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深淵街ネグラディア。
その奥にある薄暗い部屋で、僕は現在、豪華な飯を食べていた。
「御子様……どうぞこちらも……!」
「お口に合いますでしょうか……!」
「本日は特別に肉も……!」
(なんで拉致された側の僕が接待されてるんだ?)
意味が分からない。
目の前には料理が並んでいた。
肉。
スープ。
焼きたてのパン。
どう考えても、このスラム街には不釣り合いな食事だった。
僕は周囲を見る。
痩せた子供たち。
ボロ布を被った老人。
壁にもたれかかる病人みたいな奴。
全員、じっと僕を見ていた。
その視線を浴びながら、僕は肉を頬張る。
……なんとも食べづらい。
食べづらいのだが。
とても気分がいい。
(これが優越感か!!)
しかも普通に美味いしね。
肉汁がすごい。
(ふははは……見てるか英雄コース。僕は今、お前らより良い飯を食ってるぞ)
少しだけ優越感に浸る。
その時だった。
「御子様」
老人がゆっくり口を開いた。
例の、気持ちの悪い目をした老人である。
「長年、我らは待ち続けておりました」
「導光教は我らを異端と呼び、壁の外へ追いやったのです」
老人が窓の外を見る。
崩れた建物。
汚水の流れる道。
薄暗い路地。
ここが“深淵街ネグラディア”。
ルミナリア王都のすぐ隣にありながら、捨てられた場所だった。
「ですが、伝承は残っていた……」
老人の視線が僕へ向く。
「赤き瞳を持つ者」
「深淵の気配を宿す者」
「災厄を受け入れながら、なお壊れぬ器」
どんどん不穏な説明になっていく。
「それが……御子様なのです」
(いや、違うと思うけどなぁ……)
僕はスープを飲みながら思う。
すると、近くにいた子供が恐る恐る口を開いた。
「御子様は……僕たちを助けてくれるの……?」
周囲が静まる。
視線が集まる。
僕は少し考えた。
そして。
「うーん」
パンをかじる。
「まぁ、状況次第?」
空気が止まった。
老人たちも固まる。
だが僕だって命は大事だ。
適当に「助ける!」なんて言って、本当に面倒事に巻き込まれるのは嫌である。
すると老人が震える声で言った。
「おお……なんと慎重なお方だ……」
「流石は深淵の継承者……」
(勝手に良い方向へ解釈された)
とても便利な連中だった。
その頃。
ネグラディアの外では、騎士たちが慌ただしく動いていた。
「まだ見つからんのか!」
アウレリアの声が響く。
「申し訳ありません! 痕跡が途中で消えており……!」
「チッ……」
アウレリアは壁の向こうを見る。
嫌な予感が消えなかった。
あの赤い目。
あの異様な気配。
脳裏に焼き付いて離れない。
「団長……?」
部下が恐る恐る声をかける。
アウレリアはしばらく黙っていた。
やがて低く呟く。
「……あの雑兵は危険だ」
部下たちの空気が変わる。
だがアウレリアは続けた。
「だからこそ、私が見ておかなければならん」
その目は、騎士団長としての責任を帯びていた。




