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 これは夢だ。


 アーシャはそう思うのに、目を開けることが出来ない。

 うららかな午後だった。

 暖かい風を感じながら自室で本を読んでいると、母親の悲鳴が聞こえた。


(まただわ。もうこの光景は見たくないのよ)


 夢だというのに、6年前のあの日の出来事が蘇る。


 驚いたアーシャは窓に駆け寄ると、屋敷の庭で日向ぼっこをしていた母親が数人の男に囲まれているのが見えた。

 護衛の騎士はどうしたのだろうかと思うと同時にアーシャは部屋に立てかけてあった自慢の弓を手に取った。

 

「お母様から手を放しなさい!」


 ありったけの声を張り上げると、男に髪の毛を掴まれていた母親がこちらを見た。

 悲鳴を上げながらアーシャの名前を呼ぶ。


「アーシャ!逃げなさい!早く!」


 悲鳴にも似た母親の喉に剣が付きつけられようとしているのを見てアーシャは必死に弓を引いて矢を射った。


(駄目よ。また間に合わないのだから)


 何度も見た夢の中でアーシャが放った矢は剣を突きつけている男の腕に当たる。


(駄目よ間に合わないのよ)


 夢を見ながらもう一人の自分が呟く。


 アーシャが放った矢よりも早く同時に母親の胸に鋭い剣が刺さった。


「お母さま!」


 ありったけの声を上げてアーシャは飛び起きる。

 勢いよく目を開けたアーシャの視界に、同じぐらい驚いている侍女のハンナが見えた。


「アーシャ姫様、またうなされていましたよ」


「嫌な夢を見ていたのよ」


 じっとりと汗をかいている額を手で拭いながらアーシャが小さく言うとハンナは大きなため息をつく。


「またあの夢ですか。エリザベス様が亡くなられて6年が経っても、アーシャ姫様の心は癒えませんわね」


 ハンナから温かいタオルを受け取りながらアーシャは頷いた。


「あの日の事を夢で見るのは辛いわ。やっぱり毎回お母さまを助けることが出来ないし……」


「忘れることなんてできませんよ。あの日の出来事は忘れませんとも!」


 ハンナは6年前の出来事を思い出して鼻をすすってアーシャの朝の準備を手伝う。

 ベッドから降りた背の高いアーシャを見つめてハンナは大きく頷いた。


「あの日からアーシャ姫様は背も大きくなりましたけれど、横にも大きくなりましたわね……」


 平均の女性より少し太めの体を見つめるハンナの視線はアーシャの二の腕を見つめている。


「私の腕を見ないでくれるかしら。これでも気にしているのよ」


「腕も逞しくなりましたねぇ」


 しみじみ言うハンナにアーシャは沈んでいた気分を忘れて頬を膨らませた。

 普通の女性より3倍は太い二の腕の事はアーシャが一番言われたくないことだ。

 少しだけ太い体も気になるが、腕が太いのが自分の体の中で嫌いな所だ。

 成長と共に年々太くなる腕は23歳になる現在も成長中の様な気がしてアーシャは両手で二の腕を摩る。


「逞しいなんて嫌よ。もっと折れそうに細い腕が良かったわ」


「姫様は生まれた時から大きな赤ん坊でしたから、生まれつきの体質なんでしょうね」


 赤ん坊の頃の話をされてアーシャはますます不機嫌になる。

 ハンナはアーシャが生まれる前は王妃である母親の侍女だった。

 アーシャが生まれてから、王妃エリザベスとアーシャ専属の侍女としてお世話をしてくれている。


 10年前、アーシャの父である王ベルバルンが第二王妃を迎えた。

 第二王妃を突然迎えたことにショックを受けたアーシャの母は城を出て田舎であるマーレン領へと移り住んだのだ。

 そして、この地で盗賊に殺された。

 アーシャも母親についてここに移り住んで10年が経とうとしている。


 ハンナが用意をした着替えを見てアーシャは首を傾げた。

 田舎であるマーレン領では庭を散策したり本を読んだりとのんびり暮らしているために、飾り気のない服を着ていることが多いが、ハンナが手にしているのはピンク色のドレスだ。


 たまに城へ行く用事があるときに着させられるようなドレスをアーシャは見つめる。


「今日何かあったっけ?」


「あら、お忘れですか?今日はうちの旦那が姫様を迎えに来る日ですよ」


「隊長が?」


 ハンナの夫は城の騎士団長をしている。

 大きな体をした騎士団長はアーシャが生まれたころは護衛騎士の隊長だった。

 アーシャがこの田舎町へ移り住んでからしばらくして騎士団長になったが、アーシャは構わず隊長と呼んでいる。


「そうですよ。もうすぐドウラン様の結婚式ですから」


 ハンナの言葉にアーシャは思い出したように手を叩いた。

 ドウランはアーシャの兄であり寝たきりになった父王の代わりに王として仕事をしている。

 その兄が電撃的な出会いとやらをしてやっと結婚するのだ。

 式に出席するため城へ戻る日だという事をすっかり忘れていた。


「お兄様の結婚式は喜ばしいけれど、帰りたくないなぁー」


 用意したドレスに着替えながらブツブツ言うアーシャにハンナは頷く。


「あそこは魔窟ですからね。第二夫人とそのお子様が幅を利かせて私たちは居づらいですからねぇ」


「本当よ。まぁ、10年も城にいなかったら仕方ないけれどね」


 アーシャはため息をついた。

 第二夫人がやってきてから、侍女達は彼女に取り込まれてアーシャと母親であるエリザベスは城の生活で居心地が悪くなっていった。

 またあの嫌な思いをするのかと思うと気分が重くなってくる。


 身支度を整えて鏡の中の自分を眺める。

 太すぎる腕を隠すようにデザインされたドレスだが、それでも腕の存在は隠し切れない。

 母親譲りの金色の髪の毛を綺麗に整えて、久しぶりに薄く化粧をした顔が可笑しくないかじっと見つめる。


「ねぇ、私って不細工ではないわよね」


「赤ちゃんの頃から可愛いですよ」


 部屋を整えながら適当に返事をするハンナにアーシャは眉をひそめた。


「母親的な視点じゃなくて、一般的に見てよ!」


「急にどうしたんですか?」


 色気やおしゃれなど興味が一切ないアーシャにハンナは驚いて振り返った。

 鏡の前で自分を見つめているアーシャは髪の毛を整えながら口ごもる。


「だって、お兄様が結婚をしたという事は私もそろそろだと思うのよ。私だってもう23歳でしょ。誰かと結婚させられるんじゃないかって……」


「そうですわねぇ。でもねぇ……」


 今度はハンナが口ごもった。


「はっきり言ってよ!どうせ、私は少し普通の女性より太めだから縁談なんて来ないって言いたいんでしょ」


 不貞腐れたように言うアーシャにハンナは困ったように頷いた。


「はっきり言うとそうですね。アーシャ様は”姫”様だからやはりそれなりの方となるとねぇ。あちら側にも好みというものがございますし。縁談って断られることもありますでしょう?」


「そこまではっきり言わないでよ。それはそれでショックだわ」


 アーシャがムッとしているとドアが控えめにノックされた。


「あの、騎士団長様がいらっしゃいましたが……」


 若い侍女が恐る恐るドアから顔を出して告げると、アーシャは慌てて時計を見た。

 思ったより準備に時間がかかっていたようだ。

 

「もうそんな時間だったのね」


 アーシャとハンナはお互い頷くと団長が待っている部屋へと向かった。





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