第三十話
魔族が完全に倒されたのを確認したリュウは、聖剣片手にみんなのもとへと戻って行く。
「お疲れさん」
そう声をかけるが、少し待っても三人から返事が返ってこず、どうしたんだとリュウは首を傾げた。
「――と、頭領のさっきの忍術すごすぎにゃ! あんにゃのまで使えるにゃんて!」
一番早く我を取り戻したのはガトだった。飛びつくように近寄った彼はリュウが使う忍術を見て興奮しているようだった。尻尾と毛を立てて熱く語っている。
「うーん、まあちょっと取り扱いが難しいんだけどな。魔族なんかを相手にする場合くらいしか使い道はないと思うぞ?」
リュウは先ほどの忍術について話すが、あまり使いたくないのが伝わるように口にしていた。
「あ、あれほどのものとなると魔法でも禁術クラスのものになります。まさかこんなに強いとは思ってませんでした……」
ふらふらとした足取りのハルカも自分が使える魔法よりも強い忍術を使うリュウに驚いていたが、その視線は憧れや尊敬の類のものだった。
「……すごいのう」
その場で立ち尽くしている老人はポツリとそれだけ呟く。しかし、厳しい目つきでリュウのことを見ている。
「ん? 何かあるのか?」
その視線に気づいたリュウが問いかけるが、老人の厳しい表情は変わらない。むしろ眉間の皺が深くなった様にさえ見える。
「――お主……危険じゃな」
「は?」
警戒の中にも怯えの色をにじませつつの老人の言葉に、リュウは間抜けな声を返してしまう。
「お主は確かに強い。お主の仲間もな。そして、今回街を救ってくれたのは感謝している。……だが、お主のその力は危険じゃ」
言葉を選ぶように噛みしめて言う老人はリュウの戦いを見て、使われた忍術に対して恐れを抱いていた。
「お主の使った魔法は今までいろんな者と戦ったことのある元騎士団長のわしでも見たことがない。恐らくお主だけが使える特殊なものなのであろうな……。そっちの嬢ちゃんも言っておったが、お主の魔法に対抗できるのは禁術と呼ばれるようなものしかないだろう」
対抗手段が思い浮かばない――それだけでリュウの存在は危険だと言っていた。今回は味方だったからよかったものの、いつ敵となるか分からないような対策のない強者の前に恐怖を抱いたのだ。
「っ頭領は悪いことに力を使わにゃいにゃ! もし使ったとしても、どれを使うかしっかりと判断できる人にゃ……!」
庇うように前に出たガトは自分の主人であるリュウを危険人物として扱われることに憤っていた。
「そ、そうですよ、さっきのだって魔族が相手だからあれを使ったわけで……むやみやたらに力を使う方ではないです!」
困ったような表情でハルカもガトに続いて声をあげる。
「わしとてそれはわかっておる。……じゃから感謝していると言っておるであろう。しかし、あれだけの力を持っているものがすぐ隣にいるとわかって気軽に休めるほど豪胆な心を持っている者は少ないであろう」
苦虫を噛み潰したような表情の老人は街の、それも一般的な住民の立場としての意見を口にしている。
「そ、それは……しかし、その力がにゃければ街も守られにゃかったのにゃ!」
「そ、そうです!」
ガトとハルカは揃ってリュウの前に出てなんとか必死に彼を庇おうとしているが、同時に老人の言いたいことも理解していた。どうしたらこの気持ちが伝わるのかともどかしさに襲われる。
「あー、お前たちだけで話していないで俺の意見も聞いてほしいんだが……」
自分をおいて話が進むことにリュウは困り顔で声をかけることにする。
「そうだったのう。お主をないがしろにするのはいかんな」
状況が変わらないと業を煮やしていた老人は、リュウが会話に加わることで何か変わればと思っていた。ガトとハルカはリュウの言葉を待つために脇に避けた。
「……俺はさ、別に礼を言ってもらいたいから街を守ったわけじゃない。それにさっきの忍術、まあ魔法の一種だと思ってもらえばいいんだけど、あれは確かに危険だし使えるのは恐らくこの世界で俺だけだ」
ゆっくりと口を開いたリュウがどんな結論へと話を持っていくのか、三人は息を飲んで神妙な面持ちで聞いている。
「だから俺のことを恐れるその気持ちは理解できる。ここにいる全員が黙っていればいい――ガトとハルカはそう思うかもしれないが、どうやって魔族を倒したのか、誰が魔族を倒したのか。それを聞かれたらじいさんも本当のことを話さざるを得ないだろ」
元騎士団長という立場があり、そしてこの戦場において最後の戦いに参加したという事実がある。リュウはそれを理解していた。
「――結局、簡単な話だ。俺たちは旅の流れ者、またよそに行けばいいだけさ」
肩を竦めつつリュウはなんのことはないと気楽な口調でそう言うが、ガトとハルカは悲しい表情に、そして当の老人に至っては苦しい表情になっている。
「あのな、何をそんなに暗い顔をしているかわからないが、俺たちにはやることがあるんだ。それにはいつまでもこの街に留まっているわけにはいかない。それは二人もわかってるはずだ」
女神からの依頼。それを実行するかどうかはいまだ決まっていないことだったが、それでもいつでも動けるようにしておくことは大事だった。今回はただ立ち寄った街がピンチだったから残っていただけで、それがなければ用事を済ませてすぐ旅立つつもりだったのだから。
「ただ旅立つのが少しだけ早くなったというだけだ。まあ、じいさんに一つだけ頼みたいことがあるとすれば、魔族を倒したのが俺だと言うのいいんだが、忍術に関してはそれとなく濁しておいてくれると助かる。無駄に怖がらせる必要はないからな」
そこまで言うとリュウは深く頭を下げて老人に依頼する。
了承を得られるか確認するために少し上げたその顔はあれほどの戦いを見せた者とは思えないほど爽やかな笑顔だった。老人は先ほどまでの危険を感じている気持ちが毒気を抜かれたように霧散してしまっていたのを感じた。
「……ふう、わかった。そのあたりはわしのほうでうまいこと言っておくことにしよう。そもそも最初からそうしていればよかったのだが、お主の忍術とやらのインパクトが強すぎたのが悪いんじゃ……」
理解できないほどの力を見せられて、老人は自分が犠牲になってもなんとかしなければならないと思い込んでしまっていたようだった。疲れ切った表情の老人は大きく安堵の息をつきながら痛む頭を抱えた。
「まあまあ、じいさんが不安になる気持ちはわかるよ。でも、そういうとこをみんなに広めて不安にさせても仕方ないからな。だから、街を攻めて来た魔族を倒したという事実だけ広がればみんな安心して暮らしていけるだろうさ」
事の発端であるリュウにここまで言われては老人も仕方ないと頷くしかなかった。
「――さて、みんな旅に出るぞ」
新たな街に向けてリュウは歩き出す。
彼が納得しているのを理解したガトとハルカの二人から不満の声はあがらず、笑顔で頷くとその背中についていく。
「次はどんな街に辿りつくのか楽しみだ、次こそはゆっくりいられるといいな」
のんびりと歩き出したリュウの目は既に次の街に向いていた。
そんな彼だからこそガトはついていく気持ちになり、ハルカも彼の魅力に気づき始めていた。
魔族を倒したリュウの噂は彼らが旅立ったあと、街に広がっていた。
ふらりと街に立ち寄ったある三人の冒険者が街を襲った魔物と魔族を退けた。
それは街を救った英雄たちの物語として後世まで語り継がれることとなる……。
そんなこととはつゆ知らず、リュウたちはこの先も訪れる街々で忍ぶことなく、忍術を駆使してトラブルを解決していったという……。
完
これにて完結です、お読み頂きありがとうございました。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




