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オカンと関わる人 ~sideエルルーシェ 中編~

もうちょこっと続きます。

「良く手入れがされている。良い城だな」


 晩餐会へと向かいながら、エルルーシェは磨きあげられた廊下に感心する。

 埃ひとつもなく、丁寧に磨かれた柱や窓。何百年もの歴史の重みが感じられる暖かい城だった。

 彼はユフレをエスコートしながら晩餐会の広間に入る。すると多くの貴族らの視線がエルルーシェに集中した。

 軽く眉をあげ、好奇に満ちた眼差しの集中砲火をものともせず、ユフレとエルルーシェは案内された席についた。


 しばらくしてウサギな国王様が現れ、新年をことほぎ、晩餐会がスタートする。侍従達が各々担当する賓客にスープを運んできて、そっとテーブルに置いた。

 薄黄色のスープだ。ほんのり振られたパセリの緑が美しい。

 コーンスープですと紹介され、おずおず口に運ぶと、なんともふくよかな味わい。

 トウモロコシとヤギ乳だろうか。しかしヤギ特有の臭みもなく、とてもまろやかである。

 夢中で匙を往復させる人々。エルフらも例外ではない。


 こんな美味いスープは初めてだ。


 最後の一滴まで口に運んで感動していると、次にきたのはこんがり揚げられた鶏肉。唐揚げと言うらしい。外側を香ばしい衣が肉を包んでいる。

 ナイフをいれると、ふっくら柔らかく、外側はカリカリサクサク、内側からはジュワっと肉汁が溢れる。

 これまた見たこともない料理だ。鶏々だろうか。どうやったらこんなに柔らかくなるのか。

 驚嘆の眼差しを交わし合う人々。しかし手は休めない。

 続いて運ばれてきたのはオムレツという卵料理。


 卵料理?!


 人々の眼が感嘆に見開く。

 目の前には程好い焼き色のついた黄色い塊。卵といえば高価であり、こんな大量に使えるものではない。

 恐る恐るナイフを入れると、中にはジャガイモと玉葱、何かの肉片がゴロゴロ入っていて、それらを纏める白い物が軽く糸を引く。

 添えられたソースは白くもったりとしており、刻まれたキノコ入りのソースと共に口に運ぶと、あまりの美味さに絶句した。


 なんだ、この料理の数々は。飢饉に見舞われた事を差し引いても、有り得ない絶品料理である。


 瞠目するエルルーシェの耳に、ユフレの小さな呟きが聞こえた。


「生クリーム....鶏肉。卵も鶏卵。....ベーコンにチーズか」


 ユフレは眼をすがめ、軽く口角を上げて鋭い眼差しを料理に向けている。

 思わず背筋に氷が滑り落ちる鋭利な眼差し。


 いったい彼女はどうしたのか。


 元々感情の起伏が豊かではないユフレだが、晩餐会が進むにつれ、その表情は固く険しくなっていった。

 エルルーシェは目の前の料理を凝視する。どう考えても、これらの料理が原因だろう。

 見たことも聞いたこともない数々の料理。これに異世界人がからんでいるのは間違いない。

 ユフレも大樹の国で多くの料理を考案した。

 ここまで洗練された絶品さではなかったが、十分に美味しい未知の調理法だった。

 ガラティアの異世界人は料理を専門とする人間なのかもしれない。

 何時もと違うユフレの雰囲気を気にしながら、晩餐会は進み、最後のデザートで、とうとうユフレの感情が振り切れた。


 なんの事はない。前世で馴染み深かった食材や料理の数々に、ユフレは感極まり、気を抜けば泣き出しそうな己を抑えるために表情筋を引き締めていただけである。


 振り切れた感情は、彼女の顔に心からの歓喜を浮かばせた。

 

「フィナンシェにキャラメリゼされたリンゴ....もうダメ、泣ける。懐かしい味だわ」


 氷華と呼ばれる凄腕の探索者は、眼に涙を滲ませて笑っていた。誰も見たことのない子供のような笑顔は、元々恋慕を寄せていたエルルーシェの胸を見事に貫く。


 いったい彼女に何が起きたのか、エルルーシェには分からない。


 目の前の筆舌に尽くせぬ絶品料理を眺めつつ、皇太子は滅多に見ないユフレの感情の起伏に胸を踊らせていた。


 しかし、その後のユフレの言葉はエルフらを絶句させる。


「わたくし、ガラティアに暫く滞在しますわ。あの料理の出所を探ります。そこに必ず異世界人がいるはずです。何とかして素材を手に入れたいです」


 明日には帰国の予定であった。

 エルフの王からの指示である調査は十分に終わっており、滞在を伸ばす理由はない。

 確かに晩餐会の料理は見た事もない素材をふんだんに使った絶品料理ではあったが、宮廷晩餐会だ。選りすぐりなとっておきを出してきたに違いない。ある意味、秘匿されている料理かもしれない。

 それを暴こうとは些か無謀ではなかろうか?


 エルフ達は思案げにユフレを見つめたが、その心配は杞憂に終わる。

 

 止める周囲を物ともせずユフレがウサギな国王様に突撃した結果、国王様はコテリと首を傾げ、素材の出所を教えてくれたのだ。


「あれらはディアードという人族の街から仕入れた食材です。我が国とは国交があり、親しくお付き合いいたしております」


 あっさりと話す国王陛下。


 俄然燃え上がるユフレの瞳に嫌な予感を感じ、エルルーシェはたしなめるように彼女を見据えた。


「ユフレ。我々は今日帰国するのだからね?」


 確認するかのように話す皇太子を無視して、ユフレはウサギな王様の前に進み出る。


「陛下に御願い申し上げます、わたくしはディアードと言う街を訪れてみたいのです。何卒、彼の街へ親善の申し込みを御願い出来ませんでしょうか?」

「ユフレ?! 無礼にも程があろうっ! 国王陛下に直に願い奉るなど、不敬すぎる!」

「あら。わたくしは探索者ですわ。ミスリル級の探索者なれば、王族と同等の地位にある事をお忘れですか?」


 顔面蒼白でたしなめるエルルーシェを睨めつけながら、ユフレは自分の胸元から三角のプレートを引っ張り出した。

 ユフレの瞳と同じ漆黒の輝石が嵌め込まれたミスリルのプレート。これは彼女の身分を確約する探索者ギルドのプレートである。

 探索者ギルドは国境を越える組織だ。上級者を上回る伝説級の探索者は、有事の際に協力をこわねばならない貴重な人材。ゆえに各国の王族と同等の権限を持つ。


 あああぁぁっ、誰もユフレを止められないっ!


 エルルーシェはあの手この手を使い、なんとかユフレの単独ではなく、大樹の国からの親善という形に持ち込んだ。

 父王に早馬を走らせ、体裁を整えるのに数ヶ月かかるという返事をもらい、ユフレに懇願する。


「頼むから先走らないでくれ。君は大樹の国にとって替えの利かない大事な人なんだ、未知の大陸に渡るのなら、それ相応の手順と安全の確保が必要だ」

「わたくし一人であれば何の問題もありませんのに」

「いや、問題だらけだからね?? 君、自覚ないみたいだけど、僕の婚約者筆頭だし、転生者であるだけで、各国垂涎の獲物なんだからね?! どれだけの人間が君を誘拐や暗殺にきたか覚えてる?? 自覚してね、本当っ!!」


 ユフレを手に入れんと多くの国が動いていた。海を隔てていなくば帝国も動いていた事だろう。

 砂漠周辺の三国に加え、南にはドワーフや人種混合な国々が多く存在する。それらから放たれた間者を尽く撃退してきた大樹の国は、ユフレが力ある探索者であった事を心から感謝しつつも、その力による暴走に、多大な心労を重ねつつあった。

 狂暴なモンスターが溢れる樹海の恩恵があるにも関わらず、間者は湯水の如く湧き出でる。これが国外なればなおのことだ。


 この世界に名前はない。

 

 何故ならば星と言う概念がないからだ。地球世界のように、自分が住まう星を知らねば、世界に名前をつける概念も生まれようがない。

 地球の五倍の大きさを持つ女神様の世界で、帝国がある大陸の大きさは日本の半分程度。

 ガラティアの1/4くらいしかない。

 つまり、この星には途方もなく広大な大陸が、多くの種族と共に存在している。

 ガラティアや大樹の国はほんの一部。人族の国も帝国だけでなく他の大陸にも多く存在している。

 そういった国々には未知の文明もあり、大樹の国の転生者の噂は既に広く出回っていた。尽きぬ間者の来訪が良い証拠。

 あわよくば手に入れ、それが出来ぬなら殺してしまえ。何時の世も、世界が変われども、権力者の思考には大差がないらしい。


 切々と言い含めるエルルーシェに溜め息をつき、ユフレは呆れたような声音で頷いた。


「わかりましたわ。初夏まで待てば宜しいのでしょう? まったく。国の面子もありますしね。今回は後見人である陛下の顔を立ててあげましてよ」


 不承不承を隠しもせずに、ユフレは如何にも渋々な顔をする。

 しかしガラティアに滞在する事は譲らず、取り敢えずエルルーシェらのみ一旦帰国し、きちんとした手順で手続きを踏んでいた。

 だが暫くするとガラティアから早馬がやってくる。


 兵士から渡された書簡。そこには重要な話があるので、是非ともガラティアに来てほしいと柔らかな筆跡で書いてある。


 まだ春も半ばに何事か。


 再びガラティアを訪れたエルルーシェに、ユフレが満面の笑顔で飛び付いた。

 思わず朱が走る顔をエルルーシェは片手で隠し、待ちきれないとばかりに上げられたユフレの快活な瞳に胸を高鳴らせる。

 

 重要な話? ひょっとして、僕の求婚を受け入れてくれるとか?


 やくたいも無いことを夢想していたエルルーシェに、ユフレは鈴を転がすような可愛らしい声で、ある物を差し出した。


「これは.....蜜か?」

「左様です、しかも蜂蜜ですっ」


 エルルーシェは軽く眼を見張る。


 蜜にも種類があり、花から直接採集する物や蜂の巣の残骸から絞り出す物など色々だった。

 その中でも蜂蜜と呼ばれる物は最高級品で、生きて活動しているモンスター蜂の巣から奪う物である。

 王侯貴族でも滅多にお目にかかれない代物を差し出しながら、ユフレは一枚の木札を取り出した。

 そこにはお手軽蜂蜜レシピと、ボツリヌス菌という病に関する注意書。なんでも生後一歳未満の者が摂取すると、この病に冒され、稀にではあるが全身に麻痺などの症状が出るらしい。


 そして冒頭に戻る。


「ボツリヌス菌中毒という病は、わたくしの前世では常識に近い病です。さらに刻印された国名」


 木札の右下には小さな焼き印。見た事もない文字だが、ユフレはさらりと読んだ。


「この文字は漢字と言い、わたくしの祖国で使われている文字です。秋津国。これは、わたくしの祖国の古い呼び名。間違いありません、ディアードと言う街には、わたくしと同じ日本人がおります」


 ある種の執念を宿らせたようなユフレの興奮した眼差しに、エルルーシェはそこはかとない不安を覚えた。


 えもいわれぬ恐れ。言い知れぬ不安。


 今にも飛び出して行きそうなユフレを宥めつつ、エルルーシェは掴みどころのない予感を振り捨てた。


 翌日、馬車の手配をするうちにユフレが早馬として駆け出していく。それを慌てて追いかけながら、エルルーシェは漠然とした悪い予感を再び感じていた。


 それは見事に的中するのだが、今の彼は、その悲惨な未来を知らない。.....合掌。


エルルーシェ君も...と言うか、エルフらも苦労性ですね。まあ、オカンのお母ちゃんですから、言わずもながかww

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