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「……もう私は、いらないの?」
セシリアの声は、怒っているわけでも、泣いているわけでもなかった。
ただ、静かすぎて、逆にどう返せばいいのか分からなかった。
「え?」
情けないほど間の抜けた声が出る。
いらない?
何が? 何の話だ?
「……いやーー、いらなくないよーー。」
とりあえず、そう言った。
語尾を伸ばして、軽く。深く考えてない感じで。
(タダ飯もらえるし、貴族様のおこぼれもらえそーだし)
正直なところ、それくらいの感覚だった。
同じ馬車で帰ってるのも、実家が同じ方向だからだし。
セシリアが貴族だからって、特別どうこう思ってるわけでもない。
……少なくとも、俺はそう思っていた。
セシリアは、俺の顔をじっと見たまま、しばらく黙っていた。
「そっか」
それだけ言って、視線を外す。
窓の外には、変わらない田舎道。
馬車の揺れだけが、妙に大きく感じられた。
(……なんか、変なこと言ったか?)
胸の奥が、少しだけざわつく。
でも、理由までは分からない。
「……あの子たちと、楽しそうだったから」
ぽつりと、セシリアが言った。
「ああ……」
ミレイとカイルの顔が浮かぶ。
冗談を言って、少し笑って。
「別に、普通だろ?」
そう返したつもりだった。
「そうだよね」
セシリアは、そう言って、小さく笑った。
でもその笑顔は、昔よく見たものとは違っていた。
ぎこちない。
どこか、距離がある。
(……なんだ、この空気)
逃げ場のない馬車の中。
あと数時間、このままかと思うと、正直きつい。
俺は視線を逸らして、背もたれに体を預けた。
(まぁ、考えても仕方ないか)
セシリアはセシリア。
俺は俺だ。
そうやって割り切ろうとした、その瞬間。
体の奥で、じわりと魔力が膨らむ感覚がした。
(……あ)
油断した。
慌てて呼吸を整え、意識を内側に向ける。
魔力を押さえ込み、流す。
(うっ、吐きそう)
歯を食いしばる。
まだ慣れきってない。少し気を抜くと、すぐこれだ。
隣を見ると、セシリアは気づいていないようだった。
ただ、膝の上で手を握りしめ、窓の外を見つめている。
(……これ以上、余計なこと考えてる場合じゃないな)
俺は目を閉じた。
今は、生き延びることだけで精一杯だ。
この夏休みが、何かを変える。
良くも、悪くも。
――そんな予感だけが、胸に残っていた。




