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オカンに関わる人々 ~side エルルーシェ後編 ~

エルルーシェ君の閑話終了です。次回は帝国へと帰還したキャスパーさんの話になります。

 ♪ヽ(´▽`)/


「ガラティアより参りました。大樹の国の者です」


 検問に居並ぶ騎士鎧。ガラティアの騎士らなら検問をフリーパスだと聞いていたユフレは、借り物の鎧を身に纏い、馬を借りて飛び出した。

 それを知ったエルルーシェ達も彼女に倣い、同じように鎧を借りて馬に乗る。

 何が起きているのか分からないが、エルフの彼等は国賓だ、ガラティアの騎士ら数人も、護衛としてついてきた。


 そして通された立派な教会の大きな講堂。


 見知っている獣人らは気にもせずに進むが、エルフらは唖然とチャペル形式の建物を見上げていた。

 煉瓦を基礎にした白い壁に真っ青な屋根。見たこともない美しい建物である。

 通常、教会といえば厳つい石材で作られる物。人々と一線をかくす冷たい荘厳さで、理由もなく平民が訪れるものではない。


 しかしこの教会には多くの平民がたむろっていた。


 前面中央に位置する巨大なクリスタルにも驚くが、何よりも眼を引くのは左右の長椅子に座り、真摯に祈る人々。

 入れ替わり立ち替わり、祈る人々は後をたたない。

 それらを優しく見つめ、祝詞を唱える司教らにも瞠目する。

 司教とは高い教養と知識をひけらかし、平民を見下げるものだ。それがここでは全く感じられない。

 むしろ人々を思いやる慈愛がひしひしと感じられる。


 お大事にと送り出されるのは治癒を受けた患者か。優しそうな若い司教らが見送っている。

 他でも司教が人々と雑談をしていたり、少し離れた小さなテーブルでは相談でも受けているのか、必死に話す平民らしき男に、真剣な面持ちで頷く司教がいた。


 有り得なさすぎる光景。


 教会が人々と交わり、違和感なく暮らすなど天地がひっくり返っても有り得ない。

 大樹の国でも教会は特別だ。病気も怪我も治療出来る治癒師や各種儀式を執りしきり婚姻や弔いを行う司教達。他にも生活に密着した細々とした事を頼りきっている。

 当然、それらに対する安くはない対価を支払い、人々は教会を敬い奉る。祈る事にも祝詞一つにも寄進が必要なはずだ。

 人々の生活に不自由がないよう、国からも教会へ多大な寄進がされている。

 教会側もそれを良しとし、傲慢に人々を見下ろすのが普通だ。


 各国の王家に匹敵する権力を持つ組織。それが教会である。


 .....であるのだが。


ここの教会は全く違うようだった。


 入れ替わり立ち替わり祈る人々が寄進をしている様子はなく、治癒を受けているらしい部屋にも対価を受け取る受付のようなモノはない。

 人々は気安く司教らと話をし、媚びへつらう様子もなく、市井のような日常が暖かい教会の中で展開されていた。

 司教らも腰が低く、穏やかで物腰も柔らかい。


 信じられない光景に絶句するエルフらの横を小さな影が過る。

 はっと振り返ると、それは蒼いローブを着た女の子だった。

 こんな小さな子も教会に来るのだな。信心深い国なのだろうと優しく眼をすがめたエルルーシェだが、その幼子は彼の想定外の行動に出た。

 居並ぶ司教らに指示を出し、講堂にいる大人達を顎で使う。


 は? え? 


 多くの人々が集う講堂の一角を空けてもらい、エルフら一行を手招きする幼女。周囲の大人達もそれが当たり前のように控えている。


 ひょっとして、この国の王族なのだろうか。


 エルルーシェが走り回る幼女を視線で追っていると、同じように幼女を追う視線に気づいた。

 ユフレが信じられないモノを見るような眼で幼女を凝視している。しかしその眼は暖かく、感情の起伏が乏しい彼女とは思えない慈愛に満ちた眼差しだった。

 

 幼くから共にあったエルルーシェに、昔からユフレは多少の感情を見せる。しかし短くはない付き合いの中でも、今回の晩餐会のような激しい感情の起伏を見た事はなかった。


 今はそれが極まれり。


 椅子を勧められ、兜を脱いだエルフらに驚く周囲。しかし幼女のみは大した動揺もなく、ユフレを注視している。

 幼女はしばし眼を潜め、次には瞳を大きく揺らした。

 そしてユフレに近付くと、なんとリズミカルに踊り出す。

 吃驚仰天な大人達。しかし、さらにエルフ達が驚いたのは、対するユフレの反応だった。

 踊る幼女に動揺もせず、面白そうに口角を上げると、満面の笑みで破顔し共に踊り出す。

 しかも転がすような声で歌い、さも楽しそうだった。


 茫然とする人々を余所に、二人は楽しそうに踊り、ついには幼女が泣き出した。

 そして泣きながらユフレに抱きつき叫ぶ。お母ちゃんと。


 この騒動が外に伝えわったのだろう。何人もの人々が講堂に飛び込んできて、その一人が驚愕に顔を凍らせている。

 さらりとした黒髪を無造作に束ねた端整な美丈夫。艶やかで見事な黒目黒髪。

 エルルーシェは、はっと幼女に視線を移した。幼女と良く似た面差しの人間だ。親子であろう事が見てとれる。そして....

 エルルーシェは泣きじゃくる幼女を抱き締めて離さないユフレを視界にとめて思考が止まる。


 一枚の絵画のごとき光景。


 謎な幼女の行動と、それを違和感なく受け止めるユフレ。幼女と美丈夫が親子なら、容易く答えに辿り着く。エルフらはユフレが転生者だと知っているのだから。


「....一子か?」

「あら、十流じゃない。久しぶりね♪」


 親しげなユフレの声音。ああ、そういう事か。


 エルルーシェは絶望に瞼を閉じた。


 美丈夫は幼女ごとユフレを抱き締め、その黒髪に口付けを落とし、そのまま顔を埋める。


「逢いたかった。...ようやく。.....もう離さん」

「あらやだ、情熱的ね。性格変わったんじゃない?♪」


 心底嬉しそうな三人。欠けたピースが埋まり、完成された暖かい絵画。

 濃い色素を持たぬ女神様の世界において黒髪黒目の三人は、まごう事なく親子に見えた。長いエルフ耳など違和感にもならない。


 エルルーシェの婚約者になるのを断った時にユフレは言った。


 いずれ前世の家族がやってくる。自分はそれを待っているのだと。だから結婚する気はないのだと。

 小さい頃は夢見がちな少女の妄想だと思っていた。

 ユフレの打ち出した構想が形となり実現し始めたあたりから、その妄想が事実なのではないかと、漠然とした不安を覚えた。

 それは焦りとなり、学園のカフェテリアでの暴挙に繋がった。


 そして女神様から降された御神託が決定打となる。


 彼女の言う地球世界は実在しており、いずれ本当に彼女の家族はやってくるのだろうと。


 まさか、こんなに早くとは思わなかったが。


 漠然とした不安がありつつもエルルーシェは楽観視していた。

 異世界人はダンジョンの試練を乗り越えなくてはならないと聞いていたからだ。そんな人間は滅多にいない。

 彼は地球人達にチート地味た恩恵がある事を知らなかった。

 完成した身体で始まるレベル上げ。初期ステータスの違いや、八百万を越える神々の存在。容易く御加護やスキルが授けられる地球世界。

 こちらであれば、女神様率いる主要五柱と百にも満たない神属のみ。御加護もスキルも簡単には手に入らない。

 

 そんな絶望感溢れるエルルーシェの視界の中で、ユフレは長椅子に座り笑って自己紹介していた。


 聞き覚えのない名前。ユフレの前世の名前。それすらエルルーシェは知らなかった。


 零れるような笑顔のユフレの横に、当たり前のように寄り添う美丈夫。薄くはかれた笑みには万感の愛おしさが込められている。


 抱かれむずがる幼女。困ったような笑顔だが満更でも無さそうなユフレ。むずがる幼女をユフレと共に宥める美丈夫。

 当たり前のように自然体な三人。

 太刀打ちのしようもない絆が見て取れる。


 完全敗北。


 楽観していた過去の自分を殴り飛ばしたい。


 エルルーシェは万一、本当に家族とやらが来ても全面対決するつもりだった。

 王族であり、今のユフレと一番近しい自分なら相対出来ると信じていた。

 ユフレとて自分を憎からず思ってくれていると感じていた。


 それがどうだ。蓋をあけてみれば対決にもなりはしない。出逢った瞬間、それは終わった。


 もはやユフレにはエルフだという自覚もないだろう。


 彼等にとって時間も空間も種族も関係ない。ただ家族というくくりしかないのだ。


 既にユフレの心は彼等のモノだ。後は事後処理のみ。

 

 完膚無き敗北はエルルーシェを吹っ切らせた。ユフレが幸せならそれで良い。父王や元老院は自分が説得しよう。


 そう考え、一端大樹の国へ帰るようユフレに勧めていたエルルーシェだが、幼女の斜め上半捻りな思考が先んじる。

 

 は? 転移魔法? 父王に直談判??!


 なんだ、それはーっっ!!


 有り得ない事態に慌てふためくエルルーシェを、不憫そうな眼差しで見つめるディアードの人々。


 うん、そうだよね。普通、有り得ないよね。でも妹様はやっちゃうんだよ。


 皆が通ってきた道である。


 けたたましい音をたてて出立するエルフらを見送りながら、タバスは生温い眼差しで皇太子を応援していた。


 そして最速で大樹の国に帰還したエルルーシェは、既に全て終わっている事を知る。秋津国を出てから七日あたり。ユフレらは半日で帰国したという。


 何ということだ。


 脱力するエルルーシェの眼に、宮廷魔術師が駆け込んで来るのが見えた。興奮ぎみに身振り手振りで声高に叫び、瞠目した父王は玉座から立ち上がると、案内する魔術師とともに部屋を出ていく。


「どうしたんだ?」


 父王の背を見送りながら訝るエルルーシェに、王の側近の一人が答えた。


「秋津国よりもたらされた石柱は複雑な古代魔法の術式が込められていまして。ただいま宮廷魔術師総出で解析中でございます。多分、進捗かあったのでございましょう」

「は??」


 寝耳に水である。

 豊富な魔力を保持し、魔術に関しては他国より二歩も三歩も先じるはずの大樹の国が解析? 一週間も?

 あの様子から察するに、未だ全容は掴めていないようだ。

 茫然とするエルルーシェにお茶を差し出しながら、侍従は溜め息をつく。


「あまりに複雑な術式。さらには転移魔法など、こちらでは理解出来ない事が多すぎて。初夏の親善には国王自らが赴かれると仰っております」

「はあぁぁぁ?」


 建国して一年もたたない新興国に、国王自らが赴くなど前代未聞である。

 しかしエルルーシェは考える。

 僅かばかりな滞在であったが、秋津国は非常に魅力的な国だった。

 人々は礼儀正しく屈託のない笑顔で、街は綺麗に設えられ活気に満ちていた。

 あれをもっと間近で詳しく視察したい。


 お茶を飲みながら、エルルーシェは窓に視線を振る。


 暖かい春風に初夏の日差しを感じながら、彼は親善に加えて貰おうと密かに決意した。


 


 それが新たな嵐を巻き起こすのだが、今のエルルーシェに知る術はない。

  

何処に居ても、何をやっても嵐を引き寄せるオカン。通常運行ですww

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