忘れられない記憶
翌朝僕が再びチセのもとを訪れると、昨日連れて帰ったリースはシーツから体を起こした状態で、こちらをにらんでいた。
「ご主人様、おはようございます」
「おはよう、リースの様子はどう?」
「傷は完全に回復しておりますが、貧血のためまだ体にうまく力が入らない様です。それと」
チセは何か言いずらそうな様子を見せたので、僕は彼女んにさらにつかづくと、チセは小声で話し出した。
「やはり、ご主人様や私のことをとても警戒しているようです。一応治療には応じてくださいますが、それ以外では一切口をきいてくださいません」
「そっか、わかった。あとは任せてチセも休んできて」
「わかりました」
おそらくは僕らが寝ている間も看病を続けていたであろうチセを馬車の中で休ませ、代わりに僕がリースの番をすることにした。
「おはようリース体調はどうかな」
「・・・」
「何も話したくないか」
ギルドの話によると、外から出稼ぎにやってきて、そして働き先でトラブルを起こして逃げた結果強盗になったらしいが、彼女が獣人というだけでギルドが話したことのいくつかが嘘であるということが分かる。まだ推測の域を出ないが、故郷に住んでいたが、そこから無理やり連れ去られ、そして奴隷として無理やり働かされていたのだろう。そしてその場から逃げ出した。それが真実なのだろう。
とはいえ、僕の子の考察を今の彼女に話したところで、肯定も否定もしてくれない。だからまずは僕自身のことから先に話すことにした。
「僕はツレヒト、君の想像通り奴隷商人をやっている。と言っても仲間はここにいるので全員なんだ。そして今は彼女たちを故郷に帰すために旅をしているんだ」
僕の話を聞いてリースは目を丸くした。それもそのはず僕がやろうとしているのは、この世界の常識から逸脱している行為だ。
「それを信じろというのか」
僕の言葉に対しリースが返事をしてくれたことに対して、僕はほのかな喜びを感じたが、それでも彼女からの疑いが完全に消えたわけではない。
「どうしてそんなことを、って思ってるでしょ」
「・・・」
「いいんだ。疑われて当然だと思ってる。でも僕は皆にひどいことはしたくないんだ。あんなこともう二度と繰り返したくないんだ」
この世界に来てから2週間くらいたった。だがこの世界に来て最初の奴隷市で見たあの光景を今でも鮮明に覚えている。爆発の際に飛び散った血の熱さ、のどがつぶれたことで言葉にできなかった最後の言葉、あの時の名も知らない獣人が最後に見せたのは、人族への憎しみではなく、同族への確かな愛だった。そしてそれが叶わぬことへの底知れない悲しみ。おそらくは僕は一生あの光景を忘れられないのだろう。
「誰しもが望んで奴隷になんかなるわけがない。本当なら皆家族のもとで幸せに生きて、将来に思いをはせながら日々を過ごしていくべきなんだ。リース、君だってそうなんだ」
言葉にして初めて気づいた。僕はもうすっかりリースに肩入れし始めている。彼女がこの街を脅かしている強盗で、僕はその被害者の一人であることを差し置いても僕はもう、彼女に幸せになってほしいと思ってしまっていた。だがこんな僕でもコチカとクイネは新しい友達ができたと喜んでくれるだろう。チセは増えた食事の心配をするだろうし。何よりヴァルフは『そうおっしゃると思っておりました』なんて言いながら笑って許してくれるだろう。だから僕は覚悟を決めた。
「リース、君のことも故郷に帰したい。だから僕のことを信じてくれないか」
僕はリースに告げると、彼女は強く歯をかみしめた。




