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教室の空気は、どこか湿っていた。


「……あいつ、調子乗ってない?」

「運が良かっただけだろ。英雄コースに実力で勝てるわけない」


聞こえないふりをするのは、もう慣れている。

というより、正直どうでもよかった。


どうせ、正面から見下されるか、背中から刺されるかの違いだ。


そんな中、教壇に立った教師が咳払いを一つした。


「連絡だ。来週、学園主催の剣術大会を行う」


ざわっと教室が揺れる。


「会場は王都闘技場。全学年合同だ。立候補制だが、観客席の管理は各クラスで行う。席は事前に決めておけ」


闘技場。

コロシアムのような、円形の巨大な建物。


――なるほど。


僕は、その瞬間に理解した。

戦う場じゃない。観る場だ。


教師の話が終わると、すぐに席決めが始まった。

仲のいい連中は、当然のように固まっていく。


「ここ一緒に座ろうぜ」

「去年の優勝候補、近くで見たいよな」


……そして、案の定、僕は余った。


視線が合って、逸らされる。

誰も露骨には言わないが、「一緒は嫌だ」という意思だけは、やたらと伝わってくる。


結果、残ったのは四人。


僕と、見覚えのない二人、そしてもう一人――

穏やかな顔をした、誰とでもそこそこ話せるタイプの男子だった。


「じゃあ……ここでいいかな」


誰かがそう言い、消去法的に席が決まる。

不思議と、居心地は悪くなかった。



剣術大会当日。


闘技場は、思った以上に広かった。

観客席は何層にも分かれ、歓声が反響している。


試合が始まると、僕は無意識に手を動かしていた。


――メモ。


剣の型。

踏み込みの癖。

防御の甘い瞬間。

勝ち方、負け方。


「……お前、何それ?」


隣から声がした。

さっきの穏やかな男子だ。


「観察」


そう答えながら、ペンは止めない。


英雄コースの生徒は強い。

でも、無敵じゃない。


「へぇ……」


彼は、僕のメモをちらっと見て、少し笑った。


「それ、裏賭博向きの目だな」


僕の手が、ぴたりと止まる。


「……詳しいんだ」


「まあね。学園じゃ禁止だけど、完全には消えない」


彼は、悪びれもせずに言った。


「自分に賭けるのは禁止事項だろ?」


「その通りだ」


僕は、決まった顔で答えた。


「だから、代わりに賭けてくれる人が必要なんだ」


一瞬の沈黙。

そして、彼は小さく息を吐いた。


「見返りは?」


「利益の半分」


即答だった。


彼は少し考えてから、肩をすくめる。


「……クズだな」


「誉め言葉?」


「たぶん」


そう言って、彼は笑った。


その瞬間、闘技場の中央で、派手な勝利が決まる。

歓声が上がる。


僕は、メモに新しい印をつけた。


(……いける)


戦う才能はない。

でも――


勝ち筋を見る才能なら、ある。


ふと視線を上げると、少し離れた席に、セシリアの姿が見えた。

彼女は試合を真剣に見つめている。


僕は、すぐに視線を戻した。


今は、そっちじゃない。


「……本当に楽しいんだよな」


小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


金をズルして稼ぐことが。

勝つために、正々堂々を捨てることが。


胸の奥で、何かが確かに形を成し始めていた。

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