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奴隷商人として異世界転生したので、今度こそ自分のために生きていきます  作者: 創作若造
山頂の医師編

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抱擁の意味、仲間の存在、そして新たな地へ

「・・・」


「リース」


 僕はなんと声を掛けたらよかったのだろう。きっとどんな言葉をかけても彼女を傷つけてしまう。だからきっと無言でいることが最も正しいのだろう。しかしそれではぼろぼろになったリースの幼い心を誰が癒すのだろう。


 リースはナイフについた血をぬぐうと鞘にしまった。


「ぼさっとするな、行くぞ」


「行くってどこへ」


「ここにいればいずれ捕まる。まあ貴様らはすべて私のせいにすればいいから、罪に問われることはないだろうがな」


「待ってリース、お母さんは」


「連れてはいけない。そんなことくらいわかってる。それに思いは受け取ったから」


 強がりだ。本当はもっともっとそばに居たかったはずだ。だがリースは生きるためにそれらをぬぐい捨てようとしている。そんなことを彼女は言葉にしない。だがその瞳が何よりも雄弁に物語っていた。


「帰りましょう、ご主人様・・・もう我々にできることはありません」


「チセ・・・わかった」


「でも、どうやって入り口を抜ければ」


「そんなの、こうすればいいだろう」


 リースは僕の背後に回り、のど元にナイフを突きつけた。それは周りから見ると人質に取られているようにしか見えなかった。


「これで門を抜け、表まで戻る。そこから先は平然としていれば抜けられる」


「・・・そうだね」


 リースの瞳は色を失っていたが、それでも目のまえの事態を淡々と処理する。今のリースは本当にただそれだけの存在だった。だが彼女が提示した以上の良案を僕らは持ち合わせていない。だから彼女に従い、ナイフをつけられたままゆっくりと入り口に戻っていった。


「動くなよ、下手な真似をすればこいつの命はないぞ」


 きっとこの店にも警備員はいるのだろう。しかしそれらが到着するまでの間はここにいるのは非戦闘員ばかり、なので当然僕を助けようと勇気を振り絞る者など現れなかった。なので僕らは堂々と正面入り口から店を後にすると、そこからは平然と街を歩き、そして入り口までやってくると、正規の手続きで街を出た。道中で会長はどうしたのかと聞かれたが、治療設備の準備のために残っていると嘘をつき、馬車に乗り込んだ。そしてまるで当たり前のようにまっすぐに門へと進んでいき、ここでも正規の手続きを済ませて、町を出て、皆と合流した。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「ただいまヴァルフ、悪いけど、すぐに馬車を出せる?」


「行先は」


「・・・どこでもいい、ひとまずここから離れる」


「わかりました」


 ヴァルフは余計な詮索をしなかった。僕らが三人で帰ってきたことと、リースの表情を見てすべてを理解した。だから何も言わず、馬車を走らせた。きっと今頃会長の死体が見つかり、あそこは大騒ぎになっていることだろう。そしてすべてはリースの仕業にされ、警備を総動員して彼女を探しているだろう。その間に僕らは街の外壁を眺めながら緩やかに加速する馬車の中で己の無力さを噛みしめることしかできなかった。


 やがて馬車は草原の一角に停車した。


「なにかあったのヴァルフ」


「いえ、特にこれと言って何かあったということでありませんが、もうじき日が落ちます。なのでこれ以上進むのは危険かと思い」


「わかった。でも念のため街道からは外れたところで野営しよう」


 ヴァルフはそれからもう少しだけ馬車を走らせ、小さな森の入り口に止めた。ここなら万が一追手が来ても森の中に逃げ込むことができる。もしかするとあの町ではお尋ね者になっている可能性を考えると、ヴァルフの判断は理にかなっていた。


「焚火を起こす前に小さくていいから穴を掘ろう。火はその中に起こそう」


「なるほど、そうすれば火の明かりで場所を特定されるのを防げるわけですね。承知しました。コチカ、クイネ」


 ヴァルフはいつものように、小枝拾いをコチカとクイネの二人に頼もうとしたが、その言葉を途中で止めた。



「・・・チセ、枝木の収集をお願いできますか」


「わかりました」


「ご主人様は私と調理をお願いします」


「わかった」


 調理と言っても、今から食料を調達する余裕がないので、ありもので何とかするしかない、そんなことをわざわざ二人でしなくてもヴァルフ一人で事足りるはずだ。だからきっと彼女の意図は別にある。そして僕はその意図を察していた。


「・・リースの母親はたしかに病気だったよ」


 ヴァルフが切り出す前に、僕から話を始めた。きっとヴァルフは優しいからいろいろと気を使ってしまう。そのことで彼女に余計な負担をかけたくなかった。


「外界人が持ち込んだ病気で、まだ治療法がないものらしい」


「つまりは不治の病ということでしょうか」


「うん、最後にチセが頑張ってくれて、きちんとお別れを言うことは出来たけど・・・リースはこれからどうなるんだろう」


 勢いのままに連れてきてしまったけど、彼女はれっきとした指名手配犯、連れて歩くにはあまりにもリスクがありすぎる。でもだからと言ってほうっておくこともできない。


「リースにはみんなと同じ奴隷紋が刻まれてしまった。つまり彼女は僕の奴隷だけど・・・」


「奴隷紋自体はご主人様のご意思で消すこともできます。本来であれば奴隷を売り渡すときや捨てる時に講じることですが・・・」


 そんなこと僕ができるわけがないとヴァルフは分かっていた。だからあくまでできるということだけ伝えた。


「・・・僕は・・・どうすればいいんだろうか、ううん、どうすればよかったんだろうね」


 いったいどうしてこんなことになったのだろうか、最初にリースを連れて帰ったことがそもそもの間違いだったのかもしれない。あそこで彼女を捕まえて会長に差し出せばよかったのかもしれない。でも弱った彼女を放っては置けなかった。力なき正義感に振り回されて行動してしまった。その代償がこれだ。


「間違いなく、ご主人様はベストを尽くされました・・・なのでどうか、ご自身を責めないでくださいませ」


 ヴァルフは調理の手を止め、僕を抱きしめてくれた。彼女の優しさに包まれ、僕は抑えていた感情が爆発した。


「僕が、僕が弱いせいで、遅いせいで、何もできないせいで、リースが、リースが」


「いいえ。ご主人様のせいではございません。あなた様は何も悪くありません。何も悪くはありません」


 いったいこの世界に来てなんど己の無力さを感じ、考えたことか。そのたびに思考を巡らせ、思いをはせ、できるだけのことをしてきたつもりだ。でもそのできることがあまりにも少ないのだから。意味がない。だからこうして泣くことしかできない。


 リースは荷台でただうつむいていた。母親はいない、復讐も終わった。もう何もない。でも終わらせることは出来ない。ではどうすればいいのか、わからない。出来ることはもらったナイフを見つめることだけだった。だがこんな小さな武器一つでは何も変わらないし、


「リース・・・」


 声をかけられてわずかに顔を上げると、コチカとクイネと呼ばれていた二人の子供がこちらを見つめていた。


「・・・なんだ」


「その・・・えっと」


 何が言いたいのかまるで理解できない。今は何も話したくない気分だから出来ることならそっとしておいてほしい。だがこの子ならそれを言ってもおそらく意味がない。だから無視してうつむくことにした。だが二人はそんなリースの意思すら無視した。


「リース」


「リース」


「ちょっおい、離れろ」


 二人はただそこに座っているだけの彼女に飛びつくと、そのまま二人がかりで抱き着いた。


「ごめんなさいなのです。クイネがもっと大人だったら」


「コチカがもっと強かったら」


 二人はなぜだかわからないが、ワンワンと泣きながらずっとリースに謝っていた。彼女たちは子供だから何もできなくて当たり前なのに、それなのにどうしてこんなことをするのだろうか。でもなんだか二人の情けない泣き顔を見ていると、心が少しだけ軽くなって


「え…」


 座っている肘掛けに水滴が落ちる、最初はどちらかの涙が付いたものだと思っていたが、それが自分の顔から流れ落ちる瞬間を確かに目にした。


「あれ、私、どうして」


「泣きたい人がこうしてあげてって、お姉ちゃんに教えてもらったのです」


「一緒に泣いてあげましょうって。だからリースの代わりにコチカたちが泣く」


 この二人もリースと同じくらいの年で、それで奴隷として過ごしてきた。その過程できっと何度も辛いことを経験してきたはずだ。そしてそれをずっと二人で乗り越えてきた。辛いときに泣いて、嬉しいときに喜んで、そうして互いの感情を常に共有し合っていたからこそ、今まで明るさを損なわずにいられたのだ。


 もしかして今の自分に必要なのは、二人の様に己の感情を分かち合う相手なのかもしれない。奴隷に堕ちてからずっと我慢の連続だった。やりたくないことをして食べたくないものを食べて、寝たくない場所で寝た。そんな環境で生きていくためにいつしかリースは自分で自分の心を殺していた。しかしツレヒト達と出会ってからというものの、彼に怒り、子供たちに惑わされたりと散々な目に遭ってきた。でもそれはきっと本来の、人らしい姿を取り戻すために必要なことだったのかもしれない。そして今目の前に悲しみを分かち合いたいという存在がいる。


「うわぁぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁ」


 リースは泣いた。二人に抱きしめられながら、まるで咆哮のような声を上げながら、ひたすらに涙を流した。失ったものは大きく、得られたものはむなしい自由だけ、そして弱い自分はただそれを享受するしかできない。だけどせめて今だけは一人の子供として悲しみに包まれることを許してほしかった。それはきっとこの先リースがこの残酷な世界で生きていくために必要なことだから。

 三人はひたすら馬車の中で泣き続けた。


「ご主人様、ただいま戻りました」


「おかえりチセ」


「あれ、コチカちゃんとクイネちゃんは」


「二人はリースの側にいるよ」


「それは、何というかよいことだと思います」


「そうだね」


「これからどうするおつもりですか」


「リースは仲間に迎え入れようと思う。彼女の意思次第だけどね」


「それは賛成です。それで次はどこへ向かいますか」


「・・・方針は変わらないよ、リースも、それにみんなを故郷に送り届ける。でも・・・」


 まずは誰よりも僕自身が強くならないといけない。それに判断力に優れた人材も一人ほしい。今回のことで僕らはこの世界の残酷さを改めて思い知った。これまでのことはかなりとんとん拍子に事がすすんでいたが、それでも僕らは間に合わなかった。つまりは偶然に身を委ねているだけでは、救いたい人を救えない。今回はチセが自らの意思としても名声をうまく活用したように、僕ら一人一人が自らの持てるものの全てを最大限活かさないといけない。そのためには他者の能力を見抜き、それをうまく運用できる人物が必要だ。


「それならば、向かうべき場所はここがよろしいかと」


 チセは以前にもらった地図を広げてある一点を指さした。


「冒険者の街アドベント、もともとははるか古代にできた洞窟を探索する調査隊が作った小さなキャラバンだったものが次第に発展していき、そして町となったという異色の経歴を持つ地です。ここならご主人様が望む人材も見つかるかと」


「私も聞いたことがあります。あそこはたしか人族の国の中でも珍しく、獣人も市民権を得ている国だと」


「はい、しかしながら完全な実力主義の場所で、そこでは場合によっては人族であっても奴隷に堕ちることもあります」


 まさにハイリスクハイリターンな町と言っても過言ではない。場合によっては僕らは戦力を得るどころか失う危険性もあるということだ。それでも僕らはもうこの世界を呑気な気持ちだけでは歩けなくなっていた。だから僕には迷いはなかった。


「行こう、アドベントへ」


「わかりました」


「御意のままに」


「ああ、私も行くぞ」


 意外な人物の声がしたので、僕はびっくりしながら振り向くと、そこには瞼を涙で真っ赤に腫らしたリースとコチカとクイネがいた。


「私は決めた。この世界を理不尽な人族の社会をぶっ壊してやる。そのことがきっとこいつらを守るためになるんだろ」


リースはコチカとクイネの頭に手を置くと、優しくひと撫でした。


「リース」


「二人は私の大切な友達だ。だから私が守る」


 どうやらリースは新たに大切な人を得たようだ。そのことが、ふさぎ込んでいた彼女に再び立ち上がる力を与えた。


「クイネが守るのです」


「コチカも~」


「ありがとう二人とも」


「これで総意が取れましたね」


「うん、皆ありがとう。そしてこれからよろしくリース」


「勘違いするな、私は奴隷商人は嫌いだ。だがお前に何かあるとこの子たちが悲しむ、だからついて行ってやる。だから」


「だから」


「この子たちの後でいい。私も故郷に連れて行ってほしい。そこに母さんのお墓を建てたい」


「ああ、もちろんだ」


 あの町での一連の出来事で僕らは己の無力さを思い知った。しかし同時に頼もしい仲間を得た。そして彼女たちがもう二度と悲しみにくれないように僕もまた強くならなければならないと、心に誓うのであった。


「はぁ~疲っかれた」


 日光の届かない洞窟の奥深くで、目の前の生物に向けて淡々と斧をふるう一人の獣人がいた。彼女はもともと野盗をしていたが、ある獣人に敗れて以降、さらに力をつけるべくここに流れ着いてきた。彼女にとってここは居心地の良い場所だった。好きな時好きなように暴れられて、腕試しに最適な強者もごろごろいる。それにたとえ彼女が獣人であっても彼女が強者である限り、この街は彼女の自由を許してくれる。


 そして今日もまた日課の狩りを終え、獲物である両手斧を背中に背負った。


「帰るか・・・」


 彼女がもつかばんには今日の標的からはぎ取った貴重な素材がパンパンになるまで詰められていた。それを軽々しく片手で持つと肩にかけた。この後はこれを金に換えて、その金で酒と肉にありつき、眠る。ここ最近はずっとそれの繰り返し、それでも彼女は一切飽きることはなかった。それほどまでにこの街は住み心地のいい場所だった。だがもうすぐ彼女をさらに喜ばせる人物が現れることをこの時の彼女はまだ知る由もなかった。

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