれに、こっそりと背中を押し付けて痒みを逃がす。
衣服の上から圧迫すると、少しだけ痒みが誤魔化せるような気がしたのだ。
(うぅ、それにしても本当に痒い……。皮膚の奥?なんだか肩甲骨のあたりがゾワゾワする。病気の前触れか何かかしら?)
まさかその奇妙な痒みが、数日後に自分の人生をひっくり返す大事件の前触れだとは、リコナは夢にも思っていなかったのである。
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