011 急報
クロエが村で暮らすことを許されてから、一日が経過した。
まだ村でクロエが犯した罪が赦されているわけではない。テッドが訴えた通り、彼女がしでかしたことは何より大きい。人々の生活に爪痕を残した元凶であるという認識は、村人たちとクロエの間に深い谷を形成した。
それでも僕は、クロエを歓迎する。
村長もそれを認めてくれた。ゼノンさんも、レイアさんも、ソニアさんも。僕とクロエの関わりの一部始終を見てきた人々は、快くとは言えずとも、承認してくれている。
クロエはレイアさんの家に居候させてもらうことになった。
つまりは、僕と一緒だ。三人で同居、ということになった。
「もっと撫でて、ハル」
「わかったよ」
そして現在――僕はひたすらにクロエの頭を撫でさせられていた。
クロエは人間形態。床に寝転んで、正座する僕の腿の上に頭を載せ、所謂膝枕の形で僕に頭を撫でさせている。
よほど気持ちいいのか、尻尾を上下にゆっくりと振っていた。
しなやかな黒髪を丁寧に手ぐしで解き、もう片方の手で耳と耳の間を優しく撫でる。こちらから顔は見えないが、耳もピクピク動いているのでだいたいの感情はわかる。
というか、猫の感情はとてもわかりやすい。
「ハルの手のひら好き」
「フフフッ、なんか恥ずかしいなぁ」
実際少し気恥ずかしい。はたから見れば、少女が美少女を膝枕して撫でてるのだから。まだ猫形態だったら撫でやすいんだけど。
「……クロエってさ、なんで人形たちに追われてたの?」
「うぅん……」
ふと、僕はそんなことが気になった。人形の大群が押し寄せてきたのはクロエの所為だとしても、何故クロエが人形の大群に襲われていたのかは聞いてない。
問うとクロエは眠たそうに気の抜けた声を出して、僕の太腿を頬でスリスリとしながら事の経緯を説明し始めた。
「……まあ、いろいろあって」
……それだけ?
いろいろあっての一言で済む問題じゃないと思うんだけど。
クロエはただ眠そうにあくびをするだけだ。別にその後に何か補足があるというわけでもなかったらしく、いろいろあったらしい。
いや、そのいろいろの部分が知りたいんだけど……。
「もっと説明してよ。じゃなきゃ撫でてあげないよ?」
「むむ……」
僕はクロエの頭からパッと手を離した。突然撫でるのをやめると、クロエは身体を起こして頬を膨らませ、不満そうにこちらを睨んでくる。
「……話したら、もっと撫でてくれるの?」
「うん。クロエが満足するまでずっと撫でてあげる」
僕がそう約束したら、クロエはそれを了承したように、少し頷いて話し始めた。やはりなでなでを人質にとったら言う事を聞いてくれるらしい。余程撫でられるのが嬉しかったようだ。
「傀儡の魔物の頂点がいるの。《遺物の魔物》って言うんだけど。それに喧嘩売っちゃって、魔物たちに追われることになっちゃった」
「何してるの……」
案外武闘派のクロエは、どうやら因果応報という言葉を体現したような存在らしい。復讐という概念を知らないのか、あまりにも行動が軽薄すぎる。
そんな事情に僕は呆れざるを得なかった。
「喧嘩売ったって、何したの」
「支配領域荒らした」
「そりゃあ怒るでしょ……」
支配領域というのが、多分その遺物の魔物が支配する領域であるというのは明らか。いわば家のようなものであり、僕らにとってこの村のようなものでもある。要するに住処に侵入され荒らされたのだから、そりゃ怒るのも無理はない。
まあ、それでも約束は約束。説明してくれたのだから、僕はまた寝転がったクロエの頭を撫で始める。
すると突然、外からざわざわとした喧騒が聞こえてきた。
「また何かあったのかなぁ」
そんな事を呟いた途端だった。
外出していたレイアさんが帰宅してきた。ドアが半ば乱暴に開き、慌てた様子のレイアさんがリビングに転がり込んでくる。
「ど、どうしたんですか?」
「大変だよ、二人とも。い、今外に『黒猫の魔物を討伐しに来た』って言う騎士団が来てるんだよ」
「騎士団……?」
こんな辺境の村に騎士団が来るとは珍しい。というか、黒猫の魔物って……。まさかクロエのこと?
騎士団が出動するくらいに、もしかしたら大ごとなのかもしれない。
「クロエ、行ってみるよ」
「わかった」
クロエもどうやらこれと言った自覚は無いようで、退屈そうに伸びをする。
そして三人で外に出てみれば――
「やっと姿を現したか、厄災」
村の中央を縦断する通りを我が物顔で塞いでいる、騎士団。全員が白馬に騎乗し、重そうな甲冑と揃いの紋章を身に着けていた。
その中の先頭に間違える緋の髪の女性。手には綺羅びやかな剣が握られている。
「忌むべき厄災、黒猫の魔物。大人しく投降しろ! さもなくば、この聖剣で貴様の息の根を止めてやる!」
貫禄のある言い方。雰囲気から圧が放たれて、とても強そうな風格を醸し出していた。
「……?」
クロエと緋の髪の騎士の鋭い視線が交差する。その中で、僕だけが事情を理解できず立ちすくむしかなかった。