3章 Error
「学校休んで何してるんだろうなぁ」
「別にいいんじゃね?」
久しぶりに休んでしまった。そして久しぶりに幻実でアバターを弄るのに没頭し続けてしまって五時間。無駄にメモリを食っていた部分を潰して性能が上がって前よりも使い易くはなったけれど。
「悪くはないんだけどな。あんま休んでないし」
茶室の風景はキングが最初に居たので野原みたいな風景になっている。太陽がよく見えて、見える山はアルプスだから外国の風景なのだろう。
「優等生じゃぁねぇな」
「劣等生でもないけどね」
暇つぶしにキングがどこかに行って帰ってきて、ようやくこっちは全部完了した所だ。
時間は、もう十六時か。後でご飯作らないとなぁ。
「それで明日がシャングリラかー。色々考える事があるから、早くやりたいなぁ」
先週犬さんと出かけた時に色々と話しをして、ちょっとした答えを犬さんに返さないといけなくなった。あの人も何でこんな時にああいう事を言うかな。
もう少し配慮して欲しい。
「あ? お前が考える事なんて飯の事ぐれぇだろ?」
「俺を食い気しかないようなキャラにするな。お前の情報奪い尽くすぞ」
「あ? やったら破壊し尽くしてやんよ」
どう見てもこっちの分が悪い。うーん。もう一体ぐらいアバター構築しようかな。今の状態が終わったら少しは空き時間が増えるし、今までとは違うタイプの物を設計してみるのも悪くないはずだ。
設計書ぐらいは自分で書いておこうかな。
「そう言えば棺桶が来てから三ヶ月経ってるけど調子どうだ?」
「俺様と行ってんだぜ? 腕も上達しねぇはずがねぇ」
確かに。キングと行くと細かい所に気が回るようになるからアタッカーとしての成長は見込めるはずだ。
スパルタ教育になるけれど反面教師としては向いているのかもしれない。それはそれで稀有な才能だ。
「まっ、努力もしてるしな。伸び代があるかどうかはしらねぇけどお前はすぐに抜かされると思うぜ?」
十分過ぎる程わかっている。でも、これ以上、自分は伸びていける気がしていなのも事実。
キングのような度胸もなく。兎のような天才性もなく。法一のような技術もなく。犬さんのようなカリスマもなく。棺桶のような才能もない。
自分はどう足掻いても今が絶頂だろう。プログラマとして転向して作るだけに徹せばそれなりの才能があるのかもしれないけれど。ハッカーとしての腕は限界に近づいているような予感さえある。
「俺もまだまだ若い、と思ってたんだけどね。……まっ、その時はその時だ。素直に情報屋にでも転向してみるよ」
情報を集める事は得意な方だし。下手に他の事をやるぐらいならそっちに転向した方が皆にも得だろう。
「そん時は安く頼むぜ」
「お前だけ倍な」
情報屋になって少しだけ安くする程度しか出来ないだろうけれど。
正直、親しい情報屋はあっても客止まり。情報屋としては正しい姿だけれど、こちらとしては少しだけ都合が悪い。
向こうの身になればどこかに肩入れする情報屋は信用できないだろうけれど。
「まっ、後の事は後に考えるさ。メメント・モリ。今を楽しむだけってな」
「明日死ぬからってか?」
「俺は原文が好きなのさ」
さて。最終調整はこれで完了。後は不足の事態に備える事ぐらいしか考えつかない。
打てる手は全部打った、という所かな。
「お前は明日の準備完璧なのか? いつもみたいに配置ミスったとか言うなよ」
「俺も今回は本気で行くぜ。ミスしないってだけで俺の実力は段違いだからな。お前こそミスるんじゃねぇぞ」
情報を統合する限り、こっちの方が危険ではある。キングはいつものようにすればいいし、そもそも防衛システムがそれ程まで強くない。
外部に対する防衛を甘くしていて、内部に入る者を捕らえるというのが主目的だからだろう。
「まぁ、二段階構成だからそれ程深くは突っ込まないさ。……相手の出方次第になるけどな」
何か違和感を得たなら即座に退く。内部に入って戻ってこられるだけでも儲けものだ。プログラムの一部を手に入れる事が目標。
「まっ、てめぇだからな。戻るだろうってのは疑ってねぇ。ただ棺桶が戻れるかが問題だろ」
「その時は」
見捨てるだろう。
ハッカーは己を第一に考えるべきで、棺桶もハッカーだ。
自身の実力が足りずに捕まるならそこまでの話しでしかない。この世界は、よくも悪くも実力の世界なのだから。
「その時に、だな。んで飯を作ったりしてくる。明日の大詰めもあるだろうしお前も飯とか食えよ」
「んな事ぐらいはわかってんよ。んじゃ後でな」
「ああ」
言い終わってから茶室から出て自分のホームに戻ってくる。
そして、幻実からログアウト。現実へと戻ってきてしまった。
戻る瞬間はいつもどこか気だるく感じてしまう。
通常モードでパソコンを立ち上げて、放置。幻実になれると画面でのネットは不便にしか見えない。
椅子から立ち上がりつつタバコを一本だけ口にくわえて台所に移動。
部屋は相変わらず寂しい。というよりは家が大きすぎるのだと思う。一人で暮らすにはやっぱり、ね。高校を卒業したら家を売ってどこかで一人暮らしでもしようか。
「んー。パスタと、昨日作ったサラダがあったかな」
冷蔵庫を開けて中のサラダを取り出してテーブルに置きつつパスタを茹でる。
ミートソースは問題なくあるしね。それに少食だから量を作っても食べられない。幻実で食べて現実で満腹になれればいいのだけれど。そんなに世界は上手く回らない。
そもそもそんな事が出来たらそれこそ現実はいらなくなるし。
でも、そうなって欲しいと願うのは現実が嫌いだから。幻実に入り浸るのも現実からの逃避でしかないとわかってはいるのだけれど。
「携帯は、っと。……面倒くさい」
紫煙を吐き出しながら携帯を開いて、思わず眉を顰めてしまった。来ていたメールは七件。六件が親族からのメール。
父親の遺産が目当てなのは考えなくてもわかる。両親が死んだ時にどんな言い争いをしていたかをあの人たちは覚えていないのだろうか。
残りの一件は犬さんからか。八時ぐらいになる、ね。皆に伝えておかないと。
「……一応、帰ってこれかなかった時のために何か書いておこうかなぁ」
あの人たちに渡したいとは絶対に思わないし。
「っと。茹で終わりーと」
タバコを消して、パスタの水を切って更に盛りつけた上にミートソースをかけて完成。
こういう料理とかを作ってくれる人が居たらと思うのはあんまり間違っていないと思う。
「……明日は休んでいいか。それ以降は、明日を乗り越えたら考えよう」
たまに思うけれど一人暮らしだと独り言が多くなってしまって困るなぁ。こういう癖は治しておかないと。
もし棺桶とかと会った時に独り言の多い人だとか思われると少し悲しいし。
「ふぅ。ご馳走様でした」
食器を台所に片してお湯で洗う。流石に今の季節は水だと、ね。
もう一月。まだ一月。
今年も始まったばかりだし。今年で高校三年だし。
早く大学に行くか就職するか、したい。就職はもう遅いかもしれないけれど。
「……寝る前にシャワーでいいか」
お湯を張るのも無料ではない事だし。
欠伸を一つして部屋に戻る。画面には自分のアバターしか映っていない。……もう少し恰好良く作れば良かったとは思うけれど。
設計書はある程度固まっているからまた今度やろう。
「さてと。皆はもう来てるかな」