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ーーー…
「おっはー!」
「………早朝番組のテンションかよ」
「ラジオ体操しちゃう?」
「一人でしとけよ」
スマートフォンにつけた大きめのストラップが揺れる。重量はストラップの方があるかもしれない。スマートフォンにストラップをつけるのが私のこだわりだ。
スピーカー越しに聞こえるよしろーの声は実際の声よりも少し低めで違和感があるけど口調はよしろーすぎる。
「目、覚めちゃって」
「選択肢がある中でなんで俺との通話を選んだわけ? 動画観るとか漫画読むとかいろいろあっただろ」
「うん。なんとなく」
「そんなに俺の声が聞きたかったのか」
「声じゃないかも。よしろーの声はタイプじゃないし。癒されないし」
「言ってろ、声フェチ」
「もうちょっと声が心に響いてほしい」
「うっせー。切るぞ」
「うそうそ。よしろーの声は安心感があるよ」
「お前、電話嫌いだろ?」
「まぁね。時間取られるし、声だと証拠が残らないし、高校の時の古傷もあるし」
「傷……?」
「うん。高校の時に地理の先生に教科書を音読しろって言われて読んでたら“声質が悪いな”って言われたの。声が小さい大きいなら直せるけど質が悪いって言われた」
「………」
「中高と合唱やカラオケで歌うことが好きだったこともあって、唯一誇りに思ってた自分の声を傷つけられてすごく悲しかった。10年以上経った今でも時々思い出して腹立つし、今は言い返せばよかったと思うけど、当時は反射的に暴言吐く習慣がなかったからただただ悔しい」
「今ならなんて暴言吐く?」
「“全身骨野郎”とか“ファッションセンス壊滅的”とか。吐き捨てるように言ってやる」
「言ってやれ言ってやれ」
「よしろーもそういう経験ある?」
「あるよ。でも俺はその場でやり返すから」
「いいなー。私は言葉を飲み込んじゃうよ」
「それはお前が言葉を大切にしてて、言葉を慎重に扱うからだろ?」
「でもね、頭をフル回転させて言葉を選んだつもりでも相手にとっては傷つく言葉だったりするんだよね。本当に難しい」
「前に俺に相談したやつ?」
「そう」
ソファに背中を預ける。ギシッと音が部屋に響き渡る。何度考えても、どの言葉を選べば相手を傷つけなかったのかが分からない。正解が分からない。
「誰も傷つけないで生きるのは無理だろ」
「うーん……でも、相手を傷つけたことに気付ける人間でいたい」
「心がけるのはいいんじゃね?」
「そういえばね、友達を傷つけてしまったことがあって、5年ぐらい経って“あの時は傷つけてごめんね”って言ったら“そんなことあったっけ?”って言われてびっくりしたことあったの。私は傷つけたことをはっきり覚えてて2度とするまいと心に刻んだのに相手は忘れてたという。しかも別の人も。人間って分からん」
「あーあるな」
「そうなの? 私だったらめちゃくちゃ覚えてるから、相手もそうだろうと思い込んでたよ。自分がされて嫌なことは相手にするなと言われて育ったから、本当にびっくりしたし、戸惑った」
「お前はかなり神経質なんだろうな。でも、周りが同じように神経質とは限らない」
「そうみたいだね。相手に嫌われたくなくて、自分が嫌なことはしないようにって神経使ってたわ。でも、私の行動指針がそれだったから、そうじゃない現実を知って道を見失ってる」
「俺にも嫌われないようにって思ってる?」
「基本的には。でも、よしろーは嫌だったら嫌だって言ってくれるから安心してる。こうやって通話を続けてくれているのも嫌じゃないからと分かるから電話し続けられる」
「ふーん」
「伝え方も傷つく言い方じゃないから素直に受け入れられる。よしろーは人間関係を築くのが上手いんだろうなと思ってるよ」
「お前よりはな」
鼻で笑う音が聞こえて、私もフッと笑ってしまった。共感してもらえたわけじゃないけど、安心した。否定されないから。意見を押し付けられないから。私が安心して相談できる環境はここだけで、当たり前ではないありがたい居場所だ。
すると、耳から音が聞こえてくる。
「は? なにこの音? オルゴール?」
「“美琴、いつも頑張ってるね。僕は君をいつも見守ってるよ”」
「うわー! ゾワゾワする! 鳥肌! やめろ! よしろーにASMRは合わないって!」
「なんでだよ。聞いてたんだろ?」
「そうだけど! コレじゃない感!」
よしろーはブツブツ小声で私への文句を言う。それが面白くてケラケラ笑っていると視界の端から明るい日が差し込む。
白いカーテンと窓を開けると輝く空と光と、くっきりした白い雲があり、電線でまったりしている鳩や雀がいた。
「よしろー、気持ちのいい朝だよ!」
「あ? あー、そうみたいだな」
「よしろーのおかげ」
「感謝しろよ」
「うん」
「じゃあ」
「じゃあね〜」
通話を切るためにスマートフォンを下ろそうとすると、「言い忘れた」と声がして再び耳に当てる。
「なに?」
「俺はお前の声、落ち着くけどな」プツッ
機械的な音に遮断された。私はしばらく呆然とし、じわじわ来る嬉しさを胸に抱いて今日を生きる。




