プロローグ
あんな魔法、鼻くそみたいなモンだ。
かつて、炎系初級魔法・・・『火球』をそう評していた俺は、今、その鼻くそによって追い詰められていた。
もう、あの頃のような魔力も技量も無い。
今ここにいる俺は、1000年前に自身が片手間で作った魔術学校に、ようやっと入学できる程度の落ちこぼれだった。
現在の自分が、それなりに努力を積み重ね会得した魔法は、我が故郷の片田舎では大層もてはやされた。
その為・・・
(「もしかして、この程度の実力でも、ココでは通用するのか?」)
と、高をくくっていたのだが・・・どうやら、井の中の蛙だったようである。
(「この時代の魔法使いが、全体的に弱体化している・・・なんて考えは、流石に夢見すぎだったな」)
既に多種多様な傷を付けた自らの身体を、気力と根性を総動員することでどうにか起き上がらせる俺。
その満身創痍な姿を見て、目の前の相手・・・同級生ルシウスの口角は更につり上がった。
「ハハッ!上等だ!まだ、俺様の魔法を受けたいらしいな!」
・・・児童と呼ばれる年嵩の子供が発するには、あまりに高飛車な言葉でもって、彼は俺を嘲笑してくる。
せめて何か皮肉の1つでも返したい・・・そんな気持ちはありつつも、既に限界を迎えている身体には、もはや喉を震わせる程度の体力すら碌に残っていなかった。
(「・・・そうだ、彼女は?」)
俺は視界の片隅を見る。
高笑いを交えつつ、未だ俺への誹謗中傷を止めないルシウス・・・それに追従するように下卑た笑いを浮かべる取り巻き。
・・・それらの雑多なヤツらから1つ距離を置いた場所に彼女・・・アイリスはいた。
綺麗な銀の長髪を持つ少女・・・その両手が、この決闘が開始された直後から終始組まれていたのを俺は知っている。
きっと、自らの無事を祈ってくれているのだろう・・・そう思うと、こんな状況にも係わらず俺の顔には笑みが浮かんだ。
「・・・ッ!?何笑ってやがる!?」
全身を傷だらけにし、それでもなお笑う俺・・・その姿を見たルシウスの表情からは逆に笑顔が消える。
そして、彼の心情を表しているかのように、『火球』は一段と光度を増した。
(「・・・不思議な気分だ。こんなにボロボロにされて、身体中痛くて仕方ない・・・それなのに、こんなにも清々しいなんて!」)
生まれたての子鹿さながらに、覚束ない足取りでどうにか起立している俺は、今から自身がくらうことになるであろうその光球を前にして、そんなことを考えていた。
かつては何百万、何千万もの人間を救い、遂には世界を守護してみせた。
だが、そのいかなる時でさえ、ここまで晴れ晴れとした心情にはならなかった。
(「・・・にも係わらず、今の俺はといえば、たった1人の女の子の為に身体を張れることに喜びを感じている!」)
俺にはそれが嬉しくて仕方ないのだ!
(「もっとも、身体を張れるだけで、守り切れる・・・というわけにはいかなさそうだけど・・・」)
辛うじて保っている俺の意識は、間違いなく次のルシウスの攻撃で途切れるだろう。
だが・・・時間は稼いだ。
もうすぐ魔力反応を検知した教師達が、息を切らしてココに駆けつけるだろう。
幾らルシウスが大貴族のボンボンだからといって、校内での暴力沙汰に対し、お目こぼしが貰えるわけではあるまい・・・。
少なくとも、今後しばらくは、俺とアイリスは安寧の時を得られるだろう。
(「もっとも、俺はしばらく、ベッドの上だろうけど・・・」)
まあ、それは致し方ないな・・・と、俺は腹をくくった。
「おい、落ちこぼれ!最後に何か言いたいことはあるか!?」
ルシウスは俺にそう問いかけてくる。
せめてもの情けのつもりだろうか・・・どうやら、最後の言葉を紡ぐ時間をくれるようだ。
赤く、大きく膨れ上がった彼の『火球』は、今から俺の全身を焼く。
最低限の防護結界を織り込んだ学校支給の制服が、きっと自らの命を守ってくれるだろう・・・とはいえ、痛みの減衰が期待できないことをこの戦闘で十分理解していた俺は、多少なりとも恐怖を感じずにはいられなかった。
とはいえ・・・
「・・・もう一度、生まれてきて、良かった」
そうハッキリと言えるほどには、俺は今、この状況に満足していた。
「・・・は?何言ってるんだお前?」
今から渾身の魔法を一身に受ける人間からは到底出てくるもの思えない発言に、ルシウスは胡乱な目を向ける。
が、やがて俺の頭がおかしくなったが故の奇怪な言動だと結論づけたのであろう・・・。
元の嘲笑が彼の表情を再び支配すると、これ以上の時間は惜しいと言わんばかりに、早急にトドメをさしにきた。
「行けっ!『火球』!!!」
彼の合図で放たれた魔法が、俺に向かって一直線で突き進んでくる。
魔力はとうに底を付き、身体は依然として思うようには動かない・・・。
ゴウゴウと音まで発てて迫ってくる火の玉は、まるで太陽の様に見えた。
(「・・・悔しいな」)
前世の俺が一生掛かっても得ることの出来なかった感情が、自身の中に芽吹くのを感じる。
埋めようのない先天的な力の差・・・それに抗おうと奮起する自らの意思。
それが、きっと『成長』に繋がり『逆転』へと自身を導いてくれる一条の光になるのだろう。
しかし、そんな崇高な感情でさえも、流石にこの状況を挽回するだけの力は持ち合わせていない。
俺は、自身の身体が焼かれる直前・・・もう一度彼女の方を見る。
銀髪の少女の目は見開き・・・そして、俺の名を呼んでいた。
「レドォォォーーー!!!」
・・・その良く通る、まるで野山に居を構える小鳥を想起させる声。
それに耳を傾け・・・
(「ああ・・・本当に良い声だな」)
と、そう思ったのを最後に・・・
俺は焼かれ・・・そこで記憶はプツリと途切れた。




