第二十九話
雷遁トールハンマー――それは自らの身体に雷を落とし、身体を媒介にした強力な雷を相手に撃ち込むという忍術だった。
「さすがにこれなら倒せただろ……」
忍術の余波か、その身から放電しているかのようにパチッと光を飛ばしつつ、リュウは小太刀を魔族の身体から引き抜いて距離をとり、焼け焦げた魔族を見ていた。
雷に打たれた魔族は仁王立ちしたまま固まったように動かない。
リュウもガトもあれだけ強力な忍術を受けては生きてはいまいと思っていた。
しかし、次の瞬間二人は驚くこととなる。
「――がぁっ! はあはあ……さすがに死ぬかと思ったぞ……」
束縛を解くように力を放った魔族は息を吹き返した。簡単ではない方法だったのか、肩で息をするほど呼吸を乱しながらリュウを睨み付けている。
「……おいおい、あれで生きてるのか。これは予想外の展開だ」
リュウは驚くというよりも魔族のしぶとさに呆れていた。
「き、貴様こそあのような魔法を使うとはな……舐めていた……」
痛む頭を押さえて首を振る魔族は自分の甘さを情けないと思っているようだった。
「なら、本気でやるか」
まるでここまでの戦いは本気ではなかったかのようにニヤリと笑ったリュウに対して、魔族も、ガトですらも口をあけて驚いていた。
「つ、強がりはよせ。さ、さっきの魔法は貴様の奥の手だったのであろう……?」
頬を引くつかせながらなだめるように穏やかな口調で問いかける魔族。一時は死を覚悟したあれよりも上の力を持っているわけがない。
それはガトも同じ考えだったようで、魔族の言葉に頷いていた。
「……いや? なぜそう思うんだ? 俺とお前は敵同士だ。そして、お前にも隠された力や出してない技があるかもしれない。それなのに俺の全力を見せきるわけがないだろ?」
何を言っているんだと言わんばかりの訝しげな表情でリュウは首を傾げる。
彼が使ったトールハンマーは最強の雷忍術――少なくともガトはそう思っていたが、実際のところ上位忍術ではあるものの、リュウが使える最強の忍術とは程遠かった。
「っ戯言を!」
信じられないというように叫ぶ魔族は自動再生能力を持っており、話している間にも巻き戻すように徐々に肉体が修復されていた。そして、戦闘態勢を解除しているリュウに向かって魔剣を何もない空間から世界を割るように取り出すと、意気込んで斬りかかる。
「はぁ……そんな攻撃しかないのか」
魔族の太刀筋はただまっすぐという単純なものであり、つまらないなとため息交じりにリュウは小太刀であっさりと魔剣を受け止める。
「くははっ、受け止めたな!」
だが鍔迫り合いをしつつ魔族は口角をあげて笑っていた。その時、魔族が手にしている魔剣は蔦のように黒い瘴気を生み出し、それがリュウへねっとりと絡みついていく。
「これはその剣から邪気を流して俺の動きを封じるもの、か。もしかしたら、俺の精神までむしばむものだったりするのか?」
黒い瘴気にまとわりつかれながらもリュウが冷静に分析しているのを見て、有利であるはずの魔族は頬に冷たい汗が浮かんでいた。魔族の自分がなぜたかが人族の男を恐れているのか分からなかった。
「――っな、ならなんだというのだ! この魔剣は私が魔王様からちょうだいしたものだ。貴様といえども防げるはずがない!」
自分が絶対信奉している魔王様からもらった剣の力はそこらの魔剣とは格が違う。そう断言するが、これまでの戦いのせいか、もしかしたらという思いが魔族の心の中を支配している。
「別に防がなくてもいいだろ。――聖遁、光の聖域!」
どんなに叫ばれても逃げも隠れもせずに淡々と返すリュウはもういいかとわずかに動く身体で印を結ぶ。
日本忍術には存在しない聖遁。これはリュウが邪法を使う相手と戦う際にうみ出した忍術であり、その名前のとおり邪なる力を退けるエリアを生成するものだった。
柔らかい白い光を放ちながらリュウを中心として作られた聖域は魔剣が生み出す瘴気を浄化させていく。
それはまるで聖母に包み込まれるような温もりと優しさを感じるものだ。
「な、なんだ、と……」
眩い光を受けて魔族は身体から力が抜けていくのを感じていた。今まで持っていたありとあらゆる負の感情が薄らぎ、未知の感覚に包まれて呆然としてる。
「お、この剣高く売れそうだな」
リュウの忍術によって魔剣自体も浄化され、聖剣に生まれ変わっていた。
思わぬ発見があったかのようにリュウは魔族の男から取り上げた聖剣をしげしげと見ている。
「――さて、あれでもダメだってことはもっと強力な忍術を使わないとだな」
魔族を浄化して倒せればと思っていたリュウは光の聖域を使ってもまだ息のある魔族を冷たい目で見ている。何を使おうか考えつつ、あとずさりする魔族との距離を彼は徐々に詰めていく。
「っ!! ま、待て、まてまてまてまて。話し合おう、そうだ! その剣はお前にやろう。魔王様のお墨付きの強力な剣だぞ!」
自分はなんて奴を敵に回してしまったのだろうかと慌てた魔族は必死にこの場をなんとかしのごうとしていた。
「いや、この剣はもらっておくぞ? お前から譲ってもらうんじゃなく、戦利品としてだ。だから、お前から何かをもらうことはないし、街を攻めて来ておいて負けそうになったから自分だけ命乞いってのはカッコ悪すぎるだろ?」
呆れ交じりのリュウは突き刺すような冷たい目で魔族のことを見ていた。
「……ぐっ、くそおおおおおお!」
もう後戻りできないのならば最後まであがこうと魔族は残った力を全てつぎ込み、全身全霊の動きでリュウに向かって行く。
「そうこなくっちゃな」
嬉しそうに薄く笑ったリュウは剣を地面に突き刺して魔族を迎え撃つ準備をする。
「剣を使わないだと! ふざ、けるなああああっ!」
どこまで自分を馬鹿にすれば気が済むのだという怒りで魔族の額に血管が浮き上がっていた。
「使い慣れない剣を使わないのはお前に対する礼儀だ。――いくぞ!」
さっと腰を落とすとリュウは素早く印を結ぶ。一瞬の間に終わったそれは、魔族がたどり着くまでに忍術は完成する。
「――火遁死灰塵炎」
火遁の中で、リュウが使える最高ランクの忍術。名前のとおり相手を灰塵――つまり灰やチリになるまで激しく燃やしつくす忍術だった。
だが最初は何が起こったのかリュウ以外には誰もわからなかった。それは直撃を受けた魔族ですらわからなかった。
「ぐあああああ……!」
なぜなら火遁だというのに炎が見えないからだ。
揺らめく強い力で制圧されるような力の波動に包まれている感覚はするが、何も見えない。魔族の中の王たる魔王を前にした時でさえ、魔族はこんなに恐ろしいと思ったことはなかった。
何を受けたのか魔族の目には映らず、炎という割には熱くない。だが確実に死の足音は魔族へ迫っている。見知らぬ術で蝕まれるように自分の身体を失っていく感覚に、魔族の頭は理解が追いつかなかった。
「これは俺も今までで数回しか使ったことがないものでな。一度俺の手を離れると俺ですら手が出せないんだよ」
混乱している魔族をじっと見つめたまま、一人状況を理解しているリュウは困ったように肩を竦める。
これは炎の忍術というよりも、炎を司る死神を呼び出す忍術。
「――火遁なんていいながら、召喚の術に近いかもしれないな……」
リュウがそう自嘲するようにつぶやいた瞬間、魔族の身体は一瞬で溶けるように手の先から燃え、縋りつくように手を伸ばすも燃えた先からあっという間に灰になっていく。苦しさに叫んでいるように見えたが、すでに声はなかった。
魔族だったものの灰やチリも偶然吹いた風に紛れるようにさあっと流されて見えなくなった。
「…………」
「…………」
「…………」
ガト、ハルカ、老人の三人は何も言えずにその惨状を息をするのさえ忘れてただただ見ていた。
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